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朝食を取り終え、カナリアはクロウの自室を訪ねた。
そして、昨夜のことを詳細にクロウへ話す。
「それで、屋敷の秘密はまだ見付けられませんでしたから、また今夜も貴方の護衛をお借りしますわね」
「待って待って待って、ちょっと待って下さい」
「あら、お借り出来ないのなら一人で行きますわ」
「いや、貸したくとも貸せないでしょっ?! はっ?! レイヴンが仮の恋人?! 何がどうしてそうなるんですかっ!!」
クロウが頭を抱えて叫ぶ。そんな彼女を眉を寄せて面倒臭そうに見つめるカナリアは、腕を組んだ。
「理由は言いましたわ」
「ええ、確かに聞きましたとも。でも、そんなっ! なんかレイヴンに言いくるめられてません?!」
「言いくるめられてませんわ! 寧ろ、利用するのは私の方ですのよ!」
「そ、うです……かっ?!」
ふらふらと、クロウが自室のソファに座って、俯きながら大きな溜息を吐いた。
テーブルを挟んで向かいのソファにカナリアが座れば、クロウがチラリと視線だけカナリアへ向ける。
「……条件はあるし、レイヴンはカナリア様の嫌がることを、しないとは、思います。でも、まさか、昨日の今日でそんな話になるなんて……」
「恋愛感情はありませんわ。ただ、表現力を上げる為だけですのよ」
「……うーん、カナリア様はそう考えてても、レイヴンがなぁ」
「心配し過ぎですわ、クロウさん。彼は、私の反応を面白がっているだけ。飽きれば、離れますわよ」
真剣な顔で言い放つカナリアに、クロウは苦虫を噛み潰したような顔をして、またもや頭を抱える。
カナリアは本気で自身の歌の向上しか頭になく、何ひとつ理解していない。
レイヴンがどれほど本気なのかも。自分がどれほど無知なのかも。
恋という感情が、どれほど難解で、厄介なのかも分かっていない。
――それに。
「偽物の恋なんて、虚しいじゃないですか」
「虚しい?」
「ロビンの歌があんなにも心に響くのは、本当の恋をしているから。本気で愛しているからこそ、人の心に響くんですよ」
目を丸くするカナリアに、クロウが顔を上げる。
真っ直ぐに自分を貫く漆黒の瞳に、カナリアは拳を握った。
「……それでも、理解することは出来ますわ」
「もしも。もしもの話です」
「なんですの?」
「レイヴンとの恋が、本当になってしまったら、貴女はどうするんですか?」
沈黙が下りる。
まさか過ぎる疑問に固まったカナリアがハッとして、クロウの疑問に答えた。
「ありえませんわ。私と彼が恋愛関係になるなんて」
「……恋愛は邪魔だから?」
「ええ、そうですわ」
きっぱりと言い切ったカナリアに、クロウは切なそうに目を細める。
そして、クロウは数秒考えた後、静かに口を開いた。
「けれど、恋はそんな簡単に理性で止められるものではないですよ」
「いいえ、止められますわ。ただの感情のひとつですもの」
当たり前のように放たれた言葉に、クロウはぎゅっと自身の両手の指をきつく組み合わせた。
「じゃあ、決してレイヴンに恋をしないと、言い切るんですね?」
「ええ、私は彼に恋なんてしませんわ」
強い決意がこもった紅の眼差しに、クロウが視線を落とす。そして、また、すぐに視線を上げる。
その目は、様々な感情を乗せて、カナリアを映した。
「分かりました。それなら、レイヴンをお貸ししますよ。仮の恋人同士も、レイヴンの主人として、……貴女の友人としても、止めはしません」
友人という言葉に、カナリアが否定しようと口を開くも、クロウの顔を見てしまえば、何も言えずに口が閉じてしまう。
気まずげに視線を逸らしたカナリアに、クロウは眉を下げて笑った。
「この後、図書館に行くんですよね? 私は授業ですから、準備したいので良いですか?」
「あっ、ええ。それでは、私はもう失礼しますわね」
「はい。また、ランチの時に皆で会いましょう」
小さく頷いたカナリアを見送って、クロウは険しい顔でソファに座る。
そんな彼女を後ろから抱き締めるように、音もなく太い腕が現れ、頭の上にズシリと重みが乗った。
「……レイヴン、やってくれたわね」
「すっげー大進歩だと思わねえ? まさか、あんな簡単に乗るとは思わなかったよ、俺も」
クロウの頭の上に自分の顔を乗せ、ケラケラ笑うレイヴンの腕を、クロウが思い切り叩く。
パシンッと、弾ける音がすれば、レイヴンはクロウの頭を顎でグリグリと押した。
「アンタは、カナリア様からしたら出会ったばっかりの男よ。私の護衛だから大目に見てもらえてるだけなの。分かってるの?!」
「えー、俺の親しみやすさとかそういうのもあるじゃん?」
「ないわよ。軟派男って言われてるくせに、どこからそんな自信出てくんのよ。友人の私の護衛だから! カナリア様は、アンタみたいな奴を邪険にしないのよっ!!」
怒り狂いながら叫ぶクロウに、レイヴンが唇を尖らせる。
ぐっと、抱き締める腕の力を強めれば、クロウが溜息混じりに言葉を続けた。
「……前途多難よ。覚悟あるの?」
「承知の上。そうじゃなきゃ、馬鹿な提案してないよ」
「自分でも馬鹿な提案って分かってるのね」
「うん。でも、ここまでしないと、スタート地点にも行けないだろ?」
真剣味を帯びたレイヴンの声色に、クロウはそっと彼の腕に触れる。
そして、優しい、けれど、不安げな声で呟いた。
「少しずつよ。急いじゃだめ。距離を誤れば、カナリア様はすぐに離れていくわ」
「分かってるよ。お前とあの人のこと、ずっと見守ってたんだから。……良かったな、友達になれて」
大きな手がクロウの頭を撫でる。優しいその温もりに、クロウが目を瞑った。
「……うん。やっと私、あの人の友達になれた。頑なだったあの人の心を動かせた」
クロウが、嬉しそうに呟く。
そして、言葉を続けた。
「感情を止められるなんて、言ってたけどさ。私のこと否定しなかったら説得力ないよね」
「……そうだな」
「だから、レイヴンにもチャンスはあると思うんだ」
「つけ込むチャンスな」
「……言い方」
ははは、と笑ったレイヴンを、クロウがジト目で睨む。
こんなんで大丈夫だろうかと思いつつも、カナリアへの想いは本物だと知っているクロウは、手を伸ばしてレイヴンの両頬を包んだ。
「カナリア様を泣かせたら承知しないから」
「そんなこと絶対にしない。アイツのこと幸せにしてやるよ」
「アンタも泣いたら承知しないからね」
「……うん、ありがとう」
レイヴンが優しく目を細め、クロウを見つめる。
クロウもまた、同じように優しくレイヴンを見つめた。
「不本意だけど、応援してあげる。頑張れ、お兄ちゃん」
レイヴンは、嬉しそうに笑った。




