スローライフ第一主義!チートでもマイペース
【プロローグ】⸻
――私はその日、静かに息を引き取った。
日本で、ひとり暮らしのソロ活を楽しみながら、本とコーヒーに囲まれて生きていた私。介護の仕事は大変だったけど、誰かの役に立てる喜びも知っていた。
そんな平穏な毎日が、ある日突然終わりを迎えたのだ。
気づけば、私は知らない世界にいた。
青い空、緑の大地、そして石造りの重厚な屋敷。
新しい名前は――エリシア・フォン・ラントベルク。辺境の地を治める、ラントベルク辺境伯家の次女だ。
おまけに、赤ん坊のころから私は特別な「力」を持っていた。
手をかざせば、ものの正体が分かる【鑑定】。
どんなものでも無限に収納できる【アイテム袋】。
空をなぞれば、見慣れた【インターネット】が使え、欲しいものは【ネットショップ】で手に入る。
そして、ステータス画面を開けば――レベル∞(無限大)。
「……ちょっとチートすぎない?」
前世でこつこつと働き、地味に生きた私に、神様がくれたご褒美だろうか。
のんびりと田舎で暮らし、美味しいものを食べ、好きなだけ本を読み、ゆるく生きる。
そんなささやかな夢を胸に、私はこの新しい世界で、ゆる~く、暮らしていくことにした。
【第1章 辺境の田舎で、のんびりスローライフ】
⸻
「エリシア、起きておいで。朝だよ~」
母の優しい声で目を覚ます。
ふわふわのベッドの中で、ごろごろと体を転がしながら、私はもぞもぞと返事をした。
「ふぁい……おきたぁ」
目を開けると、天井には太い木の梁が走り、窓の外では小鳥がさえずっている。
ここはラントベルク領――地図で見ると、国の端っこのほうにある小さな土地だ。
豊かな森と、青々とした草原と、少しばかりの農地に囲まれたこの辺境の地で、私はエリシア・フォン・ラントベルクとして、生まれ育っている。
「エリシア、今日も朝からお勉強頑張ろうね!」
部屋に飛び込んできたのは、私の姉、クラリッサだ。
ぱっちりとした目に、金色の巻き髪。朗らかで面倒見のいい姉は、私のことを本当に可愛がってくれる。
「えへへ……お姉ちゃんとなら、べんきょうする~」
そう言って抱きつくと、クラリッサは嬉しそうに私を抱き上げた。
この家族は本当に温かい。
辺境伯である父も、優しくておっとりした人だし、母は絵に描いたような慈愛の人。
兄は剣術の訓練で忙しいけど、時間ができると私に絵本を読んでくれたりする。
ただ――。
「ラントベルクの田舎者どもは、ほんとうに……」
昨日、父と一緒に城下町へ出かけたとき、隣国の貴族がそんな言葉を漏らしているのを、私は聞いてしまった。
ここラントベルク家は、王都の華やかな貴族たちに比べて、田舎臭い、格が低い、とバカにされることが多いらしい。
もちろん、父は気にしていないようだったけれど、私は――少しだけ、胸がちくりと痛んだ。
「……じゃあ、私ががんばろっかな」
のんびりと、スローライフを楽しみながら。
でも、必要なときには、ちょっぴり本気を出して――。
そんなことを考えていた、ある日のこと。
「エリシア! ねぇこれ、すごいわよ!」
庭で摘んだ花を母に渡したとき、ふと【鑑定】スキルが発動してしまった。
【スプリングローズ:希少種。魔力を帯びた香気を持つ。市場価格:金貨50枚】
(……金貨50枚って、めちゃくちゃ高くない?)
