08
「今日も無事に終わ……った?」
「白坂先生……」
こんなことになったのは訳がある、全ては慎治さんのせいだ。
鍵を貰ってすぐに押しかけるつもりなんかなかったのに先生の家の前で待つことになってしまった――のではなく、ここから離れることができなかったのだ。
「慎治……だよな?」
「はい」
もっとも、その慎治さんは去ってしまったわけではなくて先生の家の中にいるんだけどね……。
いやでも、細い柱に両腕を縛り付けられている間は逮捕されてしまったような気分になったかな。
「おお、おかえり」
「おかえり、じゃない、なにをしてんだよ」
うん、一人でこれだとやばい人に見えてしまうからどうせなら慎治さんに隣にいてもらいたかった。
そうすればおふざけでこうしているのだとすぐに分かってもらえるから、先生にも引かれてしまったりはしないだろうし。
「こうでもしないとここで過ごそうとしないからね、これは意地を張る唯が悪いんだよ」
私は確かに今日も普通に帰ろうとしたけどなにも縛り付けなくても……と言いたくなる。
いつもみたいに腕を掴んでいればよかったのだ、そうすれば私は怪我をさせたくなくて暴れたりもしなかった。
これまで全勝してきているのだからリスクのあるようなことをしなくたってそんな簡単な行動で私には勝ててしまうのだ。
「人のせいにするな。とにかくいま取るから」
「今日はもう危ないからここに泊まっていくといいよ」
「待て待て、連絡とか――」
「直接いって着替えを持ってくるときに隼人君と話をしたから大丈夫だよ」
ああ、先生の家に入る前にどこかにいってしまったのはそういうことだったのか。
隼人はこの件に関して勘違いをしているところがあるから面白がって止めたりはしなかったのだろう。
「慎治……マジで気を付けないと捕まるぞ」
「唯は僕のことを信用してくれているから大丈夫だよ、さあほらいつまでも外にいないで入って入って」
「誰のせいだと思っているんだ……」
先生はこちらになにかを言ったりはせずに入ってしまったので引き続き外で固まる羽目になった。
別に走って逃げ帰りたいとかではないものの、ここでちゃっかり乗っかるわけにもいかないから慎治さんのせいでこうなってしまった~という体にしたかった。
「あれ、唯は外が好きになってしまったの?」
「慎治さん」
「ああ、いいから早く入ろう」
こういうところはいいのになあ。
「陽治、今日のご飯はどうするつもりだったの?」
「今日もなにも買ってきていないから家にある麺だな、ラーメンだ」
ははは、あれから気に入っているらしい。
まあ比較的安価で、楽で、量もあるから男の人にはいいのかもしれない。
「それなら、はい、唯にお金をあげるからスーパーにいって食材を買ってきて、それから僕達のためにご飯を作ってよ」
「一人だと危ないだろ、それなら俺がいってくるよ」
「はあ、教師なんかになるから……よし唯、一緒にお買い物にいこう」
「はい」
ここで付いてきてくれるところも慎治さんの優しいところだ。
先生には休んでいてほしいからありがたかった、私がここにいると休めないということからは目を逸らしておこう。
「大崎を家に泊めるつもりでここにいて、最初から作ってもらうつもりでいたんなら慎治が一人でいっておけば――おい聞けよ……」
「いいから陽治は大人しくして家で待ってて」
たまに凄く怖い顔になるときがあるから今回は見ないで一旦家をあとにした。
そこそこ近くにスーパーがあるから……って、結局ご飯を炊いていないのなら麺類に頼らなければいけない気が……。
「レンジでチンするだけで食べられるご飯と――唯、なにを作りたい?」
「白坂先生が好きな料理ってなんですか?」
「んーまあやっぱりお肉系じゃない? ステーキでも買おうか」
「え、結構しますよ?」
「僕のお金だから気にしなくていいよ」
ああ、こちらからカゴを奪ってぽいぽい入れてしまっている。
これなら一人でいってもらって買ってきた物を渡されて調理だけをする方がよかったかもしれない。
「さ、陽治はお腹を空かせているから早く帰って作ってあげよう」
「あの、私の分も買いましたよね?」
「ん? そんなの当たり前でしょ」
「この前のお金だって返せていないんですよ?」
「いいからいいから、唯は細かいことを気にしすぎだよ」
お財布は常に持っているから先生になんとかしてもらおうと家に着いた瞬間に渡しておいた。
「大崎はこういうことに関してちゃんとしたいみたいだから受け取ってやれ」
「もーじゃあ陽治が受け取ってよ、ここでお世話になっているからそれならいいでしょ?」
「大崎もそれでいいか?」
「はい」
「じゃ、そうしよう」
私はあくまで慎治さんに返すことができればそれでよかった。
さあ、少し理想とは違ったけど上手くいったからご飯を作ることにしようって、焼くだけなんだから速攻で終わったけどね。
「なんか俺のだけ大きいな」
「そりゃお世話になるからね」
「大崎は食べられるのか?」
「それは流石に唯を舐めすぎだよ」
半分ぐらいでいいので持っていってもらった結果、先生の量が更に多くなった。
「まだ週が始まったばかりなのにヘビーだな」と言いつつも結構勢いよく食べていたのでやっぱりお肉が好きなんだな、と。
私は途中で歯ブラシを買ってくるべきだったことに気が付いてまた駄目になった。
「今日は唯もいるからお風呂を溜めよう」
「あ、もう溜めてあるから入ればいい」
「白坂先生からどうぞ、私は洗い物をしておきますので」
残しておくとこれも大きなダメージとなってしまう。
食べてすぐに入りたくない……わけではないけどなんとなく時間を置いた方がいい気がするので今回も先に入ってもらうことにした。
「前も先に入らせてもらったからな……そういうわけにも――押すなよ慎治」
「いいから早く、後ろが詰まっているんだからもう少しぐらい考えてくださいよ」
慎治さんが私みたいな人ではなくて助かる。
こんなところで格闘するよりも普通に楽しく話せた方がいいからずっとこれだと安心できる。
「よし、じゃあ僕はこれで帰るね」
「え……?」
「僕はね、空気を読める人間だからね」
ああ、勢いで一緒に出なかったことが私の最大の失敗だった。
歯ブラシは着替えが入っていた袋に入っていたし、やっぱり色々考えなくてもこれが一番悪い選択だ。
「ふぅ――ん? 慎治は帰ったのか?」
「は、はい」
「そうか、定期的にここに来ていても二十一時になる前には帰っていたから違和感もないな。いま入れば温かいから入ってくるといいぞ――じゃないよな……慎治がいない状態でここにいたくないだろ?」
「あ……やらかしてしまった感が強いだけでいたくないわけではありません。でも、白坂先生的に慎治さんがいてくれないと不安ですよね?」
先生的にも多分慎治さんのせいでこうなっている、という状態でなければ不味いのだ。
泊めさせることについても黙っていたぐらいだし、とにかく自由にやられてしまっている。
「布団が二組しかないからそういう点では慎治がいない方がいいんだけど……いやそもそも大崎を上げている時点でもう意味はないか」
「と、とりあえずお風呂に入らせてもらって考えてきます」
「おう、ゆっくりでいいからな」
帰りたい気持ちが強くあるのならお風呂も使用させてもらわないで帰っているのだ。
あの時点で飛び出せなくても先生がこうして戻ってきたなら用事を思い出したとか色々と理由を作って出られたのにそうしなかった。
ズルい私が出てきてしまっているのだ。
「あの、先程の件もそうですけどありがとうございました」
「帰るのか、それなら送るよ」
「え、いえ、いまのはお金の件とお風呂の件でお礼を言っただけです」
「の、残るのか」
「し、白坂先生的に問題ないのなら……」
教師というお仕事的には大問題もいいところだけどね……。
「なあ大崎、慎治にはもう少しぐらい強気に対応しないと駄目だぞ」
もう真っ暗で多分お互いに背を向けている状態だと思う、それでも先生はこちらのことを引き続き気にかけてくれている。
「それなら白坂先生も同じです、私に対しては慎治さんと変わりませんよ?」
「それは……そうかもしれない」
「白坂先生は私が心配になるような存在だったから気にかけてくれたんですよね?」
「一人だったからな。でも、正直に言うとそれだけじゃなかったんだ」
ここではっきりしてもらって次からはこんなことがないようにしたかったのに変な感じになってしまった。
でも、二人きりでなければ私も先生も慎治さんに意識を向けてばかりで進まなかったはずだ、どんな答えであってもちゃんと聞かなければならない。
「えっと……気になったから、だな」
「佐藤先輩から白坂先生に優しくしてもらったと聞きました」
「ああ、佐藤も一人でいることが多かったからな――あっ、一人でいる女子ばかり狙っていたわけじゃないからな!?」
振り向いたりはしないけどやっぱりこういうところは慎治さんと同じだ。
「そんな風に考えたことはないので安心してください」
「な、ならいいんだけど……って、大崎からしたら本当かよってツッコミたくなるよな」
「でも、佐藤先輩とか他の人が気にならなかったのは意外です」
母は慎治さんが言っていたように見た目が整っていた。
そうなると娘の私にも引き継がれて奇麗はともかく可愛いぐらいは言われてもいいはずだけどそういうことは一回もなかったからいまみたいな考えにもなる。
「俺、マジでやばいよな、教師を目指した理由も支えたいとか立派な考えからじゃないしな……」
「やっぱりなにかあったんですね?」
「……嘘をついて悪かったな」
「でも、そこから先生になれるぐらい努力をできたのはいいことですよね? それに私に対して本当のところを話さなければならないなんてルールはありませんから」
ということは兄弟揃って振られてしまったというのは当たっていたみたいだ。
「放課後の教室にいっていたのも大崎が残っている可能性が高いからだしな」
「私は最初から動いていませんでしたからね、そうなると私も白坂先生に対して動く気もないくせに頑張るとか嘘をついていたわけですからお互い様ですよね」
暗いのもあって話してくれるまでに時間ができると寝てしまったのではないかと心配になる。
