黄昏、過去、自決。
家族の愛に気づかない愚かなクロムは、太陽の下、外套を被ってただひたすら森を歩いていた。
冒険者ギルドで声を掛けられたが気付かない振りをして出ていった。
クロムは森へと入り、森の奥深くを目指して歩いている。
この森の名はデドデスの森。
亜竜級の冒険者パーティーが足並みを揃えなければ、生きて帰ることすら難しいほど、難易度の高い場所だ。
太陽が顔を出しているというのに、至る所から魔獣の雄たけびが聞こえてくるほど、魔獣が活発に活動している。
クロムは魔獣から襲われると、今まで培ってきた戦闘センスで反射的に魔獣を殺してしまう。
死ぬ目的で来たはずなのに、クロムは死なないよう暴力を振るうそんな自分に嫌気が差しているような顔つきだ。
(……くそ、反射で手がでる)
自ら命を断とうとしても、家族の顔がチラつき、それ以上手が出せない。
魔獣の蔓延る場所へ来ても、反射的に手が出て死ねない。死ねる力はあるのに自分の力で死ぬことができない。
自分の死に戸惑う自分に反吐が出るクロムは、結局ただ途方もなく歩くだけ。
どれくらい歩き続けただろうか。
朝早く宿屋を出たつもりが、気が付けば辺りはオレンジ色の光に包まれている。
クロムは、森の奥深くにある崖まで歩いていた。
(はは、結局傷を負うことなく来てしまったな)
到着した時には夕陽が沈む直前で、まもなく夜が訪れようとしている。
どうやら、森を上から見下ろせるほど、クロムは高い場所まで無意識に上っていたようだ。
日没直後、オレンジ色の夕陽が顔を隠したにも関わらず、空は茜色に染まっている。
黄昏時だ。
黄昏時に、黄昏ているクロムは、数十年ぶりに空の色を思い出した。
緑で生い茂っているはずの森が、オレンジ色の光に照らされて反射している。
今の今まで景色を見る余裕すらなかったクロムは、景色を見つめながら、腰を据えて煙草を吸って酒を飲んだ。
(いいな……)
こういう最後もいいのかもしれないと、クロムは自虐的に笑う。
(思えば……、本当にクソみたいな人生だったな)
クロムは、今までの人生を振り返る。
クロムが復讐を誓ったのは、5歳の時だ。
彼はどこにでもいる普通の男の子だった。自我が芽生え始めて、ちょっと生意気。でも、怖い親父の前では少しだけ大人しくて、母親の前では強がってと、そこまで裕福でもなかったが、幸せな家庭だった。
だが、悲しいことに、彼の幸せは終わりを迎えた。
「賊が出た! みんな逃げろ!!」
カンカンと村に緊急事態を知らせる鐘が激しくなる。
クロムは両親と共に、何も持たずにひたすらに逃げていた。身一つあれば、どこでだってやり直せると。
両親と逃げる中で、クロムの視界で斬られていく人々と気持ちの悪い笑みで人を殺していく賊が見え、耳には後ろから聞こえる村の人々の悲痛な叫び声が聞こえていた。木々や家の燃える炭の匂いと、噎せ返りそうになる濃厚な鉄と金属の匂いに吐き気がした。
地獄のような世界に耐えられず父親の背中で小さな声で泣いてしまう。村育ちだからなのか、自然の中で生きていたクロムは五感が鋭く、その地獄を目の前で体感しているように感じていた。
クロムたち家族は、誰よりも早く逃げていたはずなのに、クロムは嫌な予感が胸の中で騒めいて止まらなかった。どうにかして両親に伝えたいのに、泣いているせいで言葉が口に出せないクロムは、自分自身に嫌気が差す。
