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最低な恩返し

 女神に祈られていることを知らないクロムは、一人冒険者ギルドへと向かう。

クロムが顔を見せるのは約一か月ぶりだ。冒険者ギルドにクロムが入るとギルド内がざわめく。


 殺気が抜け落ちたクロムを見て、本当に復讐が終わったのだと皆が思った。

だが、クロムに声を掛けるものはおらず、クロムの行く末を見守るものばかりだ。


 クロムは気にせずに受付に向かい、受付嬢に話しかける。


「すまないが、少しいいか」

「……あら、クロムさん。お久しぶりですね」


 受付嬢は、一瞬誰だか分からなかったのだが、左頬に二重線の古傷があるのを確認して、ようやくクロムだと認識した。1か月前のクロムとは、別人に成り代わってるくらいには、クロムの雰囲気と表情が弱っていたのだ。


「顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか?」

「問題ない。それより、冒険者登録を解除してもらいたいんだ」

「え!? あ、えっと、少々お待ちください!」

「ああ」


 クロムの声は小さくて低いので、受付嬢の慌てたことくらいしか、周りの者には分からなかった。


 冒険者ギルドではクロムの評価は高い。魔物の討伐や、魔物よりも数段強い魔獣と呼ばれる化け物に対して、臆することなく一人で討伐できるほどの実力を持つ者だからだ。


 加えて、依頼を請け負ったクロムが、危機的状況に陥っていた冒険者を何度も救った事があった。

クロムに救われた冒険者はクロムに恩を感じてこの街に滞在して、住人たちの依頼を受けている。また、過去に魔獣と遭遇した子供たちが大人になって、クロムのような冒険者になるんだと言って、本当に冒険者になった者もいる。


 クロム自身は知らないが、クロムを慕っているものは多いのだ。

クロム自身が知らないのは、クロムの発する殺気のせいで、誰も近づけず、畏怖されているから。

まあ、クロムが自ら人との距離を取ってしまっているので、人が近づけないのも無理はない。


「なあ、受付の姉ちゃん慌ててたけど、どうしたんだろうな」

「さあな、よっぽどの事があったんだろ」


 ギルド内がざわついても、クロムは知らんふり。受付嬢が戻ってくるまで、大人しく待っているのであった。


 先ほどクロムにギルドを辞めると言われた受付嬢は、走って階段を昇っていた。


(ギルドマスターに知らせないと!!)


 ギルド職員には、貢献度の高い人間が登録を解除したいと持ちだしたら、声を掛けるようにとギルドマスターから通達されている。有能な人間を逃したくないのは、どこの組織も一緒だろう。


