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第10話 新記録達成を阻む者を制圧か

「新記録まで、あと2分や······」


「そうですね。財前君も山本さんも出ていく気配がないから新記録達成は確実です」


 杉野と神酒は、接客用カウンターのレジに腰を屈めて隠れながら、計量機に横付けして止まっているカローラフィールダーを見つめた。


「ところで、店長。新記録達成したら何か良いことあるんですか?」


「そうやなあ。なんもないなあ」


「なんやそれ!」


 神酒は呆れて、杉野の横顔を見つめた。杉野は神酒に顔を向けるとニヤリとした。神酒は、かぶりを振ると再び計量機のカローラフィールダーに目をやった。


「あっ!」


 突然、神酒が大きな声をあげて立ち上がった。杉野が神酒の大声に驚いたことで、彼の黒縁丸メガネが大きく左に傾いた。


「神酒ちゃん、いきなり大声を出してどうしたんや!」


「店長、あれ······」


 神酒はカローラフィールダーを指さした。すると、そこにはピットにいたはずの山本がカローラフィールダーに給油していた。それを見た杉野は勢いよく立ち上がった。あまりにも勢いよく立ち上がったため、杉野のズレていた黒縁丸メガネが定位置に戻った。


「なんで、山本君が接客しとるんや。新記録達成できへんかったやん!」


 杉野はショックを受けて接客カウンターのイスに座り込んでしまった。


「山本さんが接客してるのを見るのは何年ぶりやろ······」


 神酒は制服の胸ポケットからスマホを取り出すと、気持ち悪いほどの営業スマイルで接客している山本を写した。


「神酒ちゃん、あんなもん撮ったらスマホが呪われるで!」


「山本さんのレア画像をグループメールでみんなに送ったらお祓いしときますよ!」


「ちょ、待てや! グループメールって、もしかして僕も入っとるんか?」


 神酒は杉野に顔を向けるとニコリと笑みを浮かべた。


「もちろんです」


「あかん! それはあかんで! うちの店のグループメールに送ったら店が倒産してまうわ!」


 杉野は目を見開き、慌てふためいた。


「店長、それは山本さんに対して失礼ですよ。あんな山本さんだけど、店長は長年一緒に仕事をしてきた仲間ですよね?」


 杉野に神酒の言葉は届いていないようだった。杉野はスマホの画面を慌ただしくタップすると、安堵のため息をついた。


「よっしゃ。店のグループメールから脱退したで」


 杉野は満足そうな笑みを浮かべたが、なぜか黒縁丸メガネのレンズが曇っていた。


「店長! 店のトップがグループメールを脱退したら業務連絡とかどうするんですか!」


 神酒が呆れながら言うと、杉野は黒縁丸メガネを曇らせたままニヤリとした。


 そのとき、突然、山本が店内に入ってきた。山本の給油によって、男性客が乗ったカローラフィールダーは、いつのまにか店から去っていた。


「おう、山ちゃんが給油作業なんて珍しいやんか!」


 杉野が黒縁丸メガネのレンズをハンカチで拭きながら山本を迎えた。山本は、杉野の顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。両目がアーチ状の線みたいに細くなった。


「はい。久しぶりに給油作業をしました。僕は、もともとピット作業が好きでガソリンスタンドに入社したので給油作業は滅多にしないんですが、今日は新人君が入ったということで僕も初心に帰ってやってみたんです。そういえば、カローラフィールダーのお客さんからオンラインゲームに誘われたんですが、僕は別のファンタジー系ロールプレイングゲームをしているので断ったんです。僕が遊んでいるゲームは『スシヤ』という名前のゲームなんですけど、いまレベル58でベニショウガ高原をさまよっていまして、そこに現れるオッサンバッファローがめちゃくちゃ強くて。あ、強いといえば、怪獣ピッピーは意外と······」


「そこまでだ、山ちゃん」


 機関銃のように一方的に話し始めた山本を、杉野は一言で制した。山本は笑顔を浮かべたまま沈黙した。

 神酒は、山本を不思議そうに見つめた。

 一方的に話し始めた山本が、いつも杉野の一言で“制圧”されてしまうのが不思議で仕方がなかった。

 杉野は拭き終えた黒縁丸メガネをかけると、山本をじっと見つめた。


「じゃあ、山ちゃん。もうすぐオイル交換のお客さんが来店するからピットで準備しとってくれるか?」


「はい。もちろんです。オイル交換の楽しさは······」


「そこまでだ、山ちゃん」


 山本は、杉野の一言で“制圧”されると、満面の笑みを浮かべたままピットへ向かった。神酒は、無言のまま山本の背中を見送った。


「あー、やれやれ。山ちゃんのせいで新記録達成できへんかったわ」


「というか、店長。そういうゲーム、もうやめませんか?」


 神酒の言葉に、杉野が彼女に顔を近づけた。


「それはできへんな。ガソリンスタンドに給油しに来といて運転席でゲームに没頭しとるヤツなど待たせてやればいいんや」


 杉野の言葉に、神酒は納得して笑顔を見せた。


「そうなんや! 店長があのお客さんにだけ接客しないのは、それが理由なんやね!」


「あたりまえやわ。ガソリンスタンドに来るんなら、何が何でも燃料が欲しいんや! くらいの情熱を見せなあかんのや。そもそもガソリンスタンドというのはやな······」


「そこまでです、店長」


 杉野は神酒の一言で“制圧”されると、おとなしい顔つきで彼女を見つめるのだった。






(つづく…)


※ 都合により休載します

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