43.運命
夜が明ける頃、東の空は淡く朱に染まっていた。
フィーアは、ほとんど眠れぬまま窓辺に立っていた。
ガゼルの言葉が胸の奥で何度も響く。
——“お前は、俺の唯一の番だ”
その声の余韻の中で、フィーアはもう一つの温もりを思い出していた。
ファブレムが、何度も抱きしめながら囁いた、静かで深い愛の言葉。
——“お前が望むなら、私の心ごと、この王座を差し出そう”
(どうして……どちらを選んでも、こんなに苦しいの……)
けれど、彼女は知っていた。
愛は、誰かを傷つけずには、貫けないことを。
フィーアは、決意を胸に、王宮の最上階へ向かった。
そこはファブレムの私室——王の孤独が眠る場所だった。
ファブレムはすでに起きていた。
夜明けの光が、彼の金の髪を淡く照らしている。
その瞳は、すべてを見通すようでありながら、どこか疲れていた。
「来たのか、フィーア」
「はい……お話があります」
彼女は震える手で胸を押さえた。
「陛下。ガゼルは、私の“唯一の番”だと言いました。魂がそう叫んでいると……」
ファブレムは目を閉じた。
痛みを飲み込むように、静かに息をつく。
「そうか。彼は……そう言ったのだな」
フィーアの瞳に涙が滲んだ。
「でも、私は――あなたを愛しています。
魂がどう定めようと、私は“あなたを愛した”という事実を、誰にも奪われたくないんです」
その言葉に、ファブレムの瞳が微かに揺れた。
「……それでも、ガゼルのことを想っているのだろう?」
「はい。彼のことも、愛しています」
沈黙が降りた。
その沈黙の中に、王としての威厳も、獣としての誇りも、ただの“男の苦しみ”として溶けていった。
やがてファブレムは、ゆっくりとフィーアの頬に触れた。
「ならば――お前が選ぶ“愛”の形を、私に見せてくれ。
誰か一人を否定する愛ではなく、
お前の中にある“すべてを包む愛”がどんなものなのか、私はそれを信じたい」
フィーアの頬を涙が伝った。
ファブレムはその涙を拭いながら、そっと抱きしめる。
「お前がガゼルを愛しても、私の愛は消えぬ。
それでも、最後にお前の心が帰る場所があるなら――それでいい」
その夜。
フィーアは再びガゼルの元へ向かった。
月光の下、彼の金茶色の瞳が、切なげに輝いている。
「ガゼル……私は、あなたを愛してる。
でも、あなたと出会わせてくれたのは、ファブレムだった。
私の愛は、二つに裂けたんじゃない。
二つの魂に育てられた“ひとつの愛”なの」
ガゼルは、しばらく言葉を失い、やがて微笑んだ。
「……お前らしいな。俺の心はお前に縛られている。けど、もしお前が二人の間に生きることを選ぶなら、俺はその世界ごと守る」
フィーアは彼の胸に顔を埋め、静かに涙を流した。
(きっと、“番”という言葉では表せない絆がある。
それが、私たちの愛のかたち――)
月が高く昇り、三人の運命を包むように淡い光を投げかけていた。
そして、魂の奥底で、誰にも壊せない絆が、静かに一つになろうとしていた。