 ギルドマスターに要件を伝えると、ギルドマスターがクロムをここに連れて来いと受付嬢に伝える。

受付嬢は、急いでクロムのもとへと向かった。


「クロムさん、お待たせしました。ギルドマスターがお待ちです」

「ああ」


 ギルドマスターという言葉に反応する冒険者たち。

クロムが冒険者を辞めるのだと察した人々は、クロムがいなくなってから、クロムの話題でもちきりだ。


 少し騒がしくなったギルド内を気にすることのないクロムは、さっさとギルドマスターのもとに向かう。


「ギルドマスター、お連れしました」

「ああ、入りな。シーナ、お茶を用意してくれ」

「かしこまりました」


 受付嬢は、扉を開けてクロムを中に入れると、お茶の準備をする。


「生きてたのかい、クロム」

「ああ」


 クロムはギルドマスターに、何度も呼ばれた経験がある。

クロムが自身の冒険者ランクよりも高い盗賊団を殲滅した時、高ランクの魔獣を一人で倒した時と、普通ではありえない事が起きた時に、よくギルドマスターに呼ばれていた。



  冒険者ギルドには、冒険者の適性に応じて依頼を受け持ってもらう義務がある。

依頼の数や達成度、狩ってきた魔物魔獣の数、解体品の品質と、様々な観点から考え出されたのが、ランクというシステムだ。


冒険者ランクは、6つある。

上から順番に、


神狼龍(フェンドラ)級、

亜竜級、

鳥獣魔級、

獣鬼級、

小悪鬼級、

雑級、


と分かれる。


 基本的にはまずは戦闘ができる者と、そうでない者に分かれる。


 雑級か、小悪鬼級か。


 冒険者になるには、実施試験を最初に受ける必要がある。

そこで、試験官が雑級か、小悪鬼級かを決めるのだ。


 雑級は討伐には関わらない簡単な依頼を受ける。基本的には子供がやることが多いのがこの仕事だ。


 小悪鬼級は、ある程度武器を扱えるものなら戦えるゴブリン類やスライムの討伐。

 獣鬼級は、オークや、コボルト、ウルフといった主に地上戦を得意とする魔物の討伐。

 鳥獣魔級は、地上戦に加えて、空中戦を得意とする空を飛ぶ魔物の討伐。さらに魔獣の討伐も視野に入れなくてはならない。

 亜竜級は、亜竜と呼ばれる下位のドラゴンの討伐。ギルドからの強制依頼という緊急度の高い依頼を任される。

 神狼龍級は、亜竜級ですら倒せないドラゴンや、大魔獣といった規格外の敵を討伐できる人外の力を手に入れた人々のことを示す。


 ほとんどの人間は、鳥獣魔級で止まる。

稀に亜竜級まで上がれる人間もいるが、一握りの存在。


 神狼龍級など、全世界に5人いればいいほうだ。

まったくいない年もあり得るほど、その存在は希少であった。


 ランクは基本的にパーティーを組むのが定石で、ソロで活動する人間なんてほぼいなし、いても良くて獣鬼級で止まるだろう。例外もあって、稀に現れる神狼龍級は、基本的にソロで戦うものがほとんどだったりする。



 話がだいぶ逸れてしまったが、冒険者ギルドは命あっての物種、稼ぎ、野望であると、口酸っぱく警告される。特にソロで冒険者をやっている命知らずの馬鹿たちには、特にうるさく言いつけている。



 なので、クロムがギルドマスターに叱られるのは、必然であった。


 無茶するたびに、一人で無茶をするな、命あっての冒険者稼業だと、口うるさくクロムの行動を注意していたのだが、クロムがギルドマスターの言葉を聞くはずもなく。彼は命懸けで、魔獣や盗賊団を討伐、殲滅させた。


 運よく力を付けたクロムには、見合ったランクを背負えと言いつける。他の者(馬鹿)が勘違いして、クロムのような行動を取られたら困るから。


 亜竜級への昇格試験を受けるようにと言われていたクロムだが、無視して今まで鳥獣魔級で止めていたのだ。亜竜級以上は、ギルドの強制力が働くため、クロムはそれを嫌ったのだ。



「リゼルさん、お茶お持ちしました」

「ありがとうよ、シーナ。この馬鹿と話すことがあるから、アンタは下に戻りな」

「はい、失礼します」


 ギルドマスターの名はリゼル。性別は女性でクロムの倍の歳を取ってはいるが、溢れ出る気品と魔力から、かなりの強者であることが伺える。魔力量もかなりのもので、年齢の割には顔に皴一つなく、美しい顔をしている。魔力量が高いものほど老いが来るのが遅いと言われているが、ギルドマスターもそのうちの一人だ。


 保有する魔力量が高ければ高いほど強いというわけではないが、彼女は魔力量もさることながら、豊富な知識と経験、扱える魔法も桁違いで、かなりの強者である。そんな強者の前で、臆することなく態度を変えないクロムもまた、強者の一員である。


 馬鹿と言われても、反論も反応もしないクロムを見て、リゼルは深いため息を吐いた。


「相変わらず、寡黙な男だね。アンタは」

「要件は?」

「まあ、そこにかけな。シーナが茶を入れたんだ、せっかくだし飲んでいきな」


 クロムは言われるがまま、席に着くと、煙草に火を付けて肺に煙を入れてから煙を吐いた。


「たく、そんなもんまで吸うようになるとはね」


 そんなものと言いながら、クロムと同じようにリゼルもまた、自前の煙管に火を付けて煙を吹かす。


 冒険者にとって持久力は命だ。高位の冒険者であればあるほど、なるべく長く戦うためには、それなりの持久力が必要だ。戦闘中に敵よりも長く動けるようにするためだ。


 なので、冒険者にとって煙草は天敵だ。

肺を傷つけ持久力を落とし、命まで落とすことになるから。


 これ以上、高みを目指せないと悟った冒険者が、自身の野望を諦めて、まず第一に吸うのが煙草である。

ある程度ランクを落としても生活できるくらいには力があるが、実力は停滞しながらも緩やかに落ちていく。


 [落ちぶれた冒険者は煙を吐く。]