無邪気な顔で母に手渡しているけれど、私は内心で大パニックだった。
だって、こんな高級品、そこらの庭に生えてるなんて――。
このとき私は、まだ知らなかった。
これが、後にラントベルク家を驚かせ、王都をざわつかせる大事件へとつながることを――。
「まあ、まあまあまあ……エリシア! これ、本当にお庭で摘んだの?」
母が驚きで目を丸くする。
スプリングローズという希少な花――その香りには癒しと魔力増幅の効果があるらしく、王都ではなかなか手に入らない高級品だったらしい。
「うん。おはな、きれいだったから~」
無邪気に答える私。
(いや、本当は【鑑定】で知ってたけど……)
母は大慌てで庭に走り、父や兄、姉まで呼び寄せて、庭の大捜索が始まった。
どうやら、うちの庭には珍しい薬草や希少種の植物が、わんさか自生しているらしい。
(へえ、そんなの全然知らなかったなぁ)
前世で本を読んで育った私は、つい好奇心が湧いて、ぺたんと座り込んでスマホを開く。
もちろん、【インターネット】はちゃんと使える。
――異世界電波、万全。
「薬草の育て方……薬草加工……あっ、これよさそう!」
ネットショップを検索してみると、
「簡単! 初心者でもできる薬草乾燥セット」が送料無料で売られていた。
(しかも、支払いは異世界通貨でもOKって、すごいなこのシステム……)
ポチッ。
わずか数秒後、アイテム袋の中に小さな木箱が「ぽんっ」と転がり込む。
「うわ~……やっぱ便利だなあ、これ……」
私はしばらく木箱を愛でたあと、早速スプリングローズを丁寧に乾燥させる作業に取りかかった。
***
そして数日後――。
「うちの領地に、王都でも手に入らない薬草があるらしいぞ」
「ラントベルク家、ちょっとすごくないか?」
そんな噂が、王都まで届くようになった。
もちろん、私は何もしていない。
ただ、庭に生えてた花を摘んで、乾燥させただけだ。
けれど、王都の貴族たちは浮き足立ち、商人たちはラントベルク領に興味津々。
父はぽかんと口を開け、母は目を潤ませ、兄は「俺も何か探してくる!」と張り切り出し、姉は「エリシアはすごいわ~!」とほっぺたをむにむにしてくる。
「えへへ~、えりーしあ、えらい~?」
私は笑って、のんびりおやつのクッキーをかじった。
こうして――。
エリシア・フォン・ラントベルク、辺境伯家の次女は。
のんびりスローライフを満喫しながら、
こっそり異世界ざまぁ劇場の、幕を開けたのだった。
【第2章 辺境の田舎に、文明開化の風】
⸻
ラントベルク領は、静かで豊かな田舎町だ。
だけど、便利な生活――たとえば、簡単に水を汲める井戸や、火を起こしやすいかまど、農作業が楽になる道具なんかは、ほとんどなかった。
(……ふむ)
のんびりティータイムを楽しみながら、私はスマホで【ネットショップ】を眺めていた。
「井戸ポンプ……あるじゃん」
「かまど改良セット……安い」
「農具一式……買っちゃえ」
ポチポチポチ。
指先が止まらない。
アイテム袋に次々と収納される品々。
支払いは、庭で摘んだ薬草をこっそり換金した小銭たちだ。経済的にも超エコ。
***
「エリシア~、今日も元気そうねえ!」
町の広場で、顔なじみの農夫のおじさんが声をかけてきた。
私はにこにこと手を振った。
(……せっかくだし、おじさんたちにプレゼントしようかな)
ポン、とアイテム袋から取り出したのは、最新式の軽量スコップと魔力耐久の鍬。
さらに、井戸のそばにポンプ式の手押し機を設置してみた。
「……え? これ、押すだけで水が出るのか!?」
「すっ、すげえ! なんだこれ!!」
村人たちは目を丸くして、大騒ぎになった。
(えへへ~)
私は満足してクッキーをかじった。
***
――数日後。
「ラントベルク領、最近どうなってるんだ……?」
「え? 水汲みが楽になった? 農作業が進化してる??」
「ありえない、あの田舎者どもにそんな技術力があるわけが……!」
王都の貴族たちが、ざわざわと騒ぎ始めた。
それでも、ラントベルク家では、今日も平和そのもの。
「エリシア~、最近、村の人たちがすごく喜んでるのよ!」
母が、うれしそうに言う。
「えへへ~、よかった~」
私はふにゃっと笑った。
今の私は、ただのんびり暮らしているだけ。
