惚れ直す
クロムは外で汚れた装備品と衣服を洗い、下着姿でキュコリルは風呂を洗い魔道具で湯を湧かす。
風呂が洗い終われば、とてとてとキュコリルはクロムの手助けに向かう。
クロムは2か月近くキュコリルと過ごしている。
最初の数日間は、キュコリルも部屋着を着て過ごしていたが、クロムが幸せ宣言をしてから、ある日を境に下着姿で過ごすようになった。
目のやり場に困ったクロムがキュコリルに対して突っ込むと、本当は裸がいいけど妥協してると言われて、本人が気にしてないならいいと、諦めたのである。
2か月も共に過ごせば、下着も服の一部に見えてきたクロムは、今では普通にキュコリルを見て会話ができるようになった。
「ん、お湯たまった」
「先に入っていいぞ」
「? 一緒に入ろ。髪洗って」
「……いや、しかしな」
突然の爆弾発言に、さすがのクロムもたじろぐ。
キュコリルに対してプロポーズをしたクロムであるが、確かに夫婦らしい生活を送っている。ほやほやの新婚というよりは、そのさらに先の先のベテラン夫婦のような安心第一の穏やかな夫婦生活である。
プロポーズ後の変化といえば、2人で一緒のベッドで眠っているくらいだが、そういった行為のない本当にただの睡眠である。
復讐に囚われていたクロムは、人間の三大欲求が機能せず、夜の交わりを経験してない。
いわゆる童貞なのだが、知識はリゼルに教わっている。
ここ最近、人間らしい感情が湧いてくるクロムは、好きな人の裸を見たらどうなるのか、自分でもどうなるか想像できない。
ここは、大人しく1人で入ってもらおうと声を掛けようとするが。
「私たちは、家族であり、夫婦でもある」
(俺は、なんて邪な気持ちを……)
キュコリルの純真無垢な瞳で見つめられたクロムは、自身の愚かな想像に喝を入れて覚悟を決めた。
「……そう、だな。わかった」
「ん、待ってる」
「ああ」
残りの洗濯物を干して冷静になったクロムは気付いた。
(面倒なだけか……髪洗うの)
そう結論付けると、先ほどの緊張はどこへやら。
クロムは普通にキュコリルと風呂に入り、約束通り髪を洗う。髪を洗った後、特に何も起こることはなく、先に風呂に入ったキュコリルの後を追うように、クロムも風呂に入る。
いつもの穏やかに癒しの空気をまき散らすキュコリルの様子に、クロムも遂に平常心を取り戻し、2人でのんびり風呂に浸かった。
(もう、無理だ)
「先に出る」
「うーん、あと少し浸かる」
「分かった」
クロムが風呂に出た後、キュコリルの顔が急に真っ赤に染まり、顔から湯気が出ていく。
(……心臓、うるさい)
いつものキュコリルだったら、裸でもクロムの前か後ろを陣取るのだが、今日は横並び。
普段見えないクロムの戦闘に特化した無駄のない美しい筋肉に釘付けになっていたのだが、クロムはまったく気付いていない。キュコリルが本気を出して、視線を悟られないように高速チラ見をしていたから。
湯船にぷかぷかと浮かんで、キュコリルは考える。
(んー、そろそろ満月。私たち、夫婦)
「ん、流れに身を任せる」
一瞬で考えることを止めて、クロムに髪を拭いてもらう前に、しっかりと服を着てからクロムの前に現れるのであった。
いつも通り下着姿でクロムの下に行こうとしたのだが、クロムを見た途端、心臓がいつもより脈打ち異性として意識させられたことで、いつもの下着姿が恥ずかしくなったのである。
(むむ、さっきの戦いのせい)
キュコリルが思うに、今まで死にたがっていたクロムを介抱して面倒を見てきただけだった。
しかし、クロムの圧倒的な力に見入られたキュコリルは、クロムに惚れ直したと自覚する。
傍から見れば、キュコリルは完全に恋に落ちた顔をしていた。
クロムはクロムで、これから店に行くから着替えたんだなと、そうだけどそうじゃない勘違いをしているのであった。
キュコリルの髪を乾かして、街へと向かうためにちょっとしたお洒落姿で街へと向かう2人。
「綺麗だな、キュコリル」
「うみゅ、ありがと。クロムもかっこいい」
「はは、ありがとな」
クロムはいつも通り着飾ったキュコリルを褒めた。
いつもの流れだとドヤーと得意げにキュコリルが嬉しそうにクロムに抱き着くのだが……。
つい先ほど、クロムに異性としての魅力があることに気付いたキュコリルは、いつもの姿をしているはずのクロムがキラキラと輝いて見えてしまう。
もともとクロムのことが好きだったキュコリルだが、さらにクロムを思う気持ちがさらに増したことで、嬉しいのに照れくさいという感情が芽生えていた。耳は垂れ落ち、頬は赤く染まり、ふわふわの大きな尻尾はクロムに巻きついて離れない。
獣人はみな、愛情表現が分かりやすいというが、キュコリルもまた分かりやすい形で、クロムに愛を伝えている。まあ、ようやく人らしい感情が蘇ったクロムが、それに気付くことはないのだが。
(今日は、静かだな。おんぶもせがんでこない)
いつにもまして喋らないキュコリルを前に、クロムは不思議に思ってキュコリルの顔を覗く。
「どうした、疲れたか?」
「ん、さすがに疲れた」
「そうか、乗るか?」
「……んー、今日はいい」
「そうか」
珍しいキュコリルの態度に少々驚きながらも、まあそういう日もあるかと、クロムは気にせず歩く。
すると、チョンチョンとクロムの服の袖を引っ張るキュコリル。
「どうした?」
(んく!!)
キュコリルの視線に合わせて優しく包み込むような声を前に、キュコリルの心臓がキュッと掴まれて、心の声が溢れそうになった。
「その、手、繋ぐ」
「ああ、いいぞ」
クロムはキュコリルの手を優しくつかんで指を絡めた。時折キュコリルが、クロムに対してやる行為なのだが、クロムを意識しているキュコリルは、クロムの手の感触を意識する。
(ごつごつ、おおきい、戦士の手)
今までなぜか気付かなかった自分に呆れながらも、キュコリルはクロムの手の感触を楽しむのであった。
心臓がドキドキしっぱなしのキュコリルだが、次第にその心臓の鼓動すら心地よくなっており、顔が蕩けそうなのを必死に我慢して真顔を保っていた。
そんなキュコリルの想いを知らないクロムは、能天気に景色を眺めて、今日もいい天気で幸せだと感じているのであった。




