104話 脱出
――ガゴン!
私は枠ごと外した鉄格子を壁に立てかけました。
そして牢屋の中の人々に言いました。
「さあ、皆さん、逃げましょう」
私は脱出を促しましたが。
「……」
「……」
牢屋の中にいる二人の女性は恐怖に引きつった顔で私を見て固まっています。
男の子の妹の小さな女の子も、目を丸くして私を見ています。
(怖がられている?)
さすがに壁を壊したのは、やりすぎた自覚があります。
驚かせてしまったかもしれません。
私は言い訳を考えました。
「皆さん、これは女神様が起こした奇跡です。か弱き善人たちを女神様が救ってくださったのです。女神様がなさったことですので安心してください」
「そうです、女神様のご加護です」
ニーナが助け舟を出してくれました。
「今は早く、気付かれる前に逃げましょう!」
「は、はい……」
牢屋の中で顔色を悪くしている二人の女性は、ニーナに促されて動き出しました。
(やっぱりニーナは頼りになるわ)
男の子も我に返ったのか、牢屋の中の妹に駆け寄り、手を取りました。
「レナ!」
「お兄ちゃん!」
そのとき。
ドヤドヤ言う男たちの声が牢屋の部屋の扉の向こうから聞こえて来ました。
「見張りがやられてる!」
「逃げたのか?!」
(気付かれた!)
牢屋の壁を壊して鉄格子を外してしまいましたので。
音が上の階にも響いたのでしょうか。
――タン!
私は床を蹴り、一歩で扉まで行きました。
そして扉の外に躍り出ました。
「な、なんだお前は!」
悪そうな顔をした男たちが、一斉に私を見ました。
とても悪い顔をした老人と、普通に悪い顔をした男たちが三人いました。
私は男たちに向けて瞬時に光魔法を放ちました。
(眠れって言うと私がやったみたいに思われるから、女神様のお力だって解るように……)
一瞬でそう思考を巡らせた私は、女神様がやっていると思わせる言葉を叫びました。
「女神様、天罰を!」
――ドサッ!
――バタバタン!
男たちが全員その場に倒れました。
――カシャン!
男の一人が手に持っていた手持ちの燭台が床に落ちました。
(大変! 火事になるわ!)
私は慌てて、蝋燭に火が付いているまま落ちた燭台を拾いました。
「ふう……」
私は燭台を手に持ったまま後ろを振り向き、囚われていた女性たちに言いました。
「もう大丈夫ですよ。女神様が悪い奴らを倒してくださいました」
「……」
「……」
二人の女性は驚愕の表情でかくかくと頷きました。
男の子と小さな妹は、目を見張ったまま無言で私を凝視しています。
ニーナだけが生き生きとした表情で目をキラキラと輝かせていました。
「アレキサンドライト様、お見事です!」
(ニーナったら。それじゃ私がやったみたいに思われちゃうよ)
「ニーナ、違うよ。女神様がなさったことだよ」
「はい、凄い天罰でした!」
嬉々としてそう言ったニーナの後ろで、妹と手を繋いでいる男の子が呻きました。
「凄い……」
男の子は私に言いました。
「本当に、お姉さんが闇の神官アレキサンドライト・カルメンシータ様なんだね。ギルドマスターは賞金首なのに……瞬殺しちゃった」
「え? ギルドマスター?」
闇の神官や瞬殺という言葉にも引っかかりましたが、ギルドマスターのほうが気になりました。
「そいつ……」
男の子は、倒れている老人を指差しました。
「賞金首の上級魔法使いだよ」
難しい顔をして、男の子は私に質問を投げました。
「どうしてあんなに早く魔法を出せたの?」
「え? 魔法使いなら、魔法は普通に出せるでしょう?」
「普通じゃないよ。めちゃめちゃ早いよ」
魔法を出すのって、時間がかかるのでしょうか?
みんな、さくさくと魔法を出していると思いますけれど……。
「二人とも、話は後にしよ」
ニーナが、私と男の子に言いました。
「今は逃げなきゃ」
「あ、そうだね」
「うん」
私と男の子は頷きました。
「さあ、行きましょう」
ニーナが牢屋の中の女性たちを促し、私たちは階段に向かって歩き出しました。
◆
私たちは蝋燭の灯りに照らされた薄暗い階段を上って、一階に戻りました。
「真っ暗……」
すでに日が暮れていました。
誰もいない静まり返った酒場の店内を、燭台の灯りで照らしながら抜け、入口のドアを開けて外へ出ました。
辺りはすっかり夜になっています。
薄暗かった裏通りは真っ暗でした。
空には星が瞬いています。
暗くてよく解りませんが、燭台の灯りで周囲を照らすと、私が倒した男たちはまだ転がっていました。
こんな夜に道端で転がって眠っていたら、風邪をひくかもしれません。
でも彼らは悪い人たちなので、私が気にする必要ないですよね。
(私たちは今、大変なんだから。仕方ないよね)
「ルネ、とりあえず騎士団に通報しよう。この人たちも騎士団が家まで送ってくれると思う」
「そうだね」
私とニーナがそう話をしていると。
「……!」
夜風に乗って、ガヤガヤと人の声がしました。
男の人たちの声です。
「あ!」
「誰か来る!」
通りの先の方に、松明の灯りが見えました。
(また悪い人たちかしら)
私は身構えましたが。
「騎士団だ!」
目を凝らすようにして近付いて来る松明の方向を見ていた男の子が、そう声を上げました。
(騎士団だわ!)
松明の方を見たら、私にも騎士団の制服が見えました。
「良かった!」
松明を持った騎士たちがどんどん私たちに近付いて来ます。
私が燭台を持っているからでしょうか。
そして私たちに近付いた騎士たちは、道に転がっている男たちに気付きました。
「な、なんだこれは!」
「君たち、何があった!」
私はよどみなく説明をしました。
「人攫いに攫われました。でも人攫いには女神様が天罰を下してくださいました」
「人攫いだと?」
「はい。あの酒場が人攫いの隠れ家でした」