たまにネットショッピングを楽しんで、
アイテム袋から「便利なもの」をぽいぽい出しているだけ。
(でも、せっかくだし……もっと楽しくしよっかな)
新しい生活を、少しずつ、少しずつ。
私は、自分なりにアップデートしていくのだった。
【第3章 ようこそ、のんびり辺境へ】
⸻
ある日の朝、ラントベルク家に緊張が走った。
「……王都から、使者がいらっしゃるそうです」
執事のミカエルが、やけに深刻な顔で報告する。
なんでも、最近のラントベルク領の噂――薬草の豊富さや、農業改革が耳に入り、様子を見に来ることになったらしい。
(わあ……ついにバレた)
私は紅茶をくるくるかき混ぜながら、他人事みたいに思った。
「エリシア、あんまり外をうろうろしちゃだめよ? 失礼のないようにね」
母が心配そうに言う。
「はぁい~」
私は元気よく返事をして、庭のブランコに座り込んだ。
そして、その数時間後。
「ふん、これが辺境伯家ですか」
いかにも気取った若い騎士たちが、数名、門の前に立っていた。
彼らは見るからに「田舎者を見下している」という態度を隠そうともしない。
「おや、あそこにいるのは?」
ブランコに座っていた私を見つけて、ひそひそと話し合っている。
(あ~……嫌な感じ)
でも、私はにっこり笑って手を振った。
前世のソロ活女子スキル――「適当に受け流す力」は、今も健在だ。
「こんにちは~。おにーさんたち、遠くからおつかれさま~」
拍子抜けしたのか、使者たちはぽかんと私を見た。
そのとき。
「お嬢様、こちらでございます」
私の後ろから、メイドのルナが現れた。
手には、アイテム袋から取り出したばかりの、ふかふかの冷たいおしぼりと、爽やかなミントの入ったお茶。
「長旅でお疲れでしょう。まずはこちらをどうぞ」
……異世界に、そんな気遣い文化、普通はない。
使者たちは、またしても目を丸くした。
「ど、どうも……」
おずおずとおしぼりを受け取る彼ら。
さらに、庭の向こうに目をやると、近代的な井戸ポンプや、きれいに整備された農園が見える。
(これ、絶対『普通の田舎』じゃないって思ってるよね……)
私はまたにこにこと笑いながら、クッキーをかじった。
***
その夜。
使者たちは、ラントベルク家のディナーに招かれた。
豪華ではないけれど、素材の良さを生かした手料理の数々。
なにより、家族みんなが温かく、楽しそうに笑い合っている。
(うん、この家族、大好き)
私は胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。
使者たちは、帰る頃にはすっかりおとなしくなっていた。
「……ラントベルク家は、ただの田舎者ではない」
そんな言葉を残して。
もちろん、彼らはまだ知らない。
この家には、レベル∞(無限)のチート少女がいることを――。
【第4章 辺境伯家、料理革命とチート先生】
⸻
王都から戻った使者たちは、何やら興奮気味に報告したらしい。
「ラントベルク家は、ただの田舎者ではない」
「不思議な技術と、豊かな生活力を持っている」
その噂はあっという間に広まり――。
結果。
「ど、どうか弟子にしてくださいっ!」
王都の若手貴族たちが、次々とラントベルク領を訪れることになった。
広場では、礼儀正しくお辞儀をする少年たちがずらりと並んでいる。
みんな高級そうな服に身を包み、キラキラとした瞳でこちらを見上げていた。
(わ~……弟子志願、すごい人数……)
私は、庭のテラスでスコーンをもぐもぐしながら、のんびりその光景を眺めていた。
「エリシア様、彼らに何か教えていただけませんか?」
執事のミカエルが、頭を下げる。
家族みんながエリシア頼りにしていて、正直、ちょっと笑えてしまった。
「ん~……じゃあ、まずはお料理かな~」
私はにこっと笑いながら、スマホを開いた。
***
【ネットショップ】で取り寄せた調味料や食材は、すでにアイテム袋に山ほどある。
醤油、味噌、みりんにだしパック――。
前世では当たり前だった日本の味が、この異世界では「革命的」だった。
「今日は、特別に【カレーライス】を作りまーす!」
私が高らかに宣言すると、若手貴族たちは「かれー……?」「なんだそれは?」とざわめいた。
(ふふふ、驚くがよい……!)
