15.予感と哀愁 ダレカ
予感と哀愁
ダレカは先ほど『貰った』医師の姿で街をぶらぶらと歩いていた。
頭の中では医師の記憶を弄ぶ。その中には良く分からない薬品や見た事もなかった病状の人間が多くいた。ダレカは人の記憶を知る事が出来ても自らの血肉には出来なかった。ダレカは宝の持ち腐れだ、自嘲気味にそう思いながらも医師ジョンの記憶の中を泳いで行く。
そうして最近の記憶の中にジュディーを診療しているものがあった。ジョンはあの内装が質素なお屋敷に出向き、診察していた。その中のジュディーも咳が止まらず、痩せた体が折れそうな程に酷い咳をしていた。病院で聞いた通り、ジュディーの熱は高く、一見、風邪にも見えるがその症状は続いた。そうして、ジョンは今までのジュディー以外の人々の症状からジュディーもまた不治の病と診断した。
ジョンの記憶の中には女と酒に狂乱しているのもあったが、真面目に研究はしていた様だ。
ダレカが注目したのはジュディーと似た症状の少年を看取った記憶だった。その少年もジュディーと同じような症状から始まり、食欲不全と寝たきりの障害でついには自らの足で立てなくなっていた。その少年の家は裕福とは言えず、先生が金を出して、見てあげていた様だ。しかし、それは建前上の事で、先生はその少年をモルモットとしてしか見てなかった。その少年は徐々に弱っていき、血を吐く様になった。医師はその血から見いだせるモノがないか調べていた。研究が一向に進まないある朝、少年は自ら吐いた血を吐き出せずに死んでしまった。ベットには苦しんだ跡があって、そのベットの荒れようは寝たきりの動けない人間によるものとは思えない程だった。
ダレカは記憶の波からは逃れらない事を知りつつも、顔を振ってその死にざまを振り払おうとした。だが、苦しみに歪んだ顔の少年は瞼から離れようとはしなかった。立ち止まったダレカは顔を覆い、ジョンの別の記憶を探した。ダレカが急に止まった所為か、ダレカの背中の方から悪態が飛ぶ。何も聞こえないダレカはジョンがメスで開いていく腹の中や傷口ばかりが強い記憶としてフラッシュバックする。ダレカは医師ジョンの神経を疑った。これらの記憶を持ちながらどうして自然としていられるのだ。ダレカは見たこともなかった臓器のテラテラとした具合や、苦しみにあえぐ患者の表情、医師ジョンはそれを当然の様に診ていた。
ダレカは一気に訪れたそれらに耐えられず、路上に吐いてしまった。ジョンが食べたのはトマトのパスタだったのか、オレンジ色の液体の中にうじむじの様にうねっているパスタが地面に広がった。
ああ、俺は食ったものまで同じなのか。ダレカは重い記憶から逃れて冷静になった頭でそう思った。
「うわっ、ジョン先生! どうしたってんです」
「あはは! どうしたよ」
ダレカの耳には心配する声から野次馬の茶化す声が聞こえた。吐しゃ物で汚れた口とは裏腹にダレカの脳内はすっきりしてた。そして、医師の姿が余りにも目立つことに今更気付いた。
ダレカは心配する人から逃げるようにして、ダレカを囲むように出来た輪を崩した。退かす相手の皮膚に触らない様注意して、路地の方へ駆けて行った。
そして、再び道の角で人にぶつかって他人の体を『借りた』。
そうしてすっきりとした所で先生のいる隠れ家に向かった。日は夕暮れ時で、ダレカの歩みは何かを決意した様に力強く、しっかりと地面を掴んでいた。
隠れ家の廃墟に着くと、以外にも先生は起き上がってちびたタバコをふかしていた。割れた窓のガラスからオレンジ色の柔らかな夕日が先生の手元に差していた。
「先生、起きていたんですか。珍しいですね」
「ああ、ダレカか」
「どうしたんです? 柄にもなく黄昏ているようですが」
「ダレカ、今日は何日だ?」
「……先生。どうされたんです?」
ダレカが先生と出会って一年立たないが、今日が何日だとか一切気にしなかった。二人にあったのは夜か、昼かだった。そしてダレカは普段と違って落ち着いている先生を見て嫌な予感がした。まるで、嵐の前の静けさの様な、覚悟を目の前にした様な表情だった。
そして先生に今日の日付を伝えると小さくそうか、と言ってタバコの火を消してしまった。しばらくした後に先生は今日は仕事は休みだ、と言ってどこへ行くか言わずに部屋から出ていってしまった。
ダレカはいつもとは雰囲気の違う先生を見て、別れが近い事を感じた。部屋を出ていく時の先生の表情は、あの女性によく似ていた。その日、ダレカは日が暮れるまで誰かの家から出る事が出来なかった。
「悩んでも仕方ない」
俺は植物なんだ。人じゃないんだ。そうダレカは心の中で続けてジュディーの元へ足を運び始めた。
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