表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
解放  作者: 爆竹
第三章-仄明かりと濁流
19/52

仮面と素顔

壊れていても。

家族を支える者として。

会社を背負う者として。

崩れかけた心を、誰かに見せるわけにはいかなかった。


どれだけ無気力でも、どれだけ呼吸が浅くても、周囲は「いつも通り」を期待してくる。

だから、そう振る舞うしかなかった。


効率は落ち、反応は鈍い。

それでも手を動かし、口を動かし、表面だけは整えていた。

まるで、壊れていない人間のふりをするように。


そんなある日、仕事の打ち合わせで、先輩と向かい合った。

資料を並べていると、ふと先輩が手を止めて、こちらの顔をじっと覗き込んだ。


「おい、どうした? ……おまえ、なんか変じゃないか? しゃんとせいや」


いつもなら語気鋭く詰めてくる人なのに、その日はやけに声音が柔らかかった。

胸の奥がざわついた。

何かを察された――そんな気配がして、取り繕う言葉が見つからなかった。


「……はい。嫁が、男作ったんですよ」


自嘲気味に笑った。

なぜ笑ったのか、自分でもよくわからなかった。


「マジで……死のうかな、って考えました」


一瞬で空気が変わった。

先輩の目が鋭くなり、声のトーンが低く落ちる。


「おまえな……」


短く息を吐いて、迷いのない口調で言葉を続けた。


「たった一度の過ちで許せないとかさ、心ちっちぇんだよ」

「それに、おまえ……嫁に引け目、感じたことねぇのか?」

「“死ぬ”とか簡単に言ってんじゃねぇよ。そんなもんで終わってたまるか」


一言一言が、鋭く胸に突き刺さる。

けれど、不思議と嫌じゃなかった。

むしろ、少しだけ救われた気がした。


「……はい、すみません」


声はかすかだったが、確かに自分のものだった。


強引で、不器用で、言葉足らずな人。

けれど、その中には確かに温度があった。

寄り添おうとする不器用な誠意が、乱れた心にほんのわずか、柔らかな余白を与えてくれた。


納得なんてできていない。

許せるわけもない。


ただ、ほんの少しだけ。

もう一歩、進んでみようか――そんな気がした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