夢を諦めた者、何かを諦めた者に対して使われる比喩表現があるくらい、この辺ではよくある光景だった。


 燃え尽きて灰になった煙草を見つめるクロムは、灰皿に落ちた灰を自身と重ねていた。


 燃え尽きてただのゴミと化した、自分自身を。


「全て、終わったからな」

「そうだったね」


 二人は喋らず、ただ煙を吐いている。


 重い空気を気にすることなく、リゼルはクロムに問いかけた。


「お前さん、死ぬ気だろ?」

「ああ」

「たく、少しは動揺くらいしてほしいもんだね」

「……世話になったな」


 クロムは復讐を誓ってから幼いながらに冒険者の扉を叩いた。子供だからと誰も取り合ってくれない中で、クロムに手を差し出したのは、他でもないリゼルだった。


 復讐に囚われた子供に手を貸し、強くなるために力をつけたやった育ての親のような、クロムにとって師のような存在だ。クロムはリゼルに恩があるので、自分にできることは力を貸していた。


 だが、それで今日まだでだと、自身の物語に終止符を打つために、クロムはリゼルに顔を見せたのだ。


 クロムの復讐が終わったことを知っているリゼルは、クロムを生かそうと内心では必死である。

冒険者稼業で子が産めない体になってしまったリゼルにとって、クロムは愛おしい子供のような存在だ。


「あたしがあんたをそう簡単にお前さんを殺させると思うのかい?」

「止める気か?」

「若い芽をそう安々と簡単に死なせるはずがないだろ」


 リゼルはそういうが、本当はクロムにただ幸せに生きて欲しいと願っている。

自分の素直な気持ちを言えないリゼルなりの本音だった。


「なら、止めてみるんだな」

「……っち、生意気な子だよ」


 両社互いに魔力を開放すると、突然の出来事にギルド内では騒ぎが起こっている。

冒険者は気配や魔力に敏感だ。周りの気配を感じられないようでは、いくつ命があっても足りないから。


 逃げだす者、止めに入ろうとして仲間に止められる者、あまりの力量の差に呆然とする者、様々な反応を見せる。


 リゼルは冷や汗を垂らし、ニヒルに笑う。


(小僧め、どこにこんな力を隠していたのやら)


 弱っているはずのクロムから感じられる刺々しい魔力を肌で感じ取ったリゼルは、本気でやらないと止められないと覚悟を決め始める。腕の一本は持っていかれるだけで済めばいいなと思いながら、クロムの様子を伺う。


 死に向かう若者を止めるために。いや、可愛がって愛情込めて育てた息子を死なせないために力を見せたはずが、命の奪い合いを始めようとしている。

本気でやらねば止められないと覚悟を決めたリゼルは、懐から武器を取り出そうとした。


(……まったく、この年にもなって素直な気持ちが言えないとはね。我ながら、残念な母親だ)


 クロムは本気で母であり、師でもあるリゼルに殺気を向けている。

リゼルは思う。もしここでクロムに殺されてしまったら、本当に息子は死んでしまうと。


 力でしか止められないが、力でなら止められる。

リゼルは覚悟を決めて、クロムを止めるために力を振るおうとした、その時。


「こらこら、こんなところで殺し合いなんて良くないな」


 戦場に移り変わろうとしていたギルド内で、突如として姿を現す男は、和やかに声を掛けた。


 リゼルはホッと息を吐いて杖を懐に戻し、喋りかけてきた男に話しかける。

 

