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「昨夜はどこに行ってたんですか?」
「まだ起床時間前だというのに、何故貴方は私の部屋の前に待ち伏せていますのよ、クロウさん」
日の出と共に身支度を整え、昨夜秘密の屋敷に行けなかった分、また図書館で歌魔法について調べようとして部屋を出たカナリアの前に、彼女は待ち構えていた。
待っていましたと言わんばかりに、不機嫌そうな顔でカナリアを睨むクロウは、口を開く。
「質問に質問で答えないでください。夕食の時間にも自由時間にも、就寝時間ですら、部屋にいませんでしたよね」
「貴方には関係ありませんわ」
何故だか胸の奥がざわつき、カナリアはクロウを見ることが出来ない。
フイッと顔を逸らして歩き出そうとするカナリアに、クロウが眉を寄せる。そして、目を合わせない彼女の手首を掴んだ。
「関係ありますよ。ずっと何処にいたんですか? 就寝時間を超えてもいないのは、流石に心配します」
「……調べ物がありましたから。就寝時間を過ぎても調べていただけですわ。私はずっと、図書館にいましたもの。貴方はずっと、ロビンさんの所にいたから知らないでしょうけど」
言い放ってから、カナリアは自分の最後の言葉に、ふと違和感を感じる。
けれど、それが何か気付けず、カナリアは言葉を続けた。
「私の心配より、彼女の心配をすれば良いですわ。貴方は彼女の親友ですしね。それに、貴方は彼女のことが好きなのですから、私より彼女を昨日のように優先なさい。
私のことは放っておいて結構ですわ。一人が楽ですもの。歌魔法を調べるのも、一人で出来ます」
言葉が止まらない。クロウに返事をさせる隙も見せず、矢継ぎ早につらつらとカナリアは捲し立てる。
けれど、突き放すようなことを言いながらも、クロウの手を振り解かないのは、何故なのか。
そんなカナリアを見て、クロウは困惑しつつ、黙って見守った。
「ロビンさんには、当たり前のことを言っただけですわ。私は元々こういう人間ですの。知っているでしょう。反省も後悔もしていませんわ。
それに、貴方から嫌われても私は平気ですもの。友人なんていりませんし、必要なんてない。そもそも、友人ですらなかったですし、私達は、利害が一致しただけの関係ですから」
「カナリア様……」
「私は今から図書館に行きますから、手を離してくださる? 貴方はこんな所に居ないで、ロビンさんの様子でも見に行ったらどうですの。私はひとりでもへい――」
静かにクロウが、カナリアの口を塞ぐ。
驚きで固まるカナリアが、やっと目の前のクロウと視線が合った。その目は、申し訳なさそうに、カナリアを映す。
「その先は言わないで。言って欲しくない」
ゆっくりと、手が離れ、カナリアも口を閉ざす。
気まずい沈黙が流れる中、クロウが大きく息を吐いた。
「確かに、昨日のロビンへの発言は許せませんよ。傷口に塩を塗るような行為でしたしね。
でも、あの発言を聞いた後に、ロビンは持ち直したんです。急に練習しなくちゃ寝られないって、外に行っちゃって止められなかったんですよ」
「練習するのは当たり前ですわ。動くのが遅いくらいですのよ」
「……ロビンがああなったら止められないから、そのまま満足するまで放っておこうってなりました。ロビンが前向きになれたのは、カナリア様のお陰でもあるんですよ」
「嬉しくないですわ。そのまま、夢を諦めればいいのに」
憎まれ口を止めないカナリアに、クロウは困ったように眉を下げる。
彼女のこの態度が、いつもと少し違うことに気付いているクロウは、優しく微笑んだ。
「私、カナリア様のことずっと心配してましたよ」
「貴方はロビンさんを心配していればいいのですわ。私、心配されるようなことをしていませんし」
「でも、ロビンが歌魔法を発現しなかったのって、少なくともカナリア様もショックだったでしょ?」
「はあ?! そんな訳ないでしょう!! あの音痴が歌魔法を発現しなかったのは、当たり前のことですわ! 音痴ですもの!!」
