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ヒロインガチ推し悪役令嬢は今日も悪役を楽しむ  作者: 月見里 雪
第三章『乱立恋愛フラグを叩き折りましょう』

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 カナリアは自分の魔法鉱石をランタンに放り込み、その灯りで周りを照らしながら、暗闇の中を突き進む。

 広大な敷地は、湖の対岸へ行くだけでも骨が折れる。

 昼間ならば周遊バスが運行しているが、そんなものは就寝時間を過ぎた今は当然ながら動いておらず、徒歩で行くしかない。


 湖をグルリと一周するように、森を切り開いた道を歩き、カナリアは視線を湖に向ける。

 風に揺れる水の音は、静かな夜に心地良く流れ、満天の星を映していた。

 幻想的な夜の世界に、カナリアはほうっと息を吐く。


 夜に外を歩くのは久々だ。いつもならば、この時間は王宮での仕事中。

 それに、身の危険もあるため、こんな風に堂々とカナリア一人で外を歩けることは無い。

 周りの風景を眺めながら歩いていれば、ふと、湖畔に建つ一軒家と小さな桟橋が目に入った。

 普段、彼女とは縁遠い二階建ての可愛らしい一軒家と桟橋のボートが、何故かとても懐かしく感じる。

 立ち止まり、しばらく見つめる。

 だが、結局思い出せない。どこかで見た挿絵かしら――そう思い直し、再び歩き出した。


 やがて、湖の半分を歩き切った頃、湖に向かって伸びる橋とその先に浮かぶガゼボが見えた。

 あの場所は、ロビンが攻略対象者との会話イベントでよく使われているガゼボだったはずだ。

 この一ヶ月の間の合宿で、唯一二人きりになれる場所で、スチルもいくつかあった。

 ロマンチックな場所で、ロビンちゃんとあのガゼボの親和性高過ぎますのよね、と一瞥した後、カナリアはすぐに視線を戻した。


 人がいる。


 見間違いかと思ったが、確かに黒い人影がガゼボにある。

 カナリアは目を凝らし、その人物を確かめようと気配を殺して近付いた。


 ――警備の人間にしては、灯りを持っていないですし、生徒のようですけれど。

 就寝時間を過ぎたのに、外出しているなんてどんな不良生徒ですの? 