「ふう、助かったよ、クレス。命を取られずに済んだ」

「はは、彼を止めたい気持ちは分かるけど、無理は良くないな、ギルドマスター」

「クレス」

「やあ、クロム。久しぶりだね」


 煌めくような金髪に、輝く金色の瞳を持つクレスという男は、優し気に手を振る。

あまりにも落ち着いているクレスの雰囲気に充てられてか、クロムは剣を鞘にしまう。


 ギルド冒険者の証であるブレスレットと、大量の金貨を机の上に投げ捨てて、その場から離れようとする。


 クロムの行動に待ったを掛けたのはクレスだ。


「待ってよ、クロム。久しぶりなんだから、ゆっくり話そうじゃないか」

「……俺は冒険者を辞めるためにここにきた。お前と話すつもりはない」

「そんなこと言わずに」

「……それ以上近づいたら、お前であっても斬る」


 クレスに殺気をぶつけると、クレスは大人しく手を上げて降参のポーズ。


「はぁ、分かったよ。どこに行くか知らないけど、気を付けていくんだよ」



 クレスの言葉を無視してクロムはその場を立ち去った。




 クロムの態度にクレスはため息をついて、ソファに座って飲まれていないお茶を飲んで一息ついた。


「冷めてもおいしいね、ここのお茶は」

「はあ、クレス。クロムを止めてくれないか。私じゃどうにも勝てそうにない」

「はは、勝てそうにないじゃなくて、殺してしまうのが怖いの間違いでしょ。クロムは母さんより強くないんだから」


 クレスもまた、リゼルに育てられたうちの一人であった。

クレスは母さんと呼び、クロムはリゼルをアンタと反抗期の子供のような態度を見せる。


 血のつながりはないが、三人は家族であった。


 普通の親ならば、自分の子を手にかけたいとは思わないだろう。


 クロムも今まで2人に世話になったからこそ、自分が出せるありったけの金を置いて出て行ったのだ。

この世を去る覚悟を決めた自分には、必要のないものだからと。


 家族の恩は感じているのに、家族を悲しませる行為でしか、恩を返せることが出来なかったのだ。

それを分かった上で、リゼルは悲し気な表情でクロムが置いていった冒険者の証であるブレスレットと、金貨が大量に入っている麻袋を見つめるのであった。


「……大切に育てたあの子を、そう簡単に殺せるもんかい」

「なら、僕も同じ気持ちさ。弟と殺し合いの死闘なんてごめんだよ。それに、僕一人じゃ到底勝てないし。でも、安心しなよ、母さんが僕らを育てたんだから、簡単に死ねるはずがないよ」


 クレスが拾われてから5年後、リゼルがクロムを拾ってきた。

クレスは本当の弟のようにクロムを可愛がっており、クロムもまた兄であるクレスを尊敬していた。

今ではクロムがその様子を見せることは無くなってしまったが、クレスは変わらずクロムに愛情を注いでいた。


 だが、ある日を境に、クロムは兄であるクレスに近寄らなくなった。

それと同時に、家族から距離を置き、宿屋で生活するようになってしまう。


 クロムが自分たちから離れた理由を、2人はなんとなく察している。


「だといいがね。はあ、まったく、どうしてこう世話のかかる子なんだろうね、あの子は」


 背もたれに寄りかかって、ため息を吐くリゼルに、クレスは穏やかに話しかける。


「復讐に囚われてたからね、当然だとは思うよ」

「同じ理由でクレスも冒険者になったじゃないか」 


 クレスもまたクロムと同じく復讐に囚われていたうちの一人であった。命の価値が軽いこの世界では、人が人を殺すのは当たり前であり、それと同時に復讐に囚われ続ける者たちが後を断たないのだ。


 クロムがクレスに近付かなくなり、家族のもとから離れた原因はここにある。


 先にクレスの復讐が終わったのだ。


 復讐が終わり、抜け殻のようになっていたクレスを気にかけていた時期がクロムにもあった。ただ、復讐に囚われている自分が、復讐から解放されたクレスに掛ける言葉が見つからなかったのだ。