玉ねぎを炒めると、甘い香りが立ち上る。
にんじん、じゃがいも、肉を加え、ぐつぐつ煮込んでいく。
(仕上げは……市販のルー! 楽勝~)
魔法のように簡単に完成するカレーライス。
しかも、今回は副菜にサラダと味噌汁まで用意した。
「さあ、召し上がれ~」
私は笑顔で皿を並べた。
若手貴族たちは、恐る恐るスプーンを手に取り――。
「っ……!!」
「う、うまい!!」
「これが……これが文明の味か!!」
目を見開き、夢中でカレーをかき込む貴族たち。
彼らの心は、日本料理によって一瞬でわしづかみにされた。
(うんうん、日本食は最強だよね~)
私はまたクッキーをぽりぽりかじりながら、満足そうに空を仰いだ。
***
こうして、ラントベルク領では。
◆ 魔法よりもすごい農具革命
◆ 食卓を彩る日本料理革命
◆ そして、のんびりマイペースなチート先生・エリシア
――が、静かに、しかし確実に進行していったのであった。
【第5章 王家の誘い、のんびり全力回避】
⸻
ラントベルク領に、またもや大きな波が押し寄せてきた。
「宰相様がお越しになります!」
執事ミカエルが、目を見開いて叫ぶ。
父も母も、兄も姉も、そわそわと屋敷中を走り回っていた。
(……たいへんそうだなぁ)
私は、庭の木陰でハーブティーを片手に読書中。
そよ風に揺れる草の香りを楽しみながら、のんびりしていた。
そして――その日、宰相閣下がやってきた。
「ほう……ここが噂のラントベルク領か」
厳かな声と共に、立派な髭をたくわえた壮年の男が現れた。
品のあるローブに身を包み、その隣には、護衛と思しき騎士たちが控えている。
(あ、偉そう……でも、怒ってはなさそう?)
私はブランコに乗ったまま、のんびりと手を振った。
「こんにちは~。ようこそ~」
宰相閣下は、一瞬呆けた顔をしたあと、思わず吹き出した。
「……これは、なるほど。噂通り、実に面白い娘だ」
エリシア・フォン・ラントベルク。
この異色の少女に、宰相は一気に興味を抱いたらしい。
***
宰相は滞在中、エリシアが生み出した数々の「文明開化」に目を輝かせた。
農業改革、生活インフラの整備、日本料理による健康改善……。
「魔法ではない、現実的で堅実な発展」。
それが、王都のどの魔術師よりも強烈なインパクトを与えた。
そして数日後、ついに――。
「エリシア嬢。王家より、正式に求婚の申し出がある」
ドドン、と。
立派な巻物を抱えた使者が、深々と頭を下げた。
(……いやいやいや)
私は紅茶を吹き出しそうになった。
王家の第三王子が、ぜひエリシアを后に――という話らしい。
理由はもちろん、ラントベルク家の急成長と、エリシア本人の存在そのもの。
「でもわたし、まだちいさいし~」
にこにこ笑いながら、私はお返事した。
「それに、のんびり暮らしたいし~。ごはん食べて、おひるねして、おはなをみて……それがいちばん、しあわせ~」
周囲の家族は冷や汗だらだら。
宰相は豪快に笑い、使者たちは呆然と立ち尽くした。
「……よい。それもまた、誠実な返答だ」
宰相閣下は、にこやかにうなずいた。
「王家は無理強いはしない。だが――また必要なときは、力を貸してくれたまえよ、エリシア嬢」
「うん。ひまなときなら~」
私はスコーンをもぐもぐしながら、無邪気に答えた。
(よかった……これで、もうちょっとスローライフ満喫できる~)
青い空を見上げながら、私はのんびりと笑った。
【第6章 スローライフ革命、始まります】
⸻
辺境の地、ラントベルク領。
もはやその呼び名は、時代遅れになりつつあった。
エリシアが次々と導入した新技術――
