第十六話
草木も眠る草木も眠る丑満時……とまではいかないけれど、静まり返った深夜の公園で僕は“魔法”と“魔術”の違いについて噴水の縁に座りながら講義を受けていた。傍から見たら完全にサバトか何かである。
「魔術も魔法も使用者の魔力を使って魔導的反応……えーっと、こちらで言う『超常現象』と言えばわかりますかね?それを引き起こす点では共通しています。ただ、魔術と魔法はその魔導的反応を引き起こす根本、原理が違います。
まず、魔術は“術を以って魔導と為す”その名の通り“技術”で超常現象を引き起こすものの総称です。物質や触媒を理論的に、或いは本能的に解析し、それを術者の魔力を使って分解し、再構築して魔導的反応―――超常現象を引き起こす。それが魔術です」
「魔術はれっきとした“技術”だ。研究や修練を重ねればその分進化し、上達する」
ううん?つまり魔力とやらで物を変化させるのが魔術って事?漠然としたイメージを口にすると、エランティスが「今はそう理解しておればよい」と答えた。若干馬鹿にした声色で。イラッ
「そして魔法は、“法を以って魔導と為す”世界の理の一部、法則自体を“自分だけの法”に置き換えて現象を起こすものを魔法と呼びます。原理は解明されていませんが、基本的には“魔女”にしか使えません。
例えば貴女の『誰我接触不叶』。これはありとあらゆる物理法則に逆らって対象の貴女への接触を拒みます。例えそれがどんな速度、質量、魔力を持っていたとしても」
「魔術は世界の理に則っている以上、無から有を生み出したり、物理法則を超えた現象を引き起こすことは出来ぬ。だが、魔法はその法則や概念自体を書き換えている。そこには物質的な制限は無い」
魔法のあまりのスケールの大きい話に思わずため息が出る。
「物理法則や概念を変えるって……まるで神様みたいだな」
「むしろ、私達が居た世界では『邪神の法だ』とか『神に仇名す行為だ』とか言われていましたわ。ですから私達“魔女”は基本的に隠れ住む形が多かったんですの」
「そう、なんですか……」
少しだけ悲しそうな顔をしたアーニャさんを見て、どうやら嫌な事を思い出させてしまった事に気づく。失敗したなと気まずそうにしていると、そんなこちらに気付いたのか、慌てて無理やり明るい雰囲気を作ったアーニャさんが立ち上がって言う。
「さて、説明も終わった事ですし、悠さんの“魔法”がどれ程のものか見せて貰えますか?」
「さっきの説明を聞いて魔法を使うのが怖くなったけど……やるしかないんだよな」
チラとエランティスの方を向くと「無論だ」と言わんばかりの目でこちらを見ていた。
「―――我は触れられざるもの」
「あぁ、寄るな、触るな、近づくな。あの日の慟哭は彼方へ」
「ここは汝等の触れてよい夢にあらず」
「故に―――――誰我接触不叶」
冷静に唱えてみると、この詠唱?みたいなのは随分と恥ずかしい。中二病と言うか、何というか……。黒い霞のマントが体にまとわりつくと同時にまた頭がズキズキと痛み、余計な事を考えていた頭に喝を入れられた気分になる。ただ、その痛みも何とか顔をしかめる位には小さくなっている。あと何度か魔法を使っていれば、恐らくは痛みは無くなりそうだ。
「“法”の展開は問題なく行えるようですね。それでは……」
顎に指を添えたポーズでアーニャさんはこちらを観察する。その姿は何とも蠱惑的でとても10代中盤の容姿とは思えない姿だった。
アーニャさんはコホンとワザとらしく咳払いをすると、僕の方に手を向けてバスケットボール大の火の玉を発射してきた。って……
「ええぇぇえええぇぇぇ!!?」
バッティングセンターのボールよりも早く飛んでくるバスケットボールサイズ火の玉の威圧感に思わず目を瞑り、顔を覆うと、一瞬遅れて閃光と爆音が僕の眼の前で巻き起こる。“魔法”がちゃんと作用したのか、僕自身には爆風も衝撃も全くと言っていいほど届いておらず、幸いにして音や閃光も鼓膜を破ったり、目を焼いたりする程の物でも無かったみたいで、少し安心する。爆風で抉れた地面を見る限り、気休め程度に過ぎないけれど。な、何か真面目そうな雰囲気の割に怖そうな子だよ、アーニャさんって。
「魔術や光、音にも問題なく作用しているし、強度も問題なさそう……エランティス?借り物の魔法にしては上出来じゃなくて?」
「その程度であの古狐共と『界渡りの』を叩きのめす事が出来るのなら苦労はせぬわ」
「そう言われても、これ以上は実戦経験を重ねて魔法に慣れていくしか無いわ」
苦い顔でそう言うアーニャさん。美少女だとどんな表情でも可愛く見えるんだなーなんてとぼけた事を考えていると、エランティスが何げなしに答える。
「居るだろう」
「えっ」
「安全に実践経験を重ねさせてくれる練度の高い魔女ならここに居るだろう。なぁ、『御使いの』?」
そう言ってニヤリと笑うエランティス。こいつ自分で正義がどうこう言うくせに言動が完全に悪役のそれだ。さすがに頭に来たのか冷たい目をしてアーニャさんはエランティスを睨んでいた。前言撤回。整った顔の人が怒ると目茶目茶怖い。
「……いい性格してるわ、ホント」
「……少し手合わせしてみろ。問題点が解る」
大きくため息をついた後、苦笑しながらこちらを見るアーニャさん。あの表情をこちらに向けられたと考えると背筋が寒くなる。エランティスは良く平気だな……
「それじゃあ悠さん。私も“魔法”を使うので、えっと、模擬戦って形になりますかね。よろしくおねがいしますわ」
「は、はい。えっと、よろしく」
アーニャさんが軽く目を閉じ、詠唱を始めた。ああ、良かった。この詠唱は魔法を使うときは絶対要るものなのか。これで必要ないものだったら、恥ずかしくて死んでしまいたくなるところだった。
「―――我は天衣無縫を纏うもの。
穢れを祓い、救いを齎す無垢の使者。あの日の救済を此処に。
此処は二度と戻らぬ曾ての望郷。
故に―――天衣無縫乃理」
詠唱が終わると同時に、アーニャさんの来ていたごく一般的な服が、汚れ一つない、不自然なまでに潔癖で、無垢な純白の継ぎ目のないローブのような、あるいは袖の長いワンピースのような物に入れ替わる。それと同時に同じく純白の鳥の羽が生えていた。その姿は神々しく、正しく聖書に記されている様な……
(天使……?)
