訓練
訓練が始まってから一ヶ月が経った。
午前中はみんな基礎訓練にあてられ、ランニングに始まり筋肉トレーニングや座学などが行われた。ステータスオープンで表示されるのはLVとスキル、称号なのだが「鑑定」スキルの上位スキル「神眼」で対象者を見ると様々な行為がステータスの値を上げる要因となりわずかながらだが値を上げる事ができる。モンスターを倒してLVアップをすれば急速にステータスの値があがるが、基礎値が高いほどLVアップ時のステータスの値の上昇率が変わるので強くなりたいならまず基礎値を上げてLVアップを行った方がいいというのがこの世界の常識だ。
食事を挟んでからの午後の訓練は個人個人にあった訓練を行う。
コウキは剣術スキルを伸ばす為に騎士団長のジェイドが教官となり、アカネは盾術を伸ばす為に国王護衛団の団長、レイナは魔術を伸ばす為に王国魔術団の団長、エミは封魔絵術の特性から絵を描く技術を上げる為に王国お抱えの絵画絵師に教えを受ける。
そんな中カエデは万能が故に突出したスキルではない
体術を鍛える為に様々な教官が一週間ごとに変わって訓練を行う。様々な体の動かし方を理解し、体得する為に剣はもちろんのこと槍や弓、さらには無手による格闘術を訓練していく。体術スキルをLV10まで育てあげれば剣術や、槍術、弓術に無手格闘術などのLV6のスキルを獲得していると事に該当する。器用貧乏なスキルではあるがあらゆる状況下において有用なスキルが体術なのだ。
「はっ!うりゃっ!てやっ!」
「くっ!っ!ふっ!」
コウキが木剣を振り回しているのに対し無手なカエデはギリギリでそれをかわしている。
「そこまで!!」
「はぁはぁ…くそっ!なんでっ当たらないんだっ!?」
「ふむ…まだ勇者様方はまだモンスターを倒すなどの事をしてないのでLVやスキルLVが上がっておりません。なので純粋なステータス勝負の状態なのでカエデ殿の素早さを表すAGLがコウキ殿より高いという事だと思われます。避けに集中すればコウキ殿の攻撃は当たらない…といった所です。」
「はぁはぁ…といっても避けるのだけで精一杯なんだけどね…」
「ちっ…」
「ちなみに本格的にLVが上がったとしてもLVが全てではありません。LV50の者とLV40の者が戦いLV40の者が勝利するなんてこともざらにあります。さて…どういった事だと思いますか?」
「は?マジかよ?…やっぱLVアップ時の補正ってやつか?」
「正解です。午前に行なっている補正値を上げる訓練や勉学…補正値を上げている者程LVアップ時の上昇値が高くなるのでLV40の者が勝つ事が出来るのです。他には思い浮かびますか?」
「…スキルとかステータスの構成の相性とかですかね?」
「その通りです。LVやステータスの差が大して無ければ遠距離の状態であれば弓術や魔術などのスキル、近距離であれば剣術や槍術などのスキルが有利になってきます。」
「…LVやステータスに極端な差があればスキルの構成を覆す事が出来るってことですか?」
「そうです。少し実演してみましょうか…カエデ殿 弓は扱えますかな?」
「え?あぁ 一応習いましたよ。まだ動かない的にギリギリ当たるかどうかってところですけど…」
「十分です。」
ジェイドは訓練用の武器の中から弓を手に取りカエデに渡すと訓練用の木剣を持ってカエデから20メートル程離れた場所へと移動した。
肩の力は抜かれ少しばかり普段のジェイドより首が長く見える。両膝は軽く曲げられている程度、両腕はダラリと垂らし木剣はベルトに無理やり差し込まれている。まだ訓練を始めて一ヶ月のカエデとコウキにその姿はスキだらけのように見えた。
「さぁ 弓で私を射ってみて下さい。私はカエデ殿が矢を放ってからのみ動きだします。」
「えぇっ!?」
「大丈夫です。カエデ殿は人に当てるという事に恐らくまだ抵抗があるのでしょうが万が一にも当たる事はありません。」
「いやいやいや!本気ですか!?」
「流石に俺もこれには引くわ…まぁやってやれよ ジェイドが良いって言ってるんだし…」
「てめぇ…人事だと思いやがって…」
「カエデ殿が眉間でも心臓でも当てやすいと思う所を狙ってもらって結構です。」
「くそっ…まじかよ…」
カエデはため息を吐いた後改めて弓に矢をつがえて息をゆっくりと吸いながら弦を引いて構える。息を吸い切るまでの間に胸部へと狙いを付けて「ふっ!」と息を吐くと同時に弓から手を引いた。
