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なぁ?ウィリアムズ  作者: サミシ・ガリー
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9.動揺と殺伐 サトシ

動揺と殺伐



「え?」


 一時の沈黙を破ったのは、サトシの左横にいるリカの声だった。その声で一同の硬直が溶けた。コウは叫び声を上げたのがヒトミだと分かると「大丈夫ですか!?」と聞いた。サトシは場を確認するために立ち上がって部屋の明かりを付けた。四人は闇鍋の惨状を見るより先にヒッキーが居るであろう場所に目をやった。

 そこには口から泡を吹いたヒッキーがサトシの足元に転がっていた。目は大きく見開かれ、口は苦しみを表すかのように大きくゆがんでいる。サトシは唖然としてしまった。サトシは誰かに説明を求めるかのようにそれぞれに視線をやったが、皆ヒッキーに注視していて誰もしゃべらない。そしてサトシはもう一度ヒッキーを見て言った。


「……ひ、ヒッキー先輩?」


 サトシに質問されたヒッキーは、口からよだれが垂れるだけで瞬きすらしない。コウはそれを見て、動かないヒッキーに駆け寄った。


「ヒッキー! おいっ、どうした! 返事しろ!」


 コウはヒッキーの肩を揺らすが反応はなく、首がガクガクと動く姿はまるで人形の様だった。それを見たリカは「ひっ」と声を上げて膝を抱える。コウは「クソッ」と言ってヒッキーの首に指をそえた。しばらくそうしていたが、コウは納得出来ないのか指圧を加え直す。

 サトシは不思議なほど冷静だった。言うなれば他人事の様でもあった。サトシは自分の部屋でこんなことが起きている、とただそれだけしか考えられなかった。そして、コウはついに指を離し、額に汗をにじませて言った。


「死んでる」


 コウのその言葉に皆固まってしまった。先ほどまで声を上げて笑い合っていたヒッキーが死んだ。一瞬の出来事に何が起きたかの原因究明なんてできない。先ほどまで闇鍋を楽しんでいた、その空気は一変してしまった。四人は誰が何を言うのか、そして自分は何を言えばいいのか分からなった。

 その事実から逃れるかの様にサトシはヒッキーの垂らすよだれに不快感を感じていた。元々汚い部屋ではあったもの自分のテリトリーを侵されている。そんな気がしたサトシはテレビ台に置いてあったティッシュを取ってヒッキーのよだれを拭いた。それを誰も一言も言わず、見ていた。六畳間に『四人』も居るのに、時計の針が一秒宇を知らせる音だけが響いていた。

 床も拭きおわったサトシはゴミ箱にティッシュを放り投げて再び現実と向き合った。皆何故かサトシを見ている。サトシは視線の対象を他に映したいと思い、言葉を探し、唇を湿らせた。


「……な、なにが起きたの?」


 無実を訴える被告人の様な気を味わっていたサトシは不快な汗をわきににじませて言った。コウは項垂れるヒッキーを震える手で床に置いた。そして、ヒトミに向き言葉を掛けた。


「ヒトミさん、大丈夫ですか?」


 ヒトミは震えながら左手を抱えていた。そうして顔を上げてコウを見つめると小さく頷いた。

 サトシは呆然とそれを見ていたが、リカの事を思い出してコウのそれを復唱した。リカは小さくなって動かない。コウはサトシに向き合うと震え声で言った。


「……サトシ、お前、鍋に変なもん入れてないよな?」


「い、入れてない……」


 コウは確認する様にサトシを一線に見つめた。サトシはいつ作ったか分からないカレーを入れたなんて口が裂けても言うことが出来ない。そうして気まずさも相まってコウの視線からサトシは逸らしてしまった。

 そしてコウは「そうか」と短く答えた。サトシはコウのその一言はどんな意味が含まれているのか分からなかった。それは、疑いを深めた返答だったのか、信用の返答だったのか、サトシの頭の中に言葉が渦巻く。その思考は消極的に考えては、それを否定するイタチごっごが始まっていた。

 コウは硬直した状況を打開したかったのか、タバコを取り出した。そして「ごめん」と一言だけ言って、火をつけた。コウが吐き出した白い煙はふわっと唇から飛び出して辺りに霧散していった。そうして天井を仰いでため息をつき、口を開いた。


「……どうする?」


 コウは皆のこんがらがった思考に答えを出した。そして、小林さんは膝を抱きながら、

「どうするって、救急車……と、警察……?」


 その言葉に皆ビクッと動いてしまう。体は正直だった。普段気にも止めないその二つの言葉は今の四人にとっては触れたくない言葉だった。コウはその言葉に苦い顔をしていた。ヒトミは左手を抱えたままだ。サトシは他を観察するだけで、思考は停止していた。