「……息継ぎは、こことここ。でもまだ、肺活量が足りないから……今はまだ、ここで小さく息継ぎするしかないかな」


 ふわふわのブラウンの髪が、風に揺れる。


 ガゼボの中でひたすら楽譜に何かを書き込み、ブツブツと呟いている最愛の少女。

 その人物を瞳に入れた瞬間、カナリアは胸が苦しくなった。


「ロビンちゃん……」


 いつからそこにいたのか。

 就寝時間を過ぎていることは知っているはずだが、彼女からは帰る気配がない。


 小さく歌を口ずさみ、彼女は頷いてから、大きく息を吸った。

 湖上のガゼボから聞こえる、辿々しくも優しく明るい歌声。

 響く歌声は、ひとつひとつの音がキラキラと輝く星のようで、カナリアの心を弾ませる。


 ――貴女の歌声は、ここまで成長しましたのね。


 歌うロビンは、楽しそうに、自由に歌う。

 一人の時は、極度のあがり症は関係ない為、彼女自身の本来の歌声を聞くことが出来る。


 入学した時よりも、ずっと安定感が増した。基礎が積み上げられた証拠だ。

 ビブラートも美しく、歌い終わりの部分も綺麗。息継ぎはまだまだ、だけれど、肺活量もついてきた。

 彼女の努力は、ちゃんと彼女の身になっている。


「……もっと、上手くなりたいな」


 静かな静かな湖畔で、彼女の声が聞こえた。それなりに距離はあるはずなのに、静かな湖の上の世界では、その声は簡単にカナリアの耳に届く。

 俯く彼女の肩が震える。

 鼻を啜る音と嗚咽音が聞こえ、カナリアの喉がヒュッと鳴った。


 ひとりで泣いている。

 歌がうまく歌えなくて、かくれて泣いている。

 あの子は、


「えっ」


 ロビンの掠れた声が、口から飛び出る。

 頬を涙で濡らした少女は、突如として聞こえてくる、迫力のある歌声に顔を上げた。

 ガゼボから歌声の方へと視線を向ければ、庭園の中央で美しい紅の歌姫が、炎のように髪を揺らしながら、月明かりに照らされている。


 歌魔法の儀式で聞いた時と同じ、力強く圧倒的な存在感と歌声は、湖の水面を揺らした。

 激しく、強く、気高く、カナリアの魔法鉱石が歌に反応し、赤い光を放ち、彼女の周りに炎が現れる。

 轟々と燃える炎を纏い、彼女は歌った。

 カナリアが、ロビン、唯一人の為にその声を高鳴らせる。


 俯く人への言葉は何も知らない。

 けれど、彼女は歌を知っている。

 俯く人の顔を上げさせる歌だけは、知っている。


 ――ああ、私は何をしているのかしら。あのまま、泣かせておけば良いのに。悪役ならば、傷口に塩を塗らなければ。でも……。


 同級生達から笑われ、嫌がらせをされ、教師にすらも馬鹿にされても、強く立ち続けていた彼女が、ひとり泣いているのだ。

 クレインのレッスンを辞めさせようとしたあの日から、一度も涙を見せなかった彼女が、隠れるように泣いている。

 クレインやクロウにも頼らず、たったひとりで。


 歌い終わり、静かに口を閉ざしたカナリアは、息を細く吐いた。

 そして、彼女はゆっくりとガゼボに背を向け、離れようとする。


「待って……。待ってください!!」


 ガゼボからロビンが走り寄り、必死な顔でカナリアに言葉を投げ掛ける。

 けれど、ロビンの声を無視し、歩みを止めようとしないカナリアに、ロビンは手を伸ばしてその腕を掴んだ。


「行かないで……」


 懇願するように言われ、カナリアは無表情でロビンを見遣る。

 その冷たい眼差しに、ロビンは一瞬、息を止めた。

 重い沈黙が流れ、カナリアは自分の腕を掴む手が、小さく震えていることに気付く。


「……用があるなら早く言いなさい。不良生徒さん」

「えっ、あ、ふ、不良生徒?!」


 カナリアの予期せぬ言葉に、ロビンが目を見開いて狼狽える。

 その可愛らしい挙動に、カナリアの頭の中は狂喜乱舞で悶えているが、面倒臭そうな顔で肩を竦めた。


「そうでしょう? もう就寝時間を過ぎていますのに、こんな所にいるなんて。不良生徒ですわ、不良生徒」

「それを言うなら、カナリア様だって不良生徒じゃないですかっ!」

「学園のルールなど、私には関係ありませんわ。学園如きが私を縛ろうなど、烏滸がましい。私の意思が優先されるのは当たり前ですわ」


「何故なら、私は偉いから」と言い放ち、高笑いをし始めたカナリアに、緊張していたロビンが緩む。

 いつの間にか、手の震えは収まり、ロビンは静かに手を離した。


「不良生徒同士、少しお話しませんか?」

「嫌ですわよ。というか、貴女に話してる暇がありますの? 音痴は朝まで練習してなさい」


 ふんっと、鼻を鳴らして顔を背けたカナリアに、ロビンが眉を下げる。

 また俯きそうな彼女に、カナリアは内心焦るも、ロビンは予想に反して、ガシリと力強くカナリアの手を取った。


「私、カナリア様と二人で話したいんですっ! 二人で話すことって今まで無かったじゃないですかっ! クロウとは二人で話してるの知ってるんですからねっ!!」


 むくれ顔で怒るロビンに、カナリアがきょとんとした顔で固まる。

 柔らかなロビンの手が自分の手を包んでいる事実に、心臓が有り得ない程、脈打った。


 ――ふっわあああ!! お、推しの手、柔らかっ!!!


 ガチ推しオタクが全力で駆け抜けてきて、推しの手を堪能する。

 興奮で鼻血が出そうだ。夢にまで見た最推しとの手繋ぎイベント(正しくは手を握られているだけ)。前世では、決して出会う事など出来ない最推しの体温を、今は感じることが出来て、頭が爆発しそうである。


 ――ちょっと!! 思考回路が本当に気色悪くなってますわよ!!!


 急いで手を振りほどき、悪役令嬢カナリアが眉間に皺を寄せ、苛立たしげにロビンを睨んだ。


「この私に軽々しく触らないでくださる?」

「クロウは腕組んでましたけどっ?!」

「……あれは、仕方ありませんでしょう」

「カナリア様が私と話してくれるまで、逃がしませんからっ!! とりゃっ!!」


 ガバっと、ロビンがカナリアの腕に抱き着く。

 まさかの最推しの行動に、カナリアの頭の中が青空花畑一色になり、昇天しかけた。


 ――あ待って、これ、会話イベントの台詞ですわ。ホークのイベントと同じ台詞。……えっ、いや、何故、あのバカ王子?!


 頭に浮かんだホークの顔に、カナリアの花畑が一瞬にして消失し、冷静さを取り戻す。

 ゲームでは、横暴なホークにロビンは反発し、そこからなんだお前おもしれー女ルートを行くのだが、その時の切っ掛けになった会話イベントの台詞が、一言一句違わず、行動までも一緒で起きている。

 ホークの代わりなのが、気に食わなさすぎるが、上目遣いで懇願するロビンに、カナリアは溜息を吐いて、ガゼボに足を向けた。


「分かりましたわよ、少しだけですわよ」

「ありがとうございます、カナリア様!!」

「早くお離しなさい」

「……はぁーい」


 渋々離れたロビンを名残惜しく感じながら、カナリアは思考を巡らせながら、ロビンと共にガゼボへ向かった。






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