「私は手加減しますけど、悠さんは本気で来て下さいね」
「え……それは……」
「でないと、死んでしまうかもしれませんよ?」
ニコリと微笑むアーニャさんはとても美しく、本当に天使みたいで普段であれば見惚れていたかもしれないけれど、その発言の恐ろしさとその次から巻き起こる内容を想像するだけで、僕の表情はひくついた苦笑が浮かんでいた。
「やはり決定力不足。これに尽きるな」
「そうですね……ただ闇雲に斥力を叩きつけるだけでも、雑魚なら対処出来そうですが、高位の魔獣や魔女相手では効果は薄いでしょうね」
ゼーゼーと息を付く僕を余所に、アーニャさんは疲れをまるで感じていないという風でエランティスと相談している。
こここ、怖かった!光る剣が何本も飛んで来たり!十字架みたいなのが降ってきたり!空からレーザーみたいな光線が飛んで来たり!集中すればこちらの魔法で弾くことは出来るけど、気を抜くとそのまま破られそうな感じだった。物理法則どうした!何でも弾くんじゃなかったのか!?何とか隙を見て“力”を叩きつけるようにして攻撃するも、ヒラリとかわされたり、受け流されてしまった。そんな事を繰り替えして約10分程。僕の体力が尽きてギブアップを宣言する羽目になった。
あの切裂き魔との戦いの時も同じだった。この魔法は防御面ではド素人の僕でもなんとかなるくらい凄いみたいだけど、逆に攻撃面はそんなに強くない気がする。同じ魔法を使っていたという先人の真似をしてみようと、切れる息を何とか落ち着かせながら、二人にどんな攻撃方法があるか尋ねてみた。
「ハァ、ハァ、ハァー……その、ティアナさんって、人は、どうやって攻撃してたんだ?」
「ティアナの攻撃方法ですか……えーっと、相手の攻撃にカウンターで斥力を発生させて攻撃してきた腕をへし折ったり、斥力で足を払ってから上からこう……ぐしゃっと?」
「あと親指大に凝縮した斥力を弾丸の様に打ち出したりなどしていたな」
「へえ、そんな事も出来るのか」
内容は中々に物騒だが、斥力の弾丸とやらは便利そうだ。何より化物に近づかなくても攻撃できるようになるのは嬉しい。流石にまだあの化物を相手に接近戦をする勇気は無い。でも斥力を凝縮ってどうやるんだろう。
「いや、ティアナは魔法の扱いが異常に上手かった。汝がその域に達しようと思うなら、最低でもあと100年は修練を続けねばならぬ」
……さいですか。100年ってとっくに寿命尽きてるじゃないか。どうやら他の攻撃方法を考えなければいけないらしい。うーん、できれば遠距離攻撃がいいんだけどなぁ。そんなことを考えていると、エランティスが長毛の中から目を光らせて言う。
「さて、竜胆悠」
「ん、何?エランティス」
「息も整ったのならもう一度だ」
「「えっ」」
僕だけでなくアーニャさんも驚愕の声を上げたのか、二つのソプラノがハモった。
「言っただろう?見捨ててくれるなと。汝に才能が無くても見捨てぬよう努力してやろう。我の修練は、少々厳しいぞ?」
ああ、うん、確かに見捨てないでくれって言ったけどさ!それとこれとはちょっと意味合いが違うだろう!
とても嬉しそうに邪悪な笑みを浮かべるエランティスに戦々恐々としていると、隣に居たアーニャさんが「諦めましょう。ああなったら誰にも止めれないですわ」と言い、諦観した表情で僕の肩を叩いた。
エランティスコーチによる特訓は辺りがやや明るくなり始める時間まで続いたのだった。
今日のバイト大丈夫かな……
遅れました。最近忙しい……




