4.幼き女神の秘密
フィーアは五歳になる頃には、王宮の誰もが知る天才児となっていた。
特に魔力と精霊術への理解度は深く、家庭教師を困らせるほどだった。ルヒトーもアリアも目尻を下げて娘の成長を喜んだが、彼らは同時に、フィーアの持つ力に秘められた危険を理解していた。
「フィーアの魔力が揺れると、天気が乱れるわね」
アリアは時折、雲行きが急に怪しくなる空を見上げて心配そうに呟いた。
フィーアが少しでも悲しんだり、怒ったりすると、城の上空に暗雲が立ち込め、時には雷鳴が轟く。女神の力である天候操作は、フィーアの感情と直結していたのだ。
「半精霊として力を制御できるように精霊女王様がしてくださったが、感情の機微にはまだ幼すぎて対応できんのだろう」
ルヒトーはそう言い、王として多忙な日々の中でも、娘の魔力制御の訓練に熱心だった。
しかし、フィーアの力を知る者は、王族と一部の侍女だけだった。
一方、兄のタイルは、その頃から王国の騎士としての訓練に没頭していた。
「タイル、そこまで自分を追い詰めなくても」とルヒトーが心配するほど、彼は剣の腕を磨いていた。
タイルは知っていた。母アリアと、幼い妹フィーアの特殊な力が、いつかこの国の平和を脅かす諸刃の剣になるかもしれないことを。彼は、愛する家族を自分の力で守るため、日々努力を重ねていた。
フィーアが五歳の誕生日を迎える少し前、ルヒトーは緊急の会議を招集した。
「ミリアル王国から、国交樹立と交易拡大に向けた大規模な会談へ参加要請が来た。王として、私自らミリアルへ赴く」
「」
「今、なぜ?」
アリアは不安げに尋ねた。ミリアル王国は人族主体の国で戦力は弱いものの、その貿易網は広大だ。しかし、このタイミングでの要請には、裏がある気がしてならなかった。
「アトセプト国だ。あいつらが急速に力をつけ、周辺国を脅かしている。ミリアルとの繋がりを強固にし、彼らの持つ情報網を利用して、アトセプトの動向を掴む必要がある」
ルヒトーの判断は、王としての冷静なものであった。
「では、私も王の護衛として同行します」
タイルはすぐに申し出た。
「タイル…。お前には、残って母とフィーアを守って欲しい」
ルヒトーはそう言ったが、タイルは首を横に振った。
「父上の警護は私にしか務まりません。それに、私が不在の間、この城の守りを固めるよう、事前に手配を整えました。最強の竜人国バルザードとの同盟が近いことも、他の国への牽制となるはずです」
バルザード国。その国は最強種族である竜人が統治している国である。現国王ファブレムはそのカリスマ性から他国から恐れられていた。しかし竜人の食料が莫大な量が必要でバルザード国は他国から食べ物を貰っていたが、それでも足りずアルセリアに要請をしてきたのだ。ルヒトーは承諾する代わりに護衛をかして欲しいと頼み、その者たちが来るのがちょうどミリアル王国へ行く日と被っていた。
しかしそれでも二人の不在が、城の守りを手薄にすることをアリアは恐れた。
「でも、フィーアの魔力はまだ不安定よ。もし私が…」
「アリア、君には国の守り、そして何よりフィーアの制御という重要な役割がある。行ってくる。必ず平和を連れて帰ろう」
ルヒトーは、苦渋の決断だったが、家族と国の未来のためにミリアル王国への視察を決行した。
旅立つ夜、ルヒトーとタイルは、眠っているフィーアの頬にそっとキスをした。
「すぐに帰ってくるからな、フィーア。帰ったら新しい剣術を教えてやる」
タイルはそう言いながら、妹の銀色の髪を撫でた。
フィーアは翌朝、父と兄がいないことに気づき、大泣きした。その夜、フィーアの激しい悲しみと寂しさが、夜空に大粒の雨と強い風を呼び込んだ。
城中の人々が、フィーアの感情が作り出す荒天に、ただ怯えるしかなかった。
アリアは娘を抱きしめ、必死に慰めた。
「大丈夫よ、フィーア。お母様がいるわ。お父様もお兄様も、必ず帰ってくるから」
それから数日、フィーアは夜になると寂しさから泣き、魔力で天候を乱した。アリアは娘のそばを離れず、魔力の暴走を防ぐため、自分の女神の力でフィーアの魔力を優しく包み込むことに努めた。
襲撃の日の夜も、ルヒトーとタイルの不在を寂しがるフィーアが「お母様と一緒に寝たい」と駄々をこね、二人は一つ屋根の下、寄り添って眠っていた。