井戸ポンプ、農具、調理器具、そして日本料理に続き、今度は「現代家電」が世界を変えはじめた。
***
「ほわぁ~……! これが冷蔵庫なの!?」
町の食堂のおかみさんが、冷えたミルクを見て目を輝かせる。
魔力を動力源にした冷蔵庫は、エリシア特製。
夏でも食材が傷まず、飲み物がキンキンに冷えるのだ。
「こっちは……なんだ? 魔法の箱か?」
パン屋のおじさんが興味津々で覗き込んだのは、ピカピカのオーブンレンジ。
ふわふわのパンもカリッとトーストも、一瞬で完成する。
さらに――。
「洗濯機に、掃除機……!!」
領民たちは次々に歓声を上げた。
重労働だった洗濯や掃除が、スイッチ一つで完了する。
(魔力を流し込むだけなので、操作も超簡単)
そして極めつけは――。
「テレビ?」
大広場に設置された大きな画面が、魔法のように光り出す。
『本日のお知らせ~。ラントベルク図書館、オープンしました!』
『新商品、ひんやり夏スイーツ、絶賛発売中!』
明るい女性の声とともに、辺境伯家のニュースやCMが流れ始めた。
(……あはは、通販番組みたいになってる)
私はソファに寝転びながら、のんびりポテチをかじった。
***
さらに、移動手段も革命的に進化していた。
「これが……エリシア様特製の【魔力自動車】か……!」
町の若者たちが憧れの眼差しを向ける。
馬車よりも早く、軽く、しかも誰でも運転できる。
魔力量に応じて、速度や耐久力も上がる優れものだ。
長距離移動用には、特別製の【キャンピングカー】まで開発された。
外から見ると、普通のちょっと大きな馬車サイズ。
けれど、中に入ると――
「わ、広っ!!!」
「温泉まであるぞ!?!?」
魔力量に応じて、内部がどこまでも広がる仕組みだった。
快適なベッド、キッチン、ダイニング、ミニ図書館まで完備。
前世でのソロキャンプ好き魂が、炸裂している。
(これで、旅先でも快適スローライフ~)
私はふにゃっと笑いながら、キャンピングカーのソファにごろりと転がった。
***
――そして。
またもや王都では、緊急会議が開かれていた。
「……なんだこれは」
「ラントベルク領、もはや異次元ではないか!!」
「キャンピングカーに、魔力自動車に、テレビだと!?」
青ざめる貴族たち。
その結果――
「至急、視察団を派遣せよ!!!」
またしても、ラントベルク領に使節団が押しかけてきたのだった。
***
「エリシア様ぁぁぁ、今度こそ、正式に技術供与の契約を――!」
「いや、わたし、のんびりしたいだけだから~」
またもや、のんびり全力拒否。
スコーンをもぐもぐしながら、エリシアはふわふわ微笑む。
今日もラントベルク領は、のんびりマイペースに革命を続けていくのであった。
【第7章 スローライフ女王顧問、誕生(予定)】
⸻
ラントベルク領の噂は、もはや王都中に鳴り響いていた。
魔力自動車、冷蔵庫、テレビ……。
さらに新たに導入されたのは――
「なんて清潔なんだ……!」
領民たちが驚愕する、洗浄付き水洗トイレ。
「わああ、雨みたいに気持ちいい~!」
子どもたちが歓声をあげる、魔力シャワーシステム。
そして極めつけは――
「まるで王族の浴場だ……!」
と噂される、超巨大浴室。
タイル張りでピカピカに磨かれた浴場に、湯気が立ち込め、温泉のように広がっていた。
(おふろって、やっぱり癒しだよね~)
エリシアは湯船にぷかぷか浮かびながら、のんびりと微笑んでいた。
***
そんな中、王都では、さらなる動きが起きていた。
「エリシア嬢を、女王顧問として正式に任命する!」
女王陛下自ら、そう命じたのである。
「しかし……彼女はまだ子ども、しかも辺境伯家の次女……」
