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夜が更けるまでカナリアは図書館に篭もり、歌魔法についての本や資料を読み漁った。
一心不乱に集中する彼女は、食事を取りに行くこともせず、ロビンのことを考えないようにしているかのようで、痛々しい。
また、クロウがいつもならば、そんなカナリアの様子を見に来るのだが、彼女はカナリアの元には来なかった。
きっと、彼女はロビンを慰め続けているのだろう。親友として、彼女の理解者として、傷付けない言葉を沢山知っている。
「……歌魔法は歌と魔力に魔法鉱石が反応し、発現するものである。発現する際、どれも欠けてはいけない。発現しなかった場合、その要因は歌の修練不足にあるだろう。魔力はこの世界の人間は、必ず持ち得ている。鍛錬あるのみである」
歌魔法の基礎が綴られた本の文字を読み、カナリアは小さく息を吐く。
どんなに様々な本を読んでも、書かれていることは教科書と同じ。
路地裏の民について触れているものは一切なく。
ロビンの歌は、歌魔法の発現には届いていない。
その事実しか、この場にはない。
「閉館時間ですよ、カナリア様」
「……カカポさん」
階段を登りながら、カナリアの元へやって来るカカポさんの柔らかい声が、図書館に響く。
山のように積み上げられたテーブルの上の本を一瞥し、カカポさんはニッコリとカナリアに微笑んだ。
「流石、勉強熱心ですね。カナリア様の実力に到達するには、これ以上に努力しなければならないと思うと、途方もなさそうです」
「……こんなの努力の内にもなりませんわ」
「ストイック〜」
クスクスと笑うカカポさんが、誰もいない図書館をキョロキョロと見回してから、そっとカナリアに顔を近付ける。
「歌魔法について調べてるのって、何か理由がありますか?」
「え?」
ドキリ、として、カナリアがカカポさんを見遣れば、カカポさんは微笑みを崩さず、言葉を続けた。
「私が幼い時、よくここに歌魔法について調べに来てた方がいたんです。西の国で活躍されているすっごい有名人の歌手だったらしいんですけど、小さかったから名前思い出せなくて。でもその人、私の両親にも色々歌魔法の本は他にないか確認してました」
西の国で活躍する有名な歌手、それだけで、カナリアはそれが誰なのか即座に気付く。
そして、無意識にその人の名を告げた。
「ナイチンゲール様ですわ。きっと、その方はナイチンゲール様」
「ああ! 確か、そんな名前だったかと!」
ハッとして頷いたカカポさんに、カナリアは懐かしさで胸がいっぱいになる。
幼い頃、たった一人、唯一、自分を自分として見てくれた師のような人。会うたびに、本を贈ってくれたり、短いけれど歌の指導をしてくれた、大切な人。
愛の歌姫、ナイチンゲール。
彼女の出身はこの国アリアだが、世界へ飛び立ち、戦争地域や貧困地域での奉仕活動を主として活動していた。特に、西の国は戦争や紛争が絶えず、彼女はその中心で平和を歌い続けたのだ。
彼女の手腕により、終戦した国もあると聞くほど、彼女は賢く、逞しく、その歌声は愛に満ち溢れていた。
そしてその愛は、歪んでいたカナリアの心をも優しく包み込み、初めてカナリアは人の優しさを知ったのだ。
「優秀な人って一巡りして、また基礎に戻るんですか? 歌魔法なんて日常的にあるものなのに……」
「さあ、それは分かりませんけれど。ナイチンゲール様は、酷い戦争地域にも行っていた方。戦争魔法について、確認することがあったのかもしれませんわね」
「……戦争魔法、嫌な言葉です。今はもう、西の国も落ち着きましたけど。また、戦争なんて起きたら溜まったもんじゃないです」
眉を下げたカカポさんが、カナリアが取り出していた本を持ち上げ、棚に戻す。
そして、不思議そうにカナリアへ疑問を投げかけた。
「それで、カナリア様の歌魔法を調べる理由はなんですか?」
「……トップシークレット、ですの」
「えっ、王宮関係ですか?」
「カカポさん」
自分の唇の前に人差し指を置き、暗に探るなと無言で伝えるカナリアに、カカポさんは慌てて頷いた。
そして、カカポさんは本を戻しながら、何かを考えた後、カナリアへ体を向ける。
「あの、ここから向かい側にある湖の屋敷、そこに秘密の本というか、世界で一冊しかない古書とか図書館にもない個人所有だった貯蔵本とかあるんです」
「え?」
「その屋敷は、普段人が入ることを禁止してて、鍵もまあ、厳重に保管されてますし、私の家ではあのお屋敷がトップシークレット? みたいな?」
煮え切らない態度のカカポさんに、カナリアが首を傾げれば、カカポさんが悩みつつも言葉を続けた。
「そのナイチンゲール様もその屋敷で歌魔法について調べてたんですよ」
「つまり?」
「実は、その屋敷の鍵がココにあったりしてぇ〜」
カカポさんが、自分の服の下に隠していたネックレスを引き上げて、先端にある魔法鉱石が嵌め込まれた鍵を見せる。
そして、それをカナリアの前に置いた。
「とっても重要なことですよね、調べてるのって。王宮関係なら尚更、私の家も協力しないといけないと思うんです」
「カカポさん、よろしいの? 両親に確認せず、勝手に私に入らせてしまって」
「んー、駄目だと思います。なにせ、鍵を渡されてる私も、あの屋敷には近付くなって言われてるくらいなので。……怪しいですよね。何度か入って漁ってみても、何も無かったのが、また怪しくて」
――案外、アグレッシブですわね、カカポさん。
そう思いつつ、カナリアは思考を巡らす。
秘密の本が置いてある封鎖された屋敷。
入ってみれば、何もなく、ただの変哲もない屋敷。
「……怪しいですわね、それは」
「カナリア様なら、あの屋敷の怪しさ突き止めてくれるかなって。なので、この鍵は私がうっかり今落としちゃって、合宿最終日にカナリア様が拾って返してくれるってことで」
ウインクをして、カカポさんがワクワクしながら、カナリアの挙動を見守る。
それにカナリアは、薄く笑いながら、有難くその鍵を手に取った。
「あらいやですわ、どこのどなたの鍵かしら。鍵の持ち主を見つけるのに、時間が掛かりそうですわね」
わざとらしく言い放ったカナリアに、カカポさんが笑う。そして、人差し指を立てた。
「ふふ、屋敷に行く時は気を付けてください。監視魔法が作動してるので、日中は絶対に入れません。ただ、就寝時間後になると、監視魔法が魔力切れになって作動してない場所が出てきます。
魔力の節約とか言って、ぶっちゃけてしまうと怠慢です。だから、そこを見ながら、屋敷に入るのが一番ですよ。因みに、窓からとか入口以外の所から入ろうとすると、容赦なく警報は鳴ります」
「助言、大変助かりますわ」
「さっ、それではカナリア様、私は本を片しますから、どうぞお部屋に戻ってください。……もう既に、就寝時間は超えましたよ」
小さく頭を下げて笑ったカカポさんに、カナリアは微笑み、立ち上がる。
行き先は、湖の屋敷。
そこには、きっと、何かがある。