声を荒らげて首を横に振ったカナリアに、クロウが目を細める。
当たり前ならば、わざわざ声を掛けにくる必要なんてない。ロビンの部屋の前にまで来て、様子を見に来る必要も無い。
今まで見てきた悪役令嬢のカナリアならば、無視していた。
無視して、ただ、他の生徒達と同じように嘲笑っていた。
けれど、彼女はロビンの元へとやって来たのだ。
最早、傷口に唐辛子を塗り込むような心を突き刺す言葉だったけれど、そこには、彼女の努力を見てきた人間の悔しさが滲み出ていた。
「そうですね、まだまだ音痴ですけど。いずれは、世界に飛び立つ歌姫ですよ」
「どーだか! 再テストの時も発現しなければ、笑ってやりますわよ!」
鼻で笑ったカナリアに、クロウが手を伸ばす。
自分の手を優しく握られ、カナリアは目を丸くした。
「……怒ってますよね?」
「怒ってませんわ。何故、私が貴方に怒りますのよ」
「いいえ、怒ってる。そりゃ、ロビンが心配で昨日はほぼずっといましたよ? クレイン様も生徒会に呼び出されていなくなっちゃったから、ロビンひとりに出来なかったし」
「ええ、正しいですわ。ですから、それをこれからも続けなさいと言っているだけですわよ」
心にドス黒いモヤが纏わりつき、言いようの無い苛立ちがカナリアの中で渦巻く。
カナリアの言葉のトゲが無くならず、クロウは溜息を吐いた。
「さっきも言いましたけど、私、カナリア様のことも心配してました。だから、夕食の時間にカナリア様のこと探しました。食堂に来てないって聞いて、部屋も行きました」
「……へえ」
「就寝時間過ぎた後だって、貴女の部屋に人の気配がなくて、心配で部屋の前で少し待ってました。だって、私は貴女の友人ですから。あんな悪い雰囲気のままにするのは、嫌だったんです」
漆黒の瞳が、カナリアを見つめる。けれど、カナリアはその瞳に耐えられず、視線を逸らした。
「カナリア様、嫌いになんてなりませんから怒らないで」
「は?」
「気まずいからって、なんで怒るんですか。私もクレイン様もロビンも、誰も貴女に怒ってなんてないのに。寧ろ私は、睨んだことを謝りたかったんですよ」
優しく優しく、紡がれる言葉に、カナリアの苛立ちが消えていく。
クロウの手を小さく握り返せば、彼女は眉を下げて微笑んだ。
「今回は状況的にロビンの優先度が高かっただけです。私はカナリア様もロビンも、どちらも平等に心配してますよ」
クロウの指先が落ち着かせるようにトントンと、優しくカナリアの手を撫でる。
子をあやすように触れられ、カナリアはハッとして、その手を払い除けた。
「自惚れないでくださる?! 私は別に貴方達なんて、どうでもいいですわ!!」
「はいはい、どうでもいいなら、ちゃんと夕食くらい取らないと駄目ですよ。顔合わせづらいからって、食べないのは良くない」
「違いますわ! 調べ物に夢中になっていたからですわ!!」
「いつもなら私が迎えに行ってたのに、昨日は行けなくてごめんなさい。ひとりにしてしまいましたね」
困ったように微笑み、優しく話すクロウに、カナリアの心に纏わり付いていたものが消えていく。
胸が苦しいはずなのに、不思議とその感覚は嫌ではなかった。寧ろ、少し嬉しいその感覚に、カナリアは訳が分からず、悔しそうに眉を寄せた。
そんなカナリアを見て、クロウはおかしそうに笑う。
「カナリア様の口がビックリするほど悪いことなんて、私達みんな知ってます。大丈夫、嫌いになんてなりません。だから、勝手に気まずくなって怒らないで。突き放そうとしなくて良いですから。ね?」
諭すように言われ、カナリアは逸らしていた視線を、クロウへと向ける。
優しく笑うクロウに、カナリアは何も言えなくなった。
「ほら、一緒に図書館行きましょう。それで、四人で朝ごはん食べましょう」
「……仕方ありませんわね。そこまで言うなら、付き合ってあげますわ」
素直じゃない言葉を言いながらも、カナリアはクロウの隣を歩く。
その距離は、前よりもずっと、近くなっていることに、彼女は気付かなかった。




