噛ませ犬を噛もう
突然現れた姉妹校の上級生たち。
そもそもここが地球なのか異世界なのかもわからないが、特に所属する姉妹校の存在意義がわからない。
「ハーレムキャラ養成専門学校……」
「すみません、ウチとどう違うんですか?」
ハーレム主人公養成専門学校があるのだから、ラスボス養成専門学校とか、俺TUEE主人公養成専門学校とか、逆ハーレム主人公養成専門学校とか、少年漫画主人公養成専門学校があっても不思議ではない。
しかし、ハーレムキャラ養成専門学校というのは、差別化が分からない。
「わかりやすう言えば、あっちは授業が楽でメシもまともっちゅうこっちゃな」
わかりやすすぎて、しかも羨ましすぎた。
授業がまし、という一点だけでも転校を考えるところである。
というか、そもそもここに入学したいと言ったことさえなかったのだが。
「う、うらやましい……」
新入生たちは、羨望のまなざしで姉妹校の生徒を見る。
自分たちの先輩は、肩幅も広く筋肉質で、如何にも劇画のキャラといったところだ。
しかし目の前の彼らは肩幅が狭く、下手をすれば自分たちよりも細い体で、しかし顔はとても整っている。
多分、日本でモテるのは彼らだろう。
その羨望のまなざしを受けて、ハーレムキャラ養成専門学校の生徒たちは当然だと笑っていた。
常に余裕を保ち、自分が素晴らしいのは当たり前だと微笑んでいる。
その姿は正に、ハーレム主人公のそれだった。
「君たちの授業を遠くから見ていたよ」
「なんだいあれ、正直ギャグかと思った」
「まったくだ。あんなことして強くなれるとでも?」
「無駄なことをしていたよな。もっと効率よく強くなる方法なんて、いくらでもあるのに」
おそらく、なにがしかのチートによって強くなっているのだろう。
その手のアイテムはRPGでもよく見るし、小説では主題として扱われることも珍しくないからだ。
あるいは、合理的に強くなる特訓を教えてもらっているのかもしれない。
非効率的な修行をしている自分たちが、あざけられている。
自覚があるだけに、とてもつらくて悔しい。
自分たちだって、好き好んでこんなことをしているわけじゃないのに。
「みなさん。今日の相手は彼らではなく、その先輩ですよ」
向こうの教員である、眼鏡をかけた優しそうな男性が生徒たちを止めた。
そして、実際に校舎から主人公養成専門学校の上級生たちが現れる。
相変わらず凄い威圧感があるのだが、その一方で対峙すると嫌な予感しかしない。
筋骨隆々たる大男と、背の低い優男。
普通ならどっちが勝つかなど考えるまでもないが、お約束としては小さいほうが勝つと相場が決まっている。
「おんしら、わかっちょるな? 今日は交流試合であり、キャラ高の卒業試験でもある。ええか、ちゃんと相手しちゃれよ」
「押忍!」
そんな、主人高の上級生をみて、キャラ高の上級生は失笑した。
そりゃあ笑うだろう。ここまで暑苦しい集団を観たら、笑ってしまっても不思議ではない。
「押忍って……応援団か、空手部か?」
「すごいな……とんでもなく前時代的だ」
「あいつら、ハーレム主人公のつもりか?」
「どんな女が寄ってくるんだよ」
呆れている声も聞こえてくる。
そして、新入生は思うのだ。
たしかに、と。
「ぐうの音も出ねえ……!」
確かに双方を横に並べて、どちらがハーレム主人公なのかなど考えるまでもない。
最初からこうだったのならともかく、努力してああなったのなら意味が分からない。
完全に、努力の方向を間違えている。熱意が空回りして、目的を見失っていた。
「それでは、試合の形式はいかがしましょうか」
「そうじゃのう」
教育方針が絶対にかみ合わないであろう、二人の教員が今更のように試合形式を相談していた。
それを見ていた主人高の上級生が前に出る。
「教官。こんなほそっこい奴ら、俺一人で十分ですぜ」
この上なく露骨に、目の前の相手を蔑みながら見下ろしている。