「なっ…!?」
「はぁ!?」
集中してジェイドの様子を見ていたカエデとコウキには矢が放たれた瞬間ジェイドが消えて見えた。次にジェイドを視認したのはカエデが風を感じた後だった。カエデの背後で左手で放たれた弓を掴み右手の木剣をカエデの首筋寸前で止めているジェイドの姿だ。ジェイドが姿勢を戻し2人に微笑む。
「…と まぁこれがLVやステータスの差です。おわかりいただけましたか?」
「へ…?あ、あぁ…よくわかった…というかよくわからんというか…」
「LV差があると相手が見失う程の速さで動くことになるんですね…ジェイドさんってLVいくつあるんですか?」
「私のLVは123です。」
「はぁっ!?123!?」
コウキの口から唾が飛沫を上げる。
(う〜ん、きたない。…というか多分LV123ってかなり高いよな?ジェイドさんがこの国の最強の騎士って姫さまも言ってたし講義でも一般市民はLV一桁が普通で冒険者でもLV80代が大半って言ってたし…)
「LV123ってかなり高LVだと思うんですがそれでも魔王は倒せないんですか?」
「…残念ながらそうだと思います。」
「思う…?」
「実は基本的にLVやスキルというのは人に言わないのが普通なんです。」
「おいおい!なんだよそれ!俺たちジェイドにLVやスキルを教えてるじゃねぇか!」
「はい…今回は勇者様方には魔王討伐という使命があるので少しでも早く強くなってもらう為にステータスの内容をお聞きしました。…他人のステータスを知るには自ら申告してもらうか人のステータスの内容を確認する神眼という特殊なスキルが必要となります。しかしこのスキルを持つ者は非常に限られてますし世界会議などでこのスキルを持つものが会場に入るのはマナー違反となるので魔王のLVやスキルが一体どれ程なのか分からないのです。」
「ん?じゃあもしかしたら倒せるかもって事になりませんか?」
「……私は王国最強の騎士…ではありますが最強の者ではないのです。」
「「……?」」
「私のLVは確かに123ですが現在冒険者として活躍されているトップクラスの方達はLV140代だと聞き及んでおります。」
「なっ…!?で、でもそいつらがLVを多く申告してる可能性ってあるんじゃないのか?だって人のLVやスキルは基本分からないんだろ?」
「いえ…冒険者ギルドは数人の神眼スキルの持ち主を抱えているようですし、それまでの仕事内容とLVに応じて紹介する仕事の難易度なども変わるようなので自分を誇示する為にLVなどを多く申告する事は自分の命の危険にも繋がって来ますので恐らく本当のLVだと思います。そしてこのトップクラスの冒険者複数人が適切で入念な下準備を行なってなんとか倒す事が出来るモンスターというのがウヨウヨしているのが魔王の統治する領域なのです。恐らくそんな中で暮らしている魔族ですからLV180程が基準と考えて魔王はさらにその上…そうなると所詮ただの騎士の私には力不足…勇者様方のような特別な力が必要なのです。」
「へへっ…特別な…か。あぁ〜くそっ!先が思いやられるぜ!!」
コウキがニヤニヤと不気味な微笑みを見せながら頭をかく
(LV123が最強の国とLV180がゴロゴロしてる国が戦争…?なんでこの国はまだ無事なんだ…?」
「勇者様方には是非とも人類の到達点と言わないまでもLV200を目指して頂きたいと思っております。」
「人類の到達点…?」
「人類の到達点とは1000年程前にいたとされる伝説の冒険者…ターニャ・オルスの通り名ですね。彼女はなんとLV347までいったと言われております。」
「「…はぁ?」」
カエデとコウキは間抜けな声を上げる
「ふふ…まぁその反応は分からなくもありません。彼女はなんでもその当時に密かに世界中に根を広げようとしていた邪教集団を討伐し、その過程でLVを上げていったとされてます。そしてその邪教集団を倒した後は冒険者をしながら後進の冒険者達の為にあらゆる戦闘術を伝授しました。なんでも彼女は全ての武具のスキルを持っていてどんな武具も使いこなしていたと言われています。そして弟子の中から剣術や盾術、槍術や弓術のスキルを持つ者に技術を伝授し、その弟子達が更にその技を磨いて特化させていったもの…それが今勇者様方に教えているオルス流剣術やオルス流盾術などです。恐らく今この世界の使われている戦闘術の九割以上がオルス流だと思いますよ。」
「すごいな…そんな人がいたのか…」
