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ガゼボに向かい合うように座り、湖の水音が緩やかに二人の耳に届く。
目の前に座るロビンは、先程までの積極性のある行動が嘘のようにしおらしくなっており、カナリアは彼女の言葉を苛立ちながら待っていた。が、とうとう耐えられずに口を開く。
「私の時間を無駄にするつもりですの。話すことなどないのなら、私は部屋に帰りますわよ」
「あっ、や、待って、待ってください。なんか、小さい頃から憧れてたカナリア様と、今、二人きりで話せるんだって思うと、すごい緊張しちゃって……」
「……帰りますわよ」
「待ってくださいー! 話したいこといっぱいあるんです!! いっぱいあるんですぅー!!」
立ち上がって帰ろうとするカナリアを、ロビンが焦ったように引き止める。
とある日のクレインのようだと、カナリアはロビンとクレインを重ね、思わず口元が緩みそうになった。
「えっと、ですね。私の歌、聞いた感想をお聞きしたくて」
「音痴」
ズバッと一言で言い切ったカナリアの言葉に、ロビンが胸を抑える。
いつも言われていることではあるが、改まって言われると、心にグサッとくるものがあった。
だが、ここは、流石の主人公。顔を上げた。
「あっ、えっと、すみません。具体的な感想が欲しくて」
「歌い出しが雑ですわ。その後の音のブレが激しくて、聞いてて頭が痛くなりますわね。
音外しも何回もありましたし、息継ぎを変な場所でし過ぎていて、歌が美しくない。音の強弱もメリハリも感覚でしているから、作曲者の意図を理解してないのだと丸わかり。とんだ恥さらしですわよ、アレは。それと――」
「あっ、すみません。もう良いです。ごめんなさい、これ以上は耐えられないです」
つらつらと際限なく出てくる自分の歌の駄目出しに、とうとう立ち向かう気満々だった主人公も心が折れる。
深呼吸をして、吐くと同時に項垂れたロビンに、カナリアは内心ハラハラドキドキしていた。
――つい、本音で言ってしまいましたわ。ただでさえ、ロビンちゃんの心はズタボロの雑巾のようだというのに。
折角、傷付けないように言葉でなく歌で励ましたというのに、口を開けばコレである。
染み付いた容赦のなさと上から目線な物言い。人の気持ちを慮ることをしてこなかった人生では、仕方の無いことなのだ。
「っふふ」
「……ロビンさん?」
「あはは! はー、カナリア様は厳しいなぁ! でも、今はそれが、すごく嬉しいです」
嬉しそうに笑うロビンに、カナリアは面食らう。
そんな目を丸くするカナリアに、ロビンが目を細めた。
「クレイン様もクロウもいつも優しい言葉をくれるんです。とっても励みになるし、今日も二人のお陰で落ち着きました」
「……あらそう」
「でも、こうやって練習をしようって、もっと頑張らなきゃって、立ち上がる気力をくれたのはカナリア様です」
「え?」
きらきらと、星と同じくらいに輝く光を持つブラウンの瞳に、カナリアは惹き込まれる。
真っ直ぐに、自分を見つめるロビンに、カナリアは胸が鳴った。
「私の責任、そう言われてハッとしました。皆の時間を奪って、レッスンをしているのに、私は歌魔法を発現出来なかった。
……初めの頃より、ずっと歌えるようになってたから、勘違いしちゃってたんです。まだまだ私は、学園の皆のように基礎もまともに出来てない。自惚れてました」
その声色は揺るがず、カナリアに届く。
悲しみは感じない。けれど、そこにあるのは、悔しさ。
そして、自分自身への、深い怒り。
「それに、人前で歌おうとすると、どうしても、声が出なくなるんです。緊張して、頭が真っ白になって、何も考えられなくなって。
……歌手として、致命的ですよね。両親にも反対されました。でも、諦めたくなかったんです」
眉を下げて笑うロビンが、静かに拳を握る。
前世の記憶で知っているが、いざ、ロビンの口から話されると、カナリアは胸が痛くなった。
ゲームでは、詳しく彼女のあがり症について触れられていない。ただのそういう設定として、受け入れることは出来たが、こうして現実になると、それはあまりにもやるせない。
「……無謀ですわね。それを克服しなければ、どれだけレッスンしても意味ないですわよ」
「そう……ですよね。でも、克服の仕方、分からなくて。レッスンで、少しずつ良くなってるかなって体感では感じてるんですけどね」
「まあ、最初のレッスンの時よりは、私の前でも声は出せるようになりましたわね。まだまだ全然ですけれど」