ただ明日も学校にいかなければならないから終わりなら終わりでいいと考えたところで「ちゃんとお母さんに話をしにいかないとな」と続きを話してくれた。
「そのときは僕も付き合ってあげるよ」
「あれ、隠れていたわけではありませんよね?」
「うん、だっていま鍵を開けて入ってきたでしょ?」
なのに最初からずっといたみたいに自然と参加できてしまっている。
「それなのにまるでなにを話していたのかを分かっているかのような発言でしたよね?」
「うん、まあ細かいことはいいよ。僕は唯の方に――兄さん痛いよ、なんで足をがしっと掴むの? 分かったよ、兄さんの布団で僕は寝るから兄さんは唯の方に入るといいよ」
「いいから早く寝るぞ」
「明日、晴さんのところにいこうね」
「名前で呼ぶなよ……」
あ、だけど家で前みたいにやられたら父が泣いてしまいそうだ。
なので、母をここに連れてくることにした。
どうなるのかは分からないけど私としてもこれは必要なことだから守るしかなかった。
「やあやあ晴さん」
「こんばんは、慎治さんは今日も元気だね。ただそれよりも……えっと」
「陽治だよ」
「いやそれは知っているけど……えっと、白坂先生はどうしてそんなに難しい顔をしているんですか?」
なんだろう、確かにそっち系の顔だけど基本的にこんな感じだからすっかり慣れてしまった。
とはいえ、ほとんど顔を合わすことがない母的に引っかかってしまってもおかしくないので特になにかを言ったりはしないでいる。
「敬語は禁止、陽治も禁止ね」
「あの……四月からその……」
「う、うん」
「大崎……さんのことが気になって話しかけていました」
「それって担任の先生として心配だったから――あ、そうなのっ?」
ここは同じ反応をしたくなるところだ。
私みたいなのがそこら中にいたら困るけど私よりもレベルが高い人達は沢山いるからもったいない。
「晴さんに唯はなにも言っていなかったの?」
「それは、うん、白坂先生達が家に来てくれるまで本当に学校のことはなにも話してくれていなかったから。だけどそっか、やっぱり勘違いでもなんでもなかったんだね」
「つまり?」
「唯も白坂先生のことが気になっていたってことだよ。先生のことが気になっているーなんて親が相手でも言えないでしょ?」
ここに関しては勘違いとしか言いようがない。
嘘に嘘を重ねて自分と相手を苦しめたくなかった。
「なるほど、唯としてはどう?」
「私としては反省してからは一人だったから不安にさせたくなかったんです、親としては子どもに一人も友達がいなかったら気になるものですよね? あとその話を広げられても変わらないので黙っていたんです」
「別に私は唯が元気に生きてくれていたらそれでよかったんだけどね、友達がいなくてもちゃんと帰ってきて話してくれるだけで十分だったんだよ?」
「でもほら、お母さんって顔に出やすいから」
お休みに少し歩いてこようとしただけでやたらと不安そうな顔で「大丈夫なの?」とか聞いてきてしまう人だから仕方がない。
「……そういえば昨日も隼人君から『すぐににやにやするところだけは直した方がいいよ』って言われちゃったんだよね……」
「それでも隼人君は冷たいわけじゃないから可愛いよね」
「そうなの! 隼人君も可愛いの!」
「もってことは唯もだよね」
「そんなの当たり前だよ、それに唯もいい子に育ってくれたからね」
家事手伝いもせず、わがままばかり言っていた私に再度突き刺さった。
可能なら過去の私のところにいって叩いてやりたいぐらいだ。
「唯曰く、昔は調子に乗っていたみたいだからそのままだったら陽治は気に入っていなかったのかな?」
「本人が勝手に悪く考えてしまっているだけで全くそんなことはなかったけどね。ずっと見てきている私が言っても聞いてくれなくてね――あ、白坂先生ごめんね? 私達だけで盛り上がっちゃって」
よかった、ここに戻ってきた。
メインは先生なのに最初以降は放置されていたから気になっていたのだ。
「い、いや……」
「ここだけの話にしておけば大丈夫だよね、デートとかは難しいかもしれないけどそういうのを我慢できるんだったらいいと思うよ?」
「晴さんも受け入れる能力が高いね」
「でも、よりいっそう気を付けないとね」
「確かに、これも教師になった陽治が悪いから頑張ってもらうしかないか」
前からそうだけど先生には出ていってほしくなかったのかもしれない。
教師にならなければおはようもおやすみも毎日必ず言うことができてお出かけもできる可能性が高まっていたからそうではない現実に不満が溜まっているのかもしれない。
「慎治さんから白坂先生を取ってしまっていいんですか?」
「その場合は僕も貰ってもらうから大丈夫」
「お、おお、そういうのもありなんだね、やっぱり若いっていいね……」
「ここだけの話にしておけば大丈夫だよ、お昼とかは僕が相手をしてあげるからね」
ま、まあ、これからどうなるのかは分からないからなにか起こって対応すればいいか。
こうなってくるとあとは先生次第だった。




