49.魔族の王
ダストの犠牲によって開かれた道を進み、フィーアたちはついにアトセプト国の中心――魔族の王が座す神殿へと辿り着いた。
そこは、地の底から怨嗟と魔力が渦を巻く、絶望そのものの空間だった。
玉座の上には、深紅のローブを纏った巨大な影が座していた。
「よく来たな……“調和の器”よ。お前の精霊の力を取り込めば、この世界は完全に我ら魔族の永劫の支配下に置かれる」
その声と同時に、ローブの男が手をかざす。
刹那、タイルの体がびくりと震え、額を押さえて膝をついた。
「うっ……! 頭が……裂けるように……!」
「タイル!?」
フィーアが駆け寄ろうとしたその瞬間、男の口元が歪む。
「慌てるな――さあ、真の姿を見せ、この娘から大精霊の力を奪うのだ」
その一言が、空気を凍らせた。
息子。
フィーアも、ガゼルも、コーラルも、息を呑んだ。
ローブが音もなく落ち、玉座の男の顔が露わになる。
それは、血のように紅い瞳を持つ老魔族――アトセプトの王だった。
同時に、タイルの体に埋め込まれた呪印が脈打つ。
苦悶の叫びとともに、彼の肉体が変貌を始めた。
筋肉が膨張し、肌には黒い鱗が浮かび上がり、澄んだ瞳は深紅に染まる。
人間の輪郭を残したまま、魔族の王の血が覚醒していく。
「フィーア……逃げろ……! 俺は……もう……俺じゃない……!」
「騎士団長!! 正気に戻れ!」
ガゼルの叫びが神殿に響くが、魔族の王は愉悦の笑いを漏らした。
「貴様の兄は、幼い頃に一度だけ我が手中にあった。
そのとき、我が血と魔力を植えつけたのだ。
行方不明の数日――その短さが、人族の盲目を生んだ。
タイルの意識は“騎士”として生きながら、眠りの奥底で我が魂が育っていたのだ!」
神殿が震えた。タイル――いや、魔族の王の力は、バルザード王ファブレムをも凌ぐほどだった。
最後の戦いと、王女の涙
「世界の調和は不要だ。支配こそが秩序。
フィーア・バルザード、その力はすべて我がものとする!」
魔族の王と化したタイルが咆哮し、破壊の魔剣を振り下ろす。
その刃を前に、フィーアは震える手で剣を構えた。
「兄様……やめて! 私は、フィーアよ!」
彼女の叫びも、血の呪いに塗りつぶされる。
ガゼルが咆哮し、コーラルが魔法陣を展開する。
二人はフィーアの盾となり、死を恐れぬ覚悟で前に立った。
「フィーア! あいつはもう、お前の兄じゃない!」
「王女殿下――私たちが支えます! 迷わず、進んでください!」
だが、神殿の魔力は暴走し、ファブレムの転移魔法も届かない。
フィーアは悟った。
――この戦いは、自分の手で終わらせなければならない。
(ファブレム様の愛、ガゼルの忠誠、師匠の犠牲……そして、兄様の優しさを……私は、世界の未来へ繋ぐ!)
フィーアは涙をこぼしながらも、剣を掲げた。
その銀の髪が光を放ち、神殿全体を照らす。
「ごめんなさい……兄様――!」
その一閃は、世界の調和と破壊が交差する、運命の一撃だった。
光と闇が衝突し、天地が揺れる。
愛と悲しみ、希望と絶望――すべてを抱きしめながら、フィーアの剣が最後の軌跡を描いた。




