45.平和
王宮の朝は、静かな陽光とともに始まる。
庭園の噴水が光を弾き、風が薄紅の花弁を運んでいた。
「おはよう、フィーア」
低く優しい声とともに、銀のティーポットを運んできたのはガゼルだった。
彼の動きは武人らしく無駄がないが、どこか柔らかい。
香ばしい茶葉の香りが部屋に満ちていく。
「またガゼルのお茶ね。いい香り……落ち着くわ」
「ふっ、そう言われると嬉しいな。お前が疲れてるときは、これが一番効くと思って」
フィーアが微笑むと、ガゼルの表情もほころんだ。
彼が湯を注ぐ音が静かに響く。
そのとき――扉が開いた。
「朝から随分といい雰囲気じゃないか」
ファブレムが入ってくる。白い外套を揺らしながら、優雅に歩み寄る。
王の威厳をまといながらも、その金の瞳はどこか穏やかだった。
「ファブレム様。おはようございます」
「おはよう、フィーア。……眠そうだな」
「少しだけ、書き物をしていて」
ファブレムは苦笑し、そっとフィーアの頭に手を置いた。
その仕草に、フィーアは少し照れくさそうに目を伏せる。
「働きすぎだ。少しは休め」
「俺もそう思う。昨日だって、ろうそくが燃え尽きるまで机に向かってたろ?」
「ガゼル……あなた、見てたの?」
「たまたま通りかかっただけだ。……心配なんだよ、お前のことが」
ファブレムが微かに目を細める。
「……お前も大概、甘いな」
「陛下こそ、頭撫でてるじゃないですか」
「これは王としての慰撫だ」
「はいはい、“王として”ね」
二人のやり取りに、フィーアはくすくすと笑った。
その笑い声が部屋を包み込み、朝の光とともに柔らかく広がる。
「ふふ……二人とも、朝から本当に賑やかね」
「お前が笑ってくれるなら、それで十分だ」
「……同感だ」
三人の間に、穏やかな沈黙が流れる。
紅茶の湯気がゆらゆらと揺れ、外では小鳥たちが囀り始めた。
フィーアは両手でカップを包みながら、幸せそうに目を細めた。
「こうして過ごす時間が……ずっと続けばいいのに」
「続くさ。俺が守る」
「そして私が、それを許す」
二人の声が重なり、フィーアは頬を染めながら笑った。
朝の光に包まれた王宮は、
まるで世界そのものが、彼らの穏やかな時間を祝福しているかのようだった。




