47.潜入
「私がこの戦いを終わらせる」
フィーアの一言から作戦は始まった。
誰に何を言われてもフィーアの意思は頑なに変わらなかった。
そして。
少人数による潜入作戦を実行することに決まる。
「フィーア、なるべく目立たない服装でいてくれ。大精霊の血を引くお前が目立てば、アトセプトの魔族に即座に察知される」
ファブレムの静かな指示に従い、フィーアは王宮で用意された高性能の認識阻害魔道具を身に着けた。
彼女の衣は、質素な行商人の旅装――銀の髪は土のような茶へ、エメラルドの瞳は灰褐色に偽装されていた。
潜入メンバーは、フィーア、騎士団長タイル、副団長ガゼル、そして情報将校コーラルの四名。
ファブレムは王として王国の指揮を取り、後方からの支援と、緊急時の転移魔法による救援を担う。
荒廃した国境を越えて
コーラルの情報網を頼りに、一行はアトセプト国境へと辿り着いた。
「ここから先はアトセプトの魔力濃度が高く、通常の転移魔法は妨害されます。徒歩での潜入となります」
コーラルの声には、緊張が滲んでいた。
国境を越えた瞬間、空気が変わった。
かつて栄華を誇った街並みは、崩れ果てた廃墟と化し、地面は干上がり、黒く腐敗した泥が広がっている。
「これが……アトセプト国……」
フィーアは息を呑んだ。
「人の気配がしねぇ」
ガゼルが獣人族の鋭い感覚で周囲を探る。
「魔族が人族を全て奴隷化し、地下や遠方の採掘場に閉じ込めているようです」
コーラルの低い声が響いた。
「この国は――人の生気を奪い続ける、巨大な魔族の実験場です」
魔族の支配と奴隷の瞳
彼らは旅の行商人を装い、廃墟の街を慎重に進んだ。
時折、道端に現れるのは、痩せ細り、瞳に光のない人々だった。
その首には、重く光る魔法の首輪が嵌められている。
「この光景は……かつてのミリアル王国よりも酷い」
フィーアは唇を噛んだ。
――奴隷として過ごしたあの日々。
鎖の重み。奪われた自由。
胸の奥に封じた痛みが、黒い炎となって蘇る。
彼女の大精霊の魔力が、怒りに共鳴して揺らめいた。
だが、フィーアはファブレムの手を思い出した。
愛と誓いによって結ばれたその温もりを――そして、世界を癒すための意志を――。
魔力は静まり、代わりに穏やかな光が彼女を包む。
「フィーア様、感情を抑えて。この地は悲しみと絶望に満ちています。あなたの魔力が共鳴すれば、敵に気づかれます」
コーラルが、耳元でそっと囁いた。
街の中心部へ近づくにつれ、人族の姿は消え、異形の魔族たちが目立ち始めた。
彼らは竜人族よりも小柄だが、肌は煤けた灰黒で、瞳は血のように赤く光っている。
爪と牙が、夜風を裂くたび、腐敗した魔力の匂いが漂った。
「ここが、アトセプト国の中心――“魔力の心臓”と呼ばれる場所です」
タイルが地図を確認しながら、低く告げる。
「奴らはここで、精霊の力を強制的に抽出し、世界を滅ぼす兵器を造り出している」
ガゼルは前を歩くフィーアの肩を守るように寄り添い、獣の耳をぴくりと動かした。
「何があっても、お前は俺が守る」
彼の心は、王の命令ではなく、ただひとりの女性――フィーアを守るという、純粋で熱い衝動に突き動かされていた。
フィーアは、兄と、番たる二人の愛と信頼に囲まれながら、決意の瞳で前を見据える。
彼女の銀色の魔力が、闇の底に潜む黒い魔力と対峙する。
――物語は、いよいよ最終局面へと進む。




