48.師匠との再会
アトセプト国の中心部――魔族が支配する地下水路を、フィーアたちは慎重に進んでいた。
湿った空気と腐敗した魔力が満ちる闇の中、フィーアはふと、心の奥底で懐かしい顔を思い出す。
(ダスト様……あなたも無事でいてくれたら……)
その瞬間、進路を複数の魔族兵が塞いだ。
そして、その列の中から、一人の男が静かに前に出た。
他の魔族とは違い、彼の顔立ちは人に近く、瞳は琥珀色に光り、肌には細かな鱗模様が浮かんでいた。
フィーアは、その姿を見た瞬間、息を呑む。
「……ダスト様?」
目の前に立つそに男――それは、かつて彼女に剣を教え、共に脱走を誓った恩師・ダストだった。
だが、彼の身体から放たれる濃密な魔力が、今や彼が魔族の幹部であることを告げていた。
「フィーア……」
ダストの声には、喜びと苦悩、そして消しきれぬ愛が入り混じっていた。
「どうして……ダスト師匠が、魔族なの?」
フィーアの声は震えていた。
ダストは目を伏せ、痛むように顔を歪める。
「俺は……アトセプトの上級魔族だ。ミリアル王国に潜入し、魔族の王の命で“強力な魔力を持つ者”を探していた。お前に近づいたのは、その命令のためだった」
その告白に、タイルとガゼル、コーラルが即座に構える。
しかし、ダストは一歩も引かず、フィーアを真っすぐに見つめた。
「だが……フィーア。お前を鍛え、お前の心と優しさに触れるうちに、俺は――任務よりも、お前という存在を娘のように愛してしまった」
彼は静かに、しかし確固たる意志で続けた。
「魔族の王が探していたのは、大精霊の血を引く“世界の調和を司る者”。
だが、俺は報告しなかった。もし伝えれば、お前は捕らえられ、精霊の力をすべて奪われていた。
俺は、お前を守るために嘘をついた。……師匠として、そして一人の親として」
フィーアの瞳が震えた。
彼の裏切りは、憎しみではなく、愛の形だったのだ。
「ダスト!道を開けろ!」
タイルが叫ぶ。「今なら、王の温情で命だけは助かる!」
しかし、ダストは静かに首を振った。
「もう遅い。俺の裏切りはすでに王に知られている。……そして、愛する弟子を裏切れなかった俺に、魔族として生きる資格はない」
ダストの手が、ゆっくりと剣の柄に触れる。
「フィーア。お前の剣は、もう俺の教えを超えている。
――これが、俺の最後の教えだ。迷うな。前に進め」
その言葉と同時に、彼は仲間たちを庇いながら、背後の魔族兵を切り伏せた。
剣閃が闇を裂き、血飛沫が舞う。
「行け! お前たちが使命を果たすまで、俺がここを抑える!」
「馬鹿なことを言うな!」
ガゼルが怒鳴り、タイルが剣を構える。
激しい戦闘が始まった。
ダストは上級魔族としての力を解放し、二人の猛攻を受け止めた。
だが、その剣筋には殺意ではなく――弟子を導くための“覚悟”があった。
轟音と共に魔力が爆ぜ、火花が散る。
タイルとガゼルの連携が決まり、ダストの身体に深い傷が刻まれた。
「師匠っ!」
フィーアの悲鳴が響く。
ダストは血を流しながら、微笑んだ。
「……フィーア……お前こそが、真の剣だ……。迷うな、幸せになれ……」
その言葉を残し、彼は静かに膝をつき、瞳から光が消えていった。
最後に見たのは、偽装の茶色の瞳に映る、愛弟子の姿。
フィーアは、震える手で剣を握りしめた。
涙で視界が滲んでも、前を見据える。
「……行こう。魔族の王を討つ」
彼女の声は、もう迷いではなく、決意に満ちていた。
ダストが命を懸けて開いた道を、仲間たちと共に――。
光なき地下を進むその足取りは、確かに“師匠の愛”を継ぐものだった。




