72
セシルたちを乗せた馬車はセイズ国へ来た時に乗った馬車よりも豪華だ。こんな恥ずかしい馬車から決して窓など見れないから、カーテンを閉じたままだった。
セイズ国王城はなだらかな丘の頂上にある。王都は王城を中心から建物が外壁までいっぱいある。もちろん平和な時世がつづく大国だあから、外壁の外側も街だ。
王都の境目にある外壁は高い石壁だ。セイズ王城も石造りの堅固な要塞だ。
王城の門は手続きで止められることもなくすんなりと入れた。城内に入った後も十分くらい馬車に揺られた。セイズ王城の中に王都学園が聞いたから広大な敷地に城が建てられたのだと、改めて大国セイズの意味を理解する。王城の中にもいくつかの門があり、石壁も三つほどある、と相乗りしているディランが教えてくれる。
今日のディランはアシール神殿騎士の制服を着ている。セシルは黒いシルクで作ったハイネックの華美にならないが上品なドレスの上に茶色のサリーを着ている。
宝石はなにもつけていない。リンダもリリーも似たような恰好をしている。
圧倒される門構えの建物の前で馬車を降りた。周りに天に向けてそびえ立ついくつもの側塔があり圧倒される。もちろんどの建物も似たような造りだから一人で歩いたら絶対に迷子になるだろう。もちろんセイズ王に会った後に、二度と城の足を踏み入れることはないから別にいいけれど。
王とは最初に彼の執務室で会うそうだ。
案内された執務室には、タイラさまにそっくりな男性が机に座っていた。すぐにセイズ王と気づく。他にはタイラさまとノブさまがいた。ルークは部屋にいなかった。
部屋に足を一歩踏み入れ、後ろに仕えているリンダ、リリーとディランが後につづく。全員が中に入った途端扉が閉められた。
部屋の中をぱっと確認した後に一礼をする。セイズ王から声をかけられるまで身動きしない。後ろにいるリンダたちもセシルのように礼をしたままだ。
「堅苦しい挨拶は無用だ。面をあげよ」
貫禄があるが低く優しい声をかけられた。緊張をしているが、気持ちが少しほっとした。言葉に甘え、顔をあげる。
王の執務室だから豪華な部屋と考えていたが質素で驚く。
「ほほー。さすが、傾国の娘だな。いままで美しい女性を見てきたが、ここまで神がかりな美貌は見たことがない。またお付きの者たちも佳麗だ。
タイラは面食いだったようだ」
「陛下」
「兄上だ。ここは正式な場ではない。セシル姫たちもそうだ。そんなに緊張しなくてもいい。ラング王の友人、父親の友人と会った時のような気持ちで接してくれ。
とりあえず、みなの者も座ってくつろいでくれ。わしも堅苦しい形式なことは式典だけいっぱいだ」
まだきちんと挨拶していないのに、ソファーに座るように言われて戸惑う。
「セシル姫さま。王はこんな方です。どうぞ緊張を解いて座ってください」
ノブさまがセシルたちをソファーの案内した。
「お茶を出すべきだが、ゆっくりお茶を飲む余裕もなさそうだな。わしも今日の予定が寝る前まで詰め込まれているから、早速要件に入る。
知っての通りわしがセイズ王だ。今後セシル姫の身柄を預かることになった。それと同様にラング国もセイズ国の一部となる」
目の前に座ったセイズ王がウインクをした。なんか見ていけないものを見たような気がして、びくっと体が後ろに仰け反り、慌てて挨拶する。
「はじめまして。わたくしは故ラング国第二王女セシル=ルネン=ラングと申し上げます。この度は故ラング王の向こう見ずな要求に対して、陛下の寛大な恩恵に感謝します」
とーさまの意志をつかめないままな上、セイズ王にとーさまがどのような要求をしたかなど分からない。
「堅苦しいことはいい。リンダ、リリーそしてディランの挨拶も不必要だ。これからは身内同士だからな」
セシルの後にリンダが挨拶をしようとしたが止められた。
「まあいまはお互いに出会ったばかりだから、家族のようにと要求しても難しいことだろう。
ゆっくりわしたちのことを王族ではなく、家族と慣れていってくれ。この後に他の家族もセシル姫たちに会いたがっているから、すぐに本題に入らせてもらう。セシル姫は今後どのように生きて行く予定だ? なるべくそなたの希望を叶えたいと思っている」
「ありがとうございます!」
つい嬉しくてとっさに声が出る。
「し、失礼しました。あ、あの、わ、わたくしはどこか田舎で薬師としてひっそりと生活する予定です。リンダとりりーもディランもわたくしと共にいてくれるとおっしゃりました」
「……それは王女としてか?」
なぜか目の前に座っているセイズ王がルークがよくするような腑抜けた顔をして、慌てて真顔に戻して尋ねた。
「いいえ。わたくしはもう王族ではありませんので、庶民として生活していくつもりです。もちろん元王女として王都より遠い場所から、今後の陛下のご時世の安泰とラング国民の安定した生活を、アシール神にお祈りします」
「セ、セシル姫。わしは姫の身元引き受け人だ。王が身元を引き受けた者が庶民であってはならない。その前に姫の身の安全を考えると身分ある者ではないといけない」
「わ、わたくしには身元引受人など不必要です。陛下にとっても犯罪者の娘などを引き受けてご迷惑なはずです。わたくしも、貴族社会で『のうのうと生き残って恥さらし』などとこれ以上言われたくありません」
とーさまのことを犯罪者と言う度に胸にナイフが刺さったように痛い。