「そんなことは関係ない! 今この国に必要なのは彼女だ!」
貴族たちはざわめき、執政官たちは頭を抱えた。
しかし女王の決意は固かった。
そして。
「正式な依頼です、エリシア嬢」
立派な服を着た使者たちが、深々と頭を下げた。
(あ~……またか~)
私は、庭でのんびりお昼寝中だったけど、ちょっとだけ起き上がった。
「じゃあ~……ひとつ、じょうけんつける~」
私が提示した条件は、ただひとつ。
『スローライフの自由を、絶対に侵害しないこと』。
「のんびりくらして~、おひるねして~、おふろに入って~、おやつ食べる~。それ、だいじ~」
使者たちは顔を青くしたり、頭を抱えたりしていたけれど、最終的には了承した。
(というか、承諾せざるを得なかった)
こうして私は、**「スローライフ保障つき女王顧問」**という、前代未聞のポジションに就くことになった。
***
そして、もうひとつの動き。
新キャラクター、ライバル登場。
「私は、ルディウス・フォン・ガルダネスト。王都第一魔導学院、主席卒業者だ!」
高飛車な金髪の青年が、エリシアに宣戦布告してきた。
彼は幼い頃から英才教育を受け、王都でも有名なエリートらしい。
「貴様のやり方は、魔法文明を汚している! 私こそが真の指導者だ!」
力強く言い放つルディウス。
(あ~、なんかめんどくさそ~)
エリシアは、もぐもぐとクッキーをかじりながら、ぼんやり彼を見ていた。
「じゃあ~……この掃除機、かけられる~?」
「なに? 掃除機? くだらない!」
ルディウスは勢いよく掃除機のスイッチを押した。
――ボフン!!
魔力量を調整できず、掃除機が暴走。彼は吹き飛ばされ、花壇に突っ込んだ。
「……うう……」
ボロボロのルディウス。
「えらいね~、がんばったね~」
エリシアは、ほっこり笑って彼の頭をなでた。
(ま、敵にはならないかな~)
のんびりスローライフを守りつつ、
私はまた、少しだけ世界を変えていくのだった。
【第8章 スローライフ領地改革、大成功!】
⸻
ラントベルク領は、ますますにぎやかになっていた。
エリシアがふと思いつきで建てたのは――
「ラントベルク学園!」
子どもたちが楽しく学べる学校だった。
読み書き、計算、歴史や地理に加え、
エリシアがネットから引っ張ってきた「科学的な基礎知識」まで取り入れたカリキュラム。
先生たちは、地元の賢い人々が集められた。
「えりーしあさま、ありがとう!」
元気な子どもたちに囲まれて、エリシアはふにゃっと笑った。
(わたしは~、おやつ食べてるだけだけどね~)
***
続いて建設されたのは――
「ラントベルク総合医療センター!」
魔法治療だけに頼らない、近代的な医療施設。
エリシアがネットショップで仕入れた医療機器や、基本的な医療知識を元に、簡単な外科処置や看護体制も整えられた。
「これで領民たちも、もっと安心して暮らせるな!」
父も母も、嬉しそうに笑っている。
(わたしは~、お昼寝したいけどね~)
エリシアは、ハーブティーを飲みながらのんびりしていた。
***
さらに――。
「かんぱーい!!」
大人たちの間では、「お酒文化」が大流行していた。
生ビール、日本酒、ワイン、シャンパン、カクテル……。
魔力冷却式の生ビールサーバーまで登場し、町の居酒屋は連日満席。
「つまみ、追加~!」
「はいよ、枝豆とフライドポテト、唐揚げも!」
屋台では、きゅうりの一本漬けや、アツアツの唐揚げが飛ぶように売れていた。
(……みんな、楽しそうでよかった~)
エリシアは、クッキー片手に見守っていた。
***
子どもたちには、広大な公園が作られた。
ブランコ、滑り台、ジャングルジム、ターザンロープ……!