残念ながら、クロムの嫌な予感は的中し、自分たちの目の前に賊が現れた。
両親はクロムを守るために身を挺して守ったが、クロムの目の前で殺されてしまう。絶望しているクロムを前に、嗤う賊の長と、その子分たち。
「これからお前も死ぬし、お前の両親無駄死にだな!」
賊の誰かがそう呟き大声で嗤うと、クロムの中で何かが弾け飛ぶ。
「!!」
心臓が早く強く鼓動し、血が沸騰して、体温が上がり、抑えきれない感情と共に賊に一矢報いようと、素手で一気に飛び込んだ。
賊の長は、クロムの攻撃をカウンターで倍返しにしてから容赦なく追撃し、両親の血が付着した剣で、クロムの肩から横っ腹にかけて斬り裂いた。
「……ぐぁ」
歯は砕け、唇は切れて、殴られた頬が赤紫色に滲み、吹き飛ばされた反動で体全身が痛むも、上半身の焼けるような痛みに意識を失えず、小さな体で、息も絶え絶えに小さくうめき声を上げる。
苦しむクロムを見て、賊の長は満足そうにクロムを見下ろし、呟いた。
「はは、俺たちの暇つぶしに付き合ってくれてありがとな、坊主」
賊の長は、敢えて死にかけのクロムを放置して、その場を去った。
晴れ晴れとした快晴の空の下、燃え盛る家々と木々に囲まれながら、クロムは地面に血まみれで倒れている。
「……」
クロムが倒れてからどのくらい時間が経っただろうか。
驚くべきことに、周囲が炎で燃えている中でも、クロムは生き続けていた。
(……なんで、こんなことに)
普通の子供がクロムのような傷を負った場合、顔を殴られた瞬間に気を失い、剣で斬られたことで命を落とすだろう。もし、仮に意識を失わなかったとしても、きっと痛い以上の言葉は出てこない。
燃え盛る森林によって、体の皮膚も熱くてたまらないはずだ。痛みと熱に、意識を保ってなんていられない。
そんな状況の中でも、クロムは生きている。
そして、クロムの意識に蘇ってくる、友人たちの叫び声。
身を挺してクロムと母を庇った父親の、愛する者が奪われる絶望感と怒りと憎悪の表情。
愛する夫が目の前で殺され静かに涙を流し、自分の子供だけは見逃してほしいと震え懇願しながら殺された母親の姿。
(村のみんなも、父さんも、母さんも……みんな、殺された)
平和だった村が、一瞬にして戦場と化し、圧倒的な暴力の前に命を失った。
(俺が……俺たちが……何をしたっていうんだよ……)
賊の長は言った。
『暇つぶし』、と。
(暇……つぶし、で、俺、たちの、大切なものが、奪われた……あいつらの、暇つぶしで!!)
煮えたぎる感情が止めどなく溢れ出る。
クロムの心の中にある感情が、悲しみを通り越し、憎悪に埋もれていく。
大切な村のみんなや友達、大好きな両親の顔よりも、真っ先に思い浮かぶのは、憎きあいつらの汚れた嗤い声と顔だけ。
(ゆる……さない)
止まりかけていたクロムの心臓が、衝撃を与えられたように、一度だけ強く鼓動する。
(許さない)
光を失ったはずの黒い瞳が、暗黒の炎のように揺らめいていく。
(絶対に……許さない!!)
クロムの表情は、子供のような無垢な表情とはかけ離れ、憎しみに染まっていく。
子供とは思えぬその様子は、大人が見ても後ずさりしてしまうような風格を生み出した。
(全てを奪ったあいつらを……)
痛みはとうに忘れて、傷ついた体に力を込める。
不思議なことに、先ほどまで感覚のなかった手足が、血とは異なる何かによって、クロムに力を与えた。
(絶対に、絶対に!!)