「へへっ…おもしれぇ!なんなら俺がその人類の到達点とやらを超えてやろうじゃねぇか!」
「おぉ!そうです!その意気です!では早速剣術の修行にもどりましょうか!!」
「げっ…あ、あぁ」
そういってコウキとジェイドがカエデから離れていった
「ヒッヒッヒッ…そうは言うてもターニャ様が1番得意とされたのは無手の格闘術なんじゃがな」
2人を見送ったカエデの後ろから現れたのはカエデにオルス流無手格闘術を教えている老婆だ。
「そうなんですか?」
「なんでもLV347にもなると下手な武器より己の体の方が頑丈で攻撃力も高かったそうじゃ」
「なるほど…」
「さて…じゃあワシらも訓練といこうかの。今日中に基本の三連撃を覚えてもらうぞぃ」
そういって2人は構えて対峙した
「つー…身体中いてぇわ…」
今日の鍛錬が終了しカエデは自室へと歩いていた。
「あ、カエデさん!おつかれさまです!」
「ん?あぁエミか おつかれさま」
カエデの後ろから声がかけられエミが駆け寄ってくる。
(マジでオアシスちゃんは癒しだなぁ…」
カエデの中ではエミの事をオアシスちゃんと呼んでいる。理由はこの子が普通オブ普通 瓶底眼鏡を外したら実は美少女!…なんて事もなく普通の容姿をしており喋り方なども他の勇者達と比べても普通。性格も普通。とにかく普通なのだ。だが慣れない異世界生活のなかでそんな普通の存在がカエデにとっては癒しとなっていた。
2人は自室までの間今日の訓練の話に花を咲かせた。そしてエミが何か言いたそうな顔をして顔を伏せた。
「…どうかした?」
「…実は近いうちに法国ザイオンに行って本格的に封魔絵術の訓練に入る事が決まりました。」
「えっ!?そ、そんな…オアシスちゃんがいなくなるなんて…」
「へ?…オアシスちゃん?」
「あ…実は…」
「ふふっ…何ですかそれ?まぁ悪い気はしないですけど」
カエデはエミの事を普通オブ普通と思っていることは言わずに異世界における唯一のマトモな知り合いで自分にとって落ち着ける存在だからオアシスちゃんと心の中で呼んでいたと説明しなんとか事なきを得た。
「確かに先輩達はキャラが濃ゆいですけどアカネ先輩もレナ先輩もいい人ですよ?」
「ん?コウキは?」
「あー…まぁ、なんというかですね…あんまり…いい人ではないですよね…」
「だよなぁ?つーか俺明らかに目の敵にされてるよね?」
「ですね…流石に直接危害を加えてくるような事はないと思いますけど気を付けて下さいね?」
「あぁ気を付けておくよ。ところでそのザイオンって国にはどのくらい滞在する予定なんだ?」
「それなんですがジェイドさんもお姫さまも全然予想がつかないらしいんですよね…なんでも封魔絵術ってスキルはザイオンが独占というか管理しているスキルで詳しい使い方も訓練内容も分からないらしくてどの位の修行期間が必要かも分からないらしいんです。」
「まじか…って事はもしかしたらエミが戻ってくる頃には俺はこの城を出てるかもしれないな…」
「え?カエデさん魔王退治についてきてくれないんですか?」
「いやいや…ジェイドさんも言ってたけど俺は勇者じゃないから魔王との戦いになんてとてもじゃないけど参戦出来ないよ…」
「そうですか…あ、じゃあ魔王を倒した後の勇者送還スキルを持っている人を探すのは一緒に探してくれるんですよね?」
勇者送還スキル…勇者を元の世界に送還するスキル。クリスティーナによって勇者召喚されたエミ達はもちろん元の世界に帰る手段をクリスティーナに聞いている。残念ながらクリスティーナが持っているのは勇者召喚スキルであって勇者送還スキルはもっていない。その為ワドニア王国との約束で魔王を討伐後にはワドニア王国が勇者送還スキルを持つ者を国を挙げての捜索を行う事になっている。その際にはエミ達も旅をしながら勇者送還スキルを持つものを探しに行く…という流れになっていた。
「あ、あぁ…魔王を倒したとなれば世界中話題になるだろうから俺の耳にも入ると思うしその時は戻ってきて(俺は帰れないけど)協力するよ」
「わかりました。はぁ…早く魔王を倒して帰らないと親も心配してるだろうし授業にも遅れるし受験にも不利になっちゃいますからね!頑張りますよー!」
エミは両手を握り鼻息をフンッとならして気合をいれ、カエデは微笑みながらそれを見ていた。
ギリギリ
しかしその2人の仲良さげな様子を壁際から歯ぎしりを鳴らしながら睨みつける者がいた……