「……こんな事言いたくないけど、そうなったら俺たちどうなるんだ?」コウは口を一旦開いて、そして言う事を決心したのか、重々しく言った。

「……警察に事情聴取を受ける、か」


 コウのその言葉は四人にある一つの疑問が浮かび上がった。そして、戦慄した。つまり、今日、この部屋、このメンバーの中に、ヒッキーを殺してしまった人物が居るということだ。

 その思考までたどり着いた四人は呼吸を浅くする努力をし始めた。再び時計の秒針がカチコチと響く音だけになる。コウはタバコの灰を自分の取り皿に落として再びタバコを口に運ぶ。サトシは取り皿に灰が落ちようと今はどうでも良くなっていた。そしてコウのタバコの臭いも鍋の不快な臭いも三人は気にする余裕がなかった。


「……え、と電話する?」


 サトシは携帯を取り出して確認する様に他を見渡した。するとコウはタバコの火を消して言った。


「……いや、少し考えよう」


「何を考えるって言うの!? 早く電話しようよ!」リカは震え声で叫ぶ。


「明日はヒトミさんたちと卒業旅行だろ!」


「何言ってんの!? こんな状態で行けるわけないじゃん!」


「こんな時にもヒトミさんか……」サトシは思わずそう言ってしまった。


「……ああ、そうだ。何が悪い。サトシ、お前今日の主催だろ? ヒッキーになんかやったんじゃねーのか! せっかく誘ってやってんのに今回の鍋パだって乗り気じゃなかったしよ! サークルひがんでやったんじゃねーだろうな!」コウはサトシに痛い所を刺されて、逆上してまくりたてた。


「待てよ! お前言ってる事矛盾してるぞ! 俺はやりたくなかったんだ、それなのに押しかけて来たのはお前だろ! どうして俺がヒッキーに恨みを持ってんだよ! 誰が来るかわかんねぇのに! 大体サークルなんてお前に誘われる時以外は参加してねぇよ! そんな俺がどうしてヒッキーを妬むんだ!」サトシも熱くなって言い返した。


「はぁ!? どうせ誰でも良かったんじゃねぇのか!? 言い訳が薄っぺらいんだよ! てめぇ以外に誰がヒッキーをぶっ殺すんだ!」


「もうやめて!」コウとサトシが言い合うのをリカは止めた。しかしコウの興奮は収まらずにリカに言う。


「小林さん、あんただって容疑者の一人なんだぞ? ヒトミさんは内定決まってるし、今回のせいでそれが無くなるかもしれないんだぞ。俺たちだってそうだ。これから就活だってのに。それにヒッキーは小林さんの入れたみかんを食べてるんだ、一番怪しまれるのは小林さんかもしれない」


 コウのその言葉にリカは押し黙ってしまい、目に涙をため始めた。


「コウ! お前って奴はどこまでクソなんだ! 小林さんに殺意はないはずだ! 推測だけでそんな事言うな! それにお前だってうまい棒入れてんじゃねぇか!」


「サトシ、推測じゃない、俺は事実を述べてるだけだ! 静岡に居るお前の家族は相当慌てるだろうよ! お前んちでやってんだからお前も怪しまれるだろうな。しかもどうだ? 容疑者にでもなってみろ、大学でだって噂でもう居られねぇよ! つーか退学だろ! それにうまい棒は既製品だ、ボケ!」


「じゃあどうするってんだ! 埋めるってか? 死体を遺棄することだって犯罪だ! しばらく上手く隠せたってそれが発覚したらどのタイミングでも終わりだろ!」


 コウとサトシは言い合いが平行線になっていることにも気づかずに喚き合った。そして互いに手を出しそうになったところでリカが口を開いた。


「……コウ君がこの鍋会の企画者でしょ? サトシ君の家に押しかけたのも変だよ。何か理由があったんじゃないの?」


 サトシはその言葉に納得して、コウを逆なですることなく黙ってコウの言葉を待った。コウはしばらくの間、苦い顔をした。そしてドカッと座り込んでタバコを取り出して火を付けて、ふぅーっと煙を吐き出した。

 サトシにはそれが白旗を振っている様にも見えた。そしてサトシはコウが何かを隠していることに気付いていた。何か訳があるのだ、と。ヒトミに会いたかっただけなら、本人の前で吐露していたので、そう言えば良いのだ。他の意図がある、そう感じたサトシは頭に上っていた血が元に戻っていく。そしてサトシは同時に冷静にならなくてはならないことに気付いた。なぜならコウがヒッキーを殺したとしたら、何をしでかすか分からないのだ。







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