 結局、クロムがクレスに言葉を掛けることはなかった。


 過去を振り返っていたクレスは、懐かしむように苦笑いをする。

情けない自分を思い出して、なんとなく恥ずかしくなったのだ。


「そうだね、でも……僕は一人で何もできない弱者だったからね。そのおかげで僕には信頼できる仲間とパートナーができた。運がよかったんだろうね、僕は」

 

 そういいながら、左手の薬指につけている指輪を触る。

クレスが復讐が終わっても自暴自棄にならなかった理由はここにある。


 クレスは仲間に支えてもらうことで、力を発揮できるタイプの人間だ。

だが、クロムは仲間に頼らず一人で行動できてしまう力がある。


 だからこそ、彼は孤独になった。一人の方が、目的を果たしやすいと言い訳して、仲間をつくらなかった。


 クロムとは違い、クレスには大切な仲間がそばにいた。復讐に囚われるだけの男ではなくなったのだ。

同時に、大切なパートナーがクレスにできたことも大きな要因といえよう。



 クロムがクレスに近づかなくなったもう一つの理由がこれだ。


 復讐に囚われている愚かな自分が、幸せの道を歩もうとしている兄貴の邪魔をしてはいけないと察して家を出たのだ。


 そして、クロムは孤独の時間が増えたことで、人間関係を構築することが無くなり、本来支えてくれるはずの仲間はいない。結果として自暴自棄に陥ってしまったのだ。


 自分が運が良かっただけと笑うクレスだが、何かを思い出したのか、リゼルを見て微笑む。


「いや、僕と母さんは、かな」


 にこっりと懐かしむように笑うクレスに、リゼルは苦笑いを隠せなかった。


「……それも、そうだね。アンタを拾ってなきゃ、アタシも今頃あの世を彷徨っていたろうからね」


 リゼルもまた、大切な人を殺されて復讐に囚われたうちの一人だ。結婚まじかのパートナーを魔人という悪魔に身を委ねた人間に殺されたのだ。同時に、リゼルは子を産めないほどの重症な傷を負う。


 不運が重なったことで、リゼルは抜け殻になった。


 リゼルは復讐を終えたあとで死のうと思ったが、冒険者ギルドにて先代のギルドマスターに死ぬくらいならこいつを育ててやれと言われたことで、リゼルは生きる道を選んだのだ。


 今思えば、死なずに生きてきて良かったと、リゼルは思う。

だからこそ、クロムには簡単に命を投げ出さないで欲しいと心から思っているのだ。


「運が悪い中でも、運がよかったなんて、笑い話にしては不謹慎だね」


 それでも、2人は運がいいと思うことにした。

今が幸せなら、それでいい。過去に囚われすぎてはいけないと、身を持って体感しているから。


 失ったものばかり、後悔したことばかり数えていたらきりがない。


 大切な人たちが傍にいてくれればそれでいい。大切な人を守る力が、自分たちにはあるのだから。

今度こそ失わなければいい、そして何より、今が幸せならそれでいいのだ、と。


 それが、復讐に囚われた2人が導き出した答えだった。


「似た者同士ってわけだね、僕たち家族は。きっと、クロムにも運命の出会いがあるさ。それに、僕たち家族もいるわけだしね。クロムはまだ、自分のことで精一杯で気が付かないだけさ」


 誰にだって運命の出会いがあるはずだと、クレスはそう思っている。


 リゼルには、クレスとクロムが。


 クレスには、家族と大切な仲間とパートナーが。


 クロムはきっと、まだ気付いていないだけだからと。


「そうなることを、願うばかりだよ。本来は私たちがしてやるべきことだが、今の私たちの声は……悲しいが届かない。クロムも幸せになるべきだ、私たちと同じようにね」

「そうだね」

「恩に着るよ、クレス。さすがは、私の息子だよ」

「はは、どういたしまして、母さん」


 重かった空気がクレスによって変わったことに、リゼルは感謝した。


 馬鹿な息子がいつ帰ってきてもいいように、部屋の掃除はこれからも頼んでおこうと思うリゼルであった。


 そうして、2人は家族の幸せを願ってから、仕事に戻るのだった。



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