「……ははは」
カナリアの厳しい言葉に、ロビンは苦笑いを浮かべる。
けれど、ロビンにとって、このカナリアの厳しさが、今はとても有難く感じた。
優しい親友と片思い相手は、否定的なことを一切言わない。
励ましと慰めの言葉は、いつもロビンの前を向く力となったが、今回はそれが、とても、嫌だった。
悔しかったからだ。悔しくて悔しくて、自分が憎かった。
理由は明白。
「……カナリア様、どうすれば克服出来るんでしょうか」
「はあ? 何故、私に聞きますの? 自分で解決しなさい」
「そうですけどぉ〜! 経験豊富なカナリア様なら、何か分からないかなって!」
「ふんっ、知るわけないですわ! 人前で歌えないなら、歌えるようになるまで努力なさい!」
呆れたように言い放つカナリアに、ロビンの胸がきゅうっと締め付けられる。
そして、無意識に彼女の口から言葉が漏れた。
「努力します。努力して、克服して、私、カナリア様と歌いたい」
「はあ?!」
突然の決意表明に、カナリアが驚きで目を見開く。
彼女から滲み出る悔しさと怒りの正体が見えてきて、カナリアの体が熱くなった。
「今日、舞台の上のクロウとカナリア様の歌を聴いて、私、クロウが羨ましかったんです。
あんな風にカナリア様と対等に並んで歌いたい。
カナリア様は雲の上の存在で、私なんかじゃ役不足なのは分かってます。でも、貴女の隣で歌えるようになりたい。貴女の隣に立って、対等に歌える自分になりたい」
憧れが、目標に変わった。
ぶわっと全身に電流が走り、カナリアの心臓が大きく脈打つ。興奮と喜び、闘争心すらも湧き出てきて、目の前の主人公を不敵な笑みを浮かべながら、睨み付けた。
「私と対等になりたいですって? 冗談は貴女の歌だけにして欲しいですわね。まともに人前で歌えず、歌魔法すら発現せず、未熟なひよっこが、恥ずかしげもなくよく言えたものですわ」
「そうですね。本当にその通りで、こんな事言うのも烏滸がましいって分かってます。
実際に今日、ちゃんと歌えなくて、それをカナリア様に見られたのが、すっごく恥ずかしかったです」
「今までもずっとみっともない歌を私に見せてきて、今更ではなくて?」
鼻で笑うカナリアに、ロビンはぐっと言葉を詰まらせる。けれど、その目はしっかりとカナリアを捉えたまま、離さない。
「今更ですけど。でも、私はもう、あんな失態を貴女には見せません。……たまに、見せちゃうかもですけど、けど、私は決めたんです。
誰よりも努力して、貴女と同じくらい歌えるようになるって」
強い決意を持って放たれた言葉。
ロビンが自分に向けて放った宣言に、カナリアは歓喜に震える。そして、彼女は堪らず立ち上がって、ロビンを見下ろした。
「私は貴女が牧場でのほほんと暮らしていた頃から、既に王宮で認められていたバークライト家の娘。
今から努力をして、私に追いつけるとでも? 冗談は歌だけにしてちょうだいと言いましたわよね?!」
馬鹿にしたように笑い、カナリアが蔑む視線をロビンへぶつける。
固まるロビンに、悪役令嬢カナリア・バークライトは背を向けた。
「私と同じくらい? 馬鹿馬鹿しい。
私を超える程の努力をしなければ、貴女如きが私と同じステージに立てるわけないでしょう?」
「そ、それは……」
「私と対等になりたいとほざくならば、血反吐を吐こうが、歌い続けなさい。泣く暇があるなら努力をしなさい。使えるもの全てを使い、上を目指しなさい。
貴女にその覚悟があるならば、私を捩じ伏せる気概を持って、私の場所まで来てみなさい」
大きな瞳を見開くロビンに、カナリアが振り返って、挑発的に笑う。
「貴女が私の場所まで来れたならば、私は貴女を全力で潰して差し上げますわ。報われない努力と無駄な時間、それを全て体現した貴女を、皆の前で笑ってあげましょう。
その時を楽しみに待っていますわよ、ロビン・カルティスさん」
暗闇に浮かび上がる紅の乙女に、ロビンの心臓がドクドクと脈打つ。
画面越しで憧れていた雲の上の存在が、今目の前で、自分を見ている。ライバルとして、見てくれている。
対等な関係は、憧れだけではなれやしない。
対等になりたいならば、競い、戦うことも必要なのだ。
ぎゅっと、両手を自分の胸の前で握り、ロビンが去っていく紅の後ろ姿に大声を出す。
「はいっ!! 私、絶対にカナリア様より上手くなってみせますから!!!」
その言葉に、カナリアは笑う。
ロビンの覚悟と決意に嬉しくなりながら、カナリアは笑う。
彼女にとって、初めてのライバルの誕生を、心から喜んだ。