ゆっくりと、だが着実に、クロムは立ち上がりながら叫んだ。
「ゔあ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
魔獣のような咆哮が子供の口から放たれたと同時に、周囲の燃え盛る炎がさらに激しくなる。
「絶対に、殺してやる!!」
復讐者が生まれた瞬間であった。
その後、復讐に燃える心に突き動かされるように、クロムは燃える森と村を通り越して倒れこむ。
村と森の異変に気が付いた領主の騎士たちが、応援に駆けつけてクロムは救われた。
生き残りはクロムのみ。
悲惨な事件と共に、クロムは孤児院に預けられるも、意識を取り戻した瞬間に冒険者の入り口を叩いて、リゼルと出会ったのだ。
そこからは、クリスと一緒にクロムは鍛え上げられた。
クロムは、二つ年の離れたクリスを凌駕するほどの才能を持ち合わせていたのだ。
優秀な師と、同じ目的のある兄弟子の存在によって、めきめきと力を付けていくクロム。
復讐を誓ったあの日に生み出された血とは異なる何かは、膨大な魔力だとリゼルはクロムに伝えた。
膨大な魔力によって、自己治癒力が促進され、クロムは生き残ることができたとリゼルに教えられたのだ。
「お前は強くなるぞ、クロム。私なんか、到底及ばなくなるくらいにはな」
「どうでもいい。俺はただ……あいつらを殺したいだけだ」
「分かってるさ。さて、続きをしようか」
クロムはとにかく体を鍛え、技を磨き、強くなることだけに集中して毎日を過ごしていた。
リゼルとクリス以外には、会話をすることなく、ただひたすら力を求めてひた走っていく。
リゼルの無茶をしすぎるなという心配からくる言葉を無視して、力をつけてからは、毎日魔物や、魔獣、賊といった、人類の敵を排除し続けた。約20年間、一日も休まずに。
魔力によって動き続ける魔物や魔獣のように、クロムにとっての復讐は、魔獣たちが生きるために必要な魔力のようなものだった。
クロムが25歳になったある日、クロムは復讐を果たした。
復讐はあっけないものだったと、クロムは思う。
憎きものの顔と、賊のくせに一国の騎士のような国旗を、ギルドを介してようやく見つけたのだ。
強くなりすぎたクロムの復讐はあっという間に終わった。
賊は大人数いたにも関わらず、一瞬でクロムに壊滅させられたのだ。
本当にあっという間だった。クロムが本気を出すことなく、あっけないものだった。
クロムは敢えて賊たちの意識を残し続けて拷問した。
どれだけ痛みを与えて、悲痛な叫びを聞いても、クロムの心が晴れることはなかった。
クロムはリゼルやクリスに何度も言われたから知っていた。
復讐をやり遂げても待っているのは虚しさだけだと。結果的に、その通りになってしまったのだ。
最終的に、クロムは賊たちの四肢の全てを奪ってから、魔法で賊たちを引きずりまわしながら、騎士団に受け渡した。
クロムの手元に残ったのは、好き勝手暴れまわっていた賊を生きて捕獲したことによる大量の懸賞金と、燃え続けていた復讐心が鎮火され、灰になった空っぽの自分だけ。
(はは、本当に何もないんだな、今の俺には)
自身の過去を振り返って、悲し気に笑うクラムの背中は、なぜだかとても小さく感じた。
復讐も終わり、全てのことにやる気が起きず、煙草から落ちた灰のような自分には、お似合いな最後だと、落ちた煙草の灰を見て思う。
(もう、夜か)
完全に日が暮れて、夜が来る。
二つの月と、満開の星空に見守られるクロム。
最後の煙草を吸い終わり、持ってきた酒が空になると、クロムはそっと立ち上がる。
(全部、終わったよ。父さん、母さん。いま、会いにいくから……待っててくれ)
空きっ腹に酒を飲んでも酔わないクロムは、真っ直ぐな足取りで崖のすれすれまで歩き、立ち止まる。
肺に残った煙をすべて吐き出すように、深い呼吸をした直後。
「これで、終わりだ」
重力に身を任せて、空中へと落ちていく。
「ダメ!」
飛び降りた直後、必死に叫ぶ女性の声がクロムの耳に届いた。
今週分は終了です。
13日土曜に掲載予定です。




