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シリーズの二作目です。
未読の方は、『めざせ、いちばんっ!』の方を読んでからの方がわかりやすいかと思います。
葛木奈央の心中は、複雑極まりなかった。と言うか、ムカついてたまらなかった。
何だって、こんなことをしなければならないのか、と、苛々しながら視線を巡らす。その途端、諸悪の根源と目が合ってしまい、更に腹が立つ。
こんなにも奈央が苛ついている要因。
それは、桜井健太だ。
大親友、沢城亜紀の幼馴染であり、亜紀に想いを寄せてストーカー行為を働く不届き者(奈央の誤解を多大に含む)である。傍から見れば、眉目秀麗、頭脳明晰、先生からの信頼もあり、高校の時には生徒会長までこなした優等生。今は、名門と呼ばれる大学に通っている、他人から見れば、非の打ち所のない男だろう。
事実、かなりの割合で校内の女子生徒から好意を寄せられていたらしいこと、そして、今もそうだということは、奈央もよくわかっていた。健太の正体を知る奈央としては、何て悪趣味な、と諭して廻りたい気分ではあったが。
とにかく、奈央には気に入らない相手であることに間違いはない。言うなれば、天敵みたいなものだ。
しかも、亜紀がそいつを全面的に信用しているらしいのも、気に入らない。そんなこと、あっていいはずがない。
……そのうえ、そいつが。
奈央のこよなく愛するミュージシャンである《DARK BLUE》の後輩として、彼らの所属する事務所、SKプロモーションからデビューが決まっているなんてことが、現実として存在するのが許せない。
大体、学業優秀で生徒会長までこなした男が、アイドルとしてデビューすることに何の疑問も感じていないのか、問い詰めてやりたい気分でいっぱいだった。
そうは言っても、問い詰めたところで、何かが変わるとは思えない。健太の考えていることなんて、どうせ、ひとつに決まっている。
理由は至って簡単。たったひとつ。亜紀が、そこにいるからだ。
奈央と一緒に、亜紀が《DARK BLUE》を追っかけているから。健太はそれに対抗しようとしたに決まっている。そうとしか考えられない。
そこまで考えて、奈央は更にむかむかして来た。
そもそもの事の起こりは、ついこの前まで展開されていた、《DARK BLUE》の全国ツアーなのだ。
《DARK BLUE》の追っかけである奈央は、有無を言わさず同じ道に引きずり込んだ親友の亜紀と一緒に、そのツアーについて回っていた。そこで起きたのが、忌まわしくも呪わしい桜井健太の大暴走。
詳しいことは思い返すのも癪だが、事もあろうに、健太は《DARK BLUE》のお二人に対して、喧嘩を吹っかけたのである。
(あいつが海斗たちに勝てるわけがないのに! はっきり言って、《DARK BLUE》に対する冒涜だわ!)
奈央にしてみれば、桜井健太の分際で生意気な、と憤慨したできごとではあった。だが、当の《DARK BLUE》のお二人はと言うと、何故か、それを面白がって大乗り気になってしまい。
それが、今の状況のきっかけと言えば、きっかけだったのだ。
健太にとっては、至極当然な理屈。亜紀を巡り、勝負を挑んで来た健太に対して、彼らは、自分たちと同じ場所に立てたら受けて立ってやる、と言ったのだ。そして、その言葉を健太が忠実に実行したことによって、こんな状況が出来上がっているのである。
……ありえない。
こんなこと、本当だったらありえるはずが、ないのに。
「……はあ」
だらしなく床に座り込んでいた奈央は溜め息をついて、膝を抱え込む。
床に直接座り込むのはあまり行儀がいいとは言えなかったが、他に座る場所がないのだから仕方がなかった。
「奈央?」
声と共に不意に覗き込まれて、奈央は驚いてその相手を振り仰いだ。
そこにいたのは、親友の亜紀だ。奈央にとっては、彼女以上に大事な友だちなんていなかった。それは、奈央の中で一番大切な事実で、亜紀を誰にも渡したくなかった。それが、亜紀に想いを寄せる不届きな男(桜井健太筆頭)であれば、尚更だった。
「亜紀」
「ひょっとして、疲れちゃった? けっこう、時間、かかっているもんね」
少し溜め息混じりに言う亜紀の口調には、ほんの少し疲労がにじみ出ている。
かなり朝早くから、ずっとここにいるのだ。退屈なのもそうだし、何しろ、ここは冷えて仕方がない。だだっ広いせいもあるのだろうが、どうにも落ち着かないのである。
場所柄も考えて、あったかくしておく必要はあるだろうと見越してはいた。それなりの格好では来たつもりだ。それに、そういう準備もして来た。
けれど、やっぱり、冷えるものは冷えるし、寒くなって来てしまうのは無理のないことだった。
だが、その程度のことは、奈央にとってはたいした問題ではない。
亜紀と一緒にいればそんなことは感じないし、そもそも、こういうスタジオで長時間待っているのは、別に初めてのことではないからだ。
だから、慣れないことに疲れ気味の亜紀に向かって笑って見せたのは、強がりでも何でもなかった。
「ううん、大丈夫! こんなの、慣れっこだもん」
……そりゃ、そうだろう、と自分では思う。
まだ経験の浅い亜紀は慣れていないかもしれないが、奈央にとっては慣れっこのことだった。
担当のタレントの仕事が終わるのを待つのは、追っかけの基本中の基本だ。雨が降ろうが風が吹こうが、相手を待ち続ける根性があってこそ、追っかけができるのである。その根性がなければ、追っかけなんかできるはずがない。言い換えれば、それだけの根性がないなら追っかけなんぞやめちまえ、ということだ。
とは言っても、そういうことは好きな相手だからこそできる芸当であって、どうでもいい相手に我慢できるはずがない。これが、《DARK BLUE》のマネージャーからの頼みでなければ、最初の五分で帰っているだろう。いや、まかり間違っても引き受けているはずがない。
《DARK BLUE》のマネージャーからの頼みごとは、すなわち、《DARK BLUE》からの頼みごと。とも受け取れるからだ。そうでなければ、誰が好き好んでこんなことをしたいと思うのか。
今現在、奈央と亜紀がいるのは、大きな撮影スタジオだった。
どんな陰謀がそこで繰り広げられたのかは知らないが、着々と進む、健太のデビュー・プロジェクト。その一環で、全国のショップで展開するプロモーション・ビデオの撮影中なのである。
その撮影に、二人はファン協力として参加することになっているのだった。
もちろん、ファン協力をするために集められているのは彼女たちだけではないけれど、健太本人と面識のある二人は、本人の希望もあって、先にスタジオに入ることを許可されているという特別待遇だった。
奈央にしてみれば、健太なんぞどうでもいいし、人気が出ようが出まいが知ったことではない。むしろ失敗してしまえくらいの勢いだ。そのデビューに際して、ファンとしてサクラをしなければならないことは腹立たしくてたまらない。
本音を言えば、ファン協力なんてしたくもないし、健太の撮影なんか見たくもないのだが、愛する《DARK BLUE》からの頼みだし(都合よくそう解釈しておくことにした)、亜紀が可愛くお願いして来るし、そうであれば断れるはずもない。
何にせよ、利用できるものは全て利用するのも、追っかけの鉄則だ。
健太へのファン協力をすることで《DARK BLUE》に近づけるのなら、それはそれで、あんなヤツでも役に立ったということだ。感謝しろと思う。
そう思うことで、懸命に自分を納得させようとしていた奈央の耳に、聞き覚えのある声が滑り込んで来た。