確かにどちらが強いのか、見た目だけなら明らかだ。
「ほうか、ほんじゃあやってみい」
横一列に並んでいるキャラ高の生徒たち。
彼らの前に出た彼は、拳を鳴らし始めた。
「キャラ高の『ゆとり教育』なんぞで甘やかされとる生徒なぞ、オレ一人で十分。全員まとめてかかってこいや」
それを見て、やや怒った様子のキャラ高上級生が前に出た。
ひときわ背が低く、男の娘と言われても違和感がないほどだ。
「あのさ、僕らがそんなに弱く見える?」
「見るからにな」
「舐めてるね。一応言っておくけど、僕らだってつらい眼にはあっているさ。それを一々自慢しないだけでね」
違う生き物に見えるほどの体格差。
二人の男がにらみ合う。
マウントの取り合いである。
「一応言っておくけど、僕はこのクラスの中では一番弱いよ」
「ほう、今からいいわけか? 殊勝だな」
「違うって」
男の娘は、凶暴に笑った。
「そんな僕にも、君は勝てないのさ」
主人高の生徒が、見下しながら拳を振り下ろす。
それに対して、キャラ高の生徒は手を掲げて受けようとする。
「反転」
キャラ高の生徒の掌から、淡い光が漏れた。
そして、主人高の生徒の拳に触れる。
ぐちゃり。
キャラ高の生徒は、つぶされながら校庭に埋められた。
自信満々だったキャラ高の他の生徒は、全員が身動きをとれずにいる。
「確かに、弱いな。まあ、他の連中も似たようなもんだろうが」
首を鳴らしながら、主人高の生徒が前に進む。
それをみて、キャラ高の生徒は己の教官へ助けを乞うた。
「せ、先生?! ど、どういうことですか?!」
「これって、卒業試験ですよね?!」
「ええ、そうですよ。貴方達は、試合をすればそれだけで卒業の資格を得ます。勝てなくてもいいんですよ」
おそらく、こんなに恐ろしい『勝てなくてもいい』はないだろう。
最初から、勝ち目がないということなのだから。
「いいですか、皆さんは確かに強くなりました。ですが、上には上がいます。調子に乗ったまま社会にでると、ハーレムを作る前に死んじゃいますからね。ですから、先に痛い目をみて、学んでください」
残酷に、キャラ高の先生は突き放していた。
「噛んではいけない相手がいるということを」
そこからさきは、よく見る光景だった。
逃げ惑うか、抵抗するか、攻撃を仕掛けるキャラ高の生徒たち。
彼らは例外なくぶちのめされ、叩き潰され、ギャグ時空によって復活し、さらに叩きのめされていく。
主人高の生徒が、よく味わう阿鼻叫喚だった。
「よ、弱い……」
「当たり前じゃあ」
キャラ高の軟弱さに驚く新入生たちに対して、主人高の教官は当然だと頷く。
「ハーレム主人公が氾濫することで、それに対するアンチとして、主人公以外にもハーレムキャラが出始めた。ある意味、ハーレムを形成するハードルが下がったっちゅうこっちゃ。奴らは確かに強いが……そもそもそこまで強くなる気がない」
レベル50で満足した者が、レベル1000に至り尚先を目指している者に勝てるわけがない。
それこそ最初から、階級や意識が違うのだ。
「おんしらハーレム主人公は、誰が相手でも絶対に負けんようあらかじめ鍛えておく。つまり、誰に噛んでもかみ殺せるほど強くなるわけじゃな。じゃが、甘やかされて、勝てる相手とだけ遊んどったあいつら
は、噛んでいい相手を見分けにゃあならん」
「そのとおり。勝てない相手には媚を売る、そうでなくとも敵対しない。それだけで幸せになれるんですよ。ハーレムキャラとはそういうものです。ですが、だからこそ噛む相手は間違えないようにしなければならない」
一生懸命頑張っている者を、バカにして見下して、コケにしてあざけって。
そんな者がいたる場所など、それこそ相場が決まっているのだ。
「こっちのほうが楽ではあります。皆さん、こっちに転校してもいいですよ?」
キャラ高の教官は、吹き飛ばされて泣き叫んで、助けを求める生徒を無視しながらそう語る。
それは、あまりにも薄情で……。
ざまあだった。