自分の力を封印しよう
日々過酷な鍛錬に耐える新入生たち。
文字通り人間の限界を超えるオーバーワークでありオーバートレーニングなのだが、素面な人間が一人もいないのがこの学校である。
仮に素面な人間がいたとしても、そんな彼に発言権はないのでお察しであろう。
ともあれ、彼らは確実に強くなっていった。
時間的にはともかく精神的な苦痛として、費用対効果に見合うとは思えないが強くなっていた。
最終的な目標を思うとささやかな強化だし、そもそも適切で合理的なトレーニングだとも思えないが、そんなことを言っても誰も幸せにならないのだ。
彼らは強くなっているのだ、確実に。それなら、その確実な成果だけを信じるしかない。
「おんしら、服を脱いでみい」
教室の中でそんなことを言われても、彼らはためらわず脱いでいた。
むしろ、待っていましたとばかりだった。全員が誇らしげに服を脱ぐ。
するとそこには、ボディビルダーもびっくりの……というと流石に誇張だが、筋肉質の肉体が出てきた。
特に注文もされていないが、それでも誇らしげに素人なポーズも決めている。
それを見て、教官もにっこりであった。
「ふふふ……おんしらも多少はハーレム主人公らしくなってきたのう」
そう言って、ばしばし、と彼らの体を叩いてく。
その気になれば壁のシミにできる力があるが、あえて一般的な力で叩いて褒める。
叩いてほめて伸ばす。ごくまれに、そういう指導もするのだ。
「ええか、これがこの学校に入ったばかりのころのおんしらじゃ」
「ひ、ひいい! 教官、勘弁してくださいよ!」
「うわあ……オレ、最悪……」
「これはないな……改めてみると、ないな……」
黒板にマグネットで貼られていくのは、以前の彼らの写真だった。
なんかトレーニングジムみたいな話だが、実際肉体の変化は見た目からして如実なので効果的だった。
「おんしらはのう、このだらけきった体で『ハーレム主人公になりたい』とほざいちょったんじゃぞ」
割と常識的な突っ込みだったので、新入生全員が悶える。
確かにこんなぜい肉まみれの体で、女にモテたいと言っていたらまず鍛えろと言われるだろう。
「ええか……よう聞け。デブはデブじゃあ!」
シンプルゆえに、真理。
シンプルゆえに、重量級。
シンプルゆえに、セクハラだった。
「すげえ……セクハラだ」
「ああ、女子がいたらセクハラだ……」
「なんて男らしいセクハラなんだ……」
訴訟も辞さないという言葉があるが、この場合は訴訟を覚悟だろう。
国家権力や風潮に負けない、戦いを挑む姿勢は前時代的だった。
もちろん、まったく褒めていない。
「おんしら、この写真をよくみてみい! この体のどこに、女子が惚れこむ要素があるんじゃ!」
「ないですね」
「ないな」
「ないない」
もうすでに乗り越えた自分である。
だからこそ、生徒たちは全面的に賛同する。
もちろん体形の好みは人によるとは思うのだが、今の彼らはそんなことを考えていないわけで。
「ハーレム主人公いうんは、まずたくさんの女子に惚れられる、好かれる体にならにゃあならんのじゃあ!」
「ようやくマシな授業に……」
「他の全部はともかく、ここだけはまともだ……」
「苦労したかいに見合ってない気もするけどな……」
生徒たちと教官の心が一つになっていた。
思想が偏っているともいう。
「おんしら、こんな腹した女子が水着きとったらどう思う? こんなヒロインがイラストに描かれてたらどう思う? 攻略対象じゃったらどう思う?」
教官個人の感想です。
「可愛かったらありだけど、このリアルさは不要だな。やっぱりぜい肉は描いてほしくないな。とか思うじゃろうがい!」
拍手が起きたが、これも個人の感想です。
「ハーレム主人公もまたしかり……ええか、デブは個性ではない! 欠点じゃ!」
この教官は非常に偏った思想をもち、しかもそれを他人に押し付けているだけです。
多少の肥満があっても、それを理由に差別的な発言をしてはいけません。
心無い言葉が人を傷つけてしまい、人生に暗い影を落とすこともあるのです。
彼の言葉は、悪党がセクハラ発言をしている、程度だとご理解ください。
悪口は個性ではありません、欠点であり暴力的な行為であり、犯罪です。
決して推奨するものではありません。
「鏡に映った己の姿を、女子に変換せい! 自分じゃとおもわんだら、それこそナシじゃろうが!」
自分のことは棚に上げろと言っていた割には、自分を見つめろと言う。
まさにダブルスタンダードであった。
「ちゅうことで……ようやくみっともないからだから卒業したおんしらには、魔法の服をプレゼントじゃい」
やはり前時代的な学ランが、全員に手渡された。
それは布であるにもかかわらず、ずっしりと重かった。
「教官、これが魔法の服なんですか?! どんな効果があるんですか?」
「この服はのう、とても有名な効果があるんじゃ。何を隠そう、ワシの服にも同じ効果がある」
そう言って、自分の分厚い胸板を叩いた。
「重い!」
シンプルに、嫌な効果だった。魔法の要素が一切感じられない。
「それだけじゃないぞ、おんしらの鍛えた力を、抑え込む効果もあるんじゃあ」
重いだけではなく、着ていると弱体化する効果がある服。
なるほど、夢のような機能である。悪夢のような機能ともいう。
呪われた装備でさえ、普通はメリットとデメリットが同居しているが、これの場合はデメリットしかない。
「あの……いったい何のために?」
「なにを言うか。これも少し前に流行ったじゃろう?」
しかし、デメリットをあえて受け入れることで、素晴らしい『演出』になるのだと語る。
「『俺の力は強大過ぎるあまり、こうして封印していないと不便なのさ』『だが、この服をお前らが壊したことで、俺の力は解放された』『さっきまでの俺と思うなよ』をするためじゃ」
確かに流行りではある。少し前には、そういう流行もあったような気がする。
しかしそれは、ハーレム主人公ではないような気がする。
どっちかというと、ラスボスだ。
「強くなるごとに服の効果も強くしていくけえ、覚悟しとけよ」
そして、それを着るしかない新入生たちは思う。
もしかして、自分たちが知るラスボスも、こういう間抜けな流れで自分の力を封印していたのではないかと。