32話 変化と給金と休日
私がローナさんの薬屋で働き始めてから、一カ月が経とうとしていました。
「アリーの目の下のクマ、ほとんど解らなくなったね」
ニーナが私の顔を覗き込んで言いました。
(ニーナがそう思うなら、やっぱりそうかも?!)
私はこの一カ月ほど、毎日ニーナが作ってくれる美味しい料理を食べ、夜はたっぷり眠っていました。
神殿に居た頃は、朝に目覚めたとき、前日の疲労感が残っていることが多かったですが。
今は毎朝すっきり元気です。
目の下のクマも大分薄まった気がしていました。
「本当? 目の下のクマ、解らなくなった?」
「うん。もうほとんど消えてるよ。顔色も明るくなった」
「本当?!」
一カ月ほど前に宿屋に宿泊したとき、食堂で他の宿泊客に「闇の神官」と言われてしまったので、目の下のクマのことはずっと気にしていたのです。
伝説の闇の神官は、とても悪い顔をした男性なので、闇の神官と呼ばれて喜ぶ女性はいないと思います……。
(目の下のクマが消えたら、もう、闇の神官だなんて言われないよね?)
気にしていた容姿の欠点がようやく改善されたことに私の気分は上がりました。
(これで背がもう少し伸びてくれればいいんだけど……)
背もわずかですが伸びていました。
(子供に見られない背丈になりたいわ)
「目の下のクマが消えたら、アリーも普通の子に見えるようになったね」
(ん?)
聞き捨てならないことを聞いた気がして、私はニーナに確認のために質問をしました。
「私って今までは、普通の子に見えなかったの?」
「うん」
「ど、どこが、普通じゃなかった……?」
「見た目がもう只者じゃなかったよ。闇の神官みたいに目の下にクマがあるんだもん」
「……」
やっぱり、目の下にクマがあると、闇の神官になるのですね……。
「最初に会ったときは吃驚したよ。動きも只者じゃなかった」
ニーナを助けたあのときは、光魔法で身体強化していましたからね。
「雰囲気も独特でオーラがあるっていうの? 何度も地獄を見て来たような冒険者の面構えで、貫禄があったよ」
地獄はたしかに何度も経験しました……。
セラフィナ様の祈祷室や、薬草園で……。
「今も貫禄あって、さすがはアレキサンドライト様だよ!」
「ニーナ、その名前はもう捨てたから……」
「解ってる。外では言わないよ」
ニーナは悪戯っぽく笑いました。
「アリーは大分普通の子っぽい見た目になって、世を忍ぶ仮の姿も様になって来たから、そろそろお出掛けしても大丈夫かなって思うんだけど」
「お出掛け?!」
「ほら、今日、給金が貰えるでしょ?」
「給金が貰えるの?!」
「そうそう。月末に貰えるんだよ。給金を貰ったら行きたい店があるんだよね。私が奢るから、付き合ってもらえないかな。アリーは社会勉強がしたいんだよね?」
私は身を隠しているということもあり、ローナさんの薬屋で働き始めてから一度も外には出ていませんでした。
神殿を出てからローナさんの薬屋に辿り着くまでに、王都を迷走したことはありましたが、きちんと見学をしたことはまだありません。
「お出かけしてみたい!」
◆
「今月の給金だ」
その日、薬屋が閉店すると、私とニーナは給金を貰いました。
金貨一枚です。
「はい、アリーの分」
ローナさんが私に金貨一枚を手渡しました。
「ありがとうございます」
(自分で稼いだお金!)
私は生まれて初めて仕事の対価として給金を貰いました。
「はい、ニーナの分」
「ありがとう、お婆ちゃん。……明日、アリーと一緒に出掛けたいんだけど休んでも良いかな」
ニーナがそう言うと、ローナさんは私の姿を観察するようにじいっと見ました。
「……そうだね……。アリーは外ではあまり顔を見せないようにね。目立たないように気を付けるんだよ」
ローナさんは私にそう言うと、ニーナのほうを振り向きました。
「この前みたいに危ないところに近付いたら駄目だよ」
「解ってるよ。もうあっちの市場には行かないよ」
◆
翌日、私はお休みをもらい、ニーナとお出掛けをしました。
顔を隠すために、ニーナに大判のスカーフを借りてほっかむりしました。
「最近、評判の茶房があるのよ。勉強のために見学したかったんだよね」
「茶房って何?」
「お茶が飲めるお店よ。軽食もあるらしいわ」
私はニーナの案内で、王都を歩きました。
大通りは、相変わらず人が大勢歩いています。
「あった! あのお店よ!」
そのお店は、大通りから横道に入ったところにありました。
大通りから一つ外れた道ですが、店が並んでいて賑わいのある道です。
店先に立て看板があってメニューが書かれています。
(カモマイル茶、ラベンデュラ茶……。木の実のタルト、果実のタルト……)
「ここよ。入ってみましょう」
ニーナは茶房の入口の扉を開けました。
扉の上部についている小さな鈴がチリンと鳴ります。
扉を開けると、お茶や焼き菓子の良い香りがふわりと漂っていました。
(わあ……! 素敵!)
私は初めて茶房に入りました。
この素敵な茶房が、後に私が開店するカフェハウスのお手本になりました。