日本式のカラフルで安全な遊具が揃い、いつも笑い声が絶えなかった。
「わーい! エリシアさま、いっしょにあそぼー!」
元気な声に誘われ、エリシアもたまにターザンロープに挑戦して、
見事にぽてっと落ちたりしていた。
(でも、たのしい~)
***
領民たちのファッションにも変化が現れた。
「この着物、素敵ねぇ……」
「和服とドレスの融合みたいな服も流行ってるぞ!」
着物風ワンピースや、モダンな袴スタイルなど、
異世界にはなかった日本の伝統と西洋文化が絶妙に融合した、新たなファッション文化が生まれていた。
***
そして、連絡手段もさらに進化。
「スマートフォン? これ、魔道具なのか!?」
領民たちは目を丸くした。
エリシアが開発したのは、魔力通信式スマホ。
通話も、メッセージも、地図もニュースも見られる便利なアイテム。
村から村への連絡、商売のやり取りも一気にスムーズになった。
(もう、文明国家っていうより……超快適スローライフ王国だよね~)
エリシアはスマホで友達から届いた「今日遊ぼうね」メッセージを見て、
にこにこと頷いた。
***
こうして。
エリシアの領地改革は、スローライフを最優先しながら、
気がつけば異世界史に残る「大改革」と呼ばれることになっていった。
本人は、今日も。
「おひるねしたら~、おやつたべよ~」
と、のんびりベッドにもぐりこんでいるだけだったのだけれど。
【第9章 世界が動き出す、スローライフの魔法】
⸻
ラントベルク領――
かつて田舎と呼ばれ、見下されていたこの土地は、今や異世界でもっとも注目される場所となっていた。
***
「我が国と、ぜひ同盟を!」
「貴国の技術を学ばせていただきたい!」
周辺諸国の王族や使節たちが、次々とラントベルク領を訪れた。
それもそのはず。
ここには、冷蔵庫も洗濯機もシャワーもテレビもあり、
魔力自動車が走り、スマホで連絡が取れる。
そして、極めつけは――
「……あれは、なんだ?」
視察団のひとりが、丘の上を指差した。
「新しい観光地、『ファンタジア・パーク』です!」
そこには、夢のような光景が広がっていた。
巨大なお城。
空飛ぶ乗り物。
ジェットコースター、メリーゴーランド、魔法ショー。
カラフルなキャラクターたちが手を振りながら、子どもたちと戯れている。
エリシアは、アイスクリーム片手に、のんびりパレードを眺めていた。
「エリシア様、またしても革命的すぎます……!」
執事ミカエルが涙ぐんでいたが、エリシアは「へへ~」と笑っているだけだった。
***
さらに、年に一度の**「ラントベルク大祭」**も始まった。
領地中から屋台が集まり、通りにはいい匂いが立ち込める。
焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、かき氷、チョコバナナ……!
「わーい! たこやきー!」
「かきごおりー!!」
子どもたちも大人たちも、笑顔いっぱい。
あちこちで大道芸や音楽ライブも開かれ、夜には花火が打ち上がった。
「……きれい~」
エリシアは、浴衣姿で屋台のリンゴ飴をかじりながら、夜空を見上げた。
***
しかし――。
「まずい……世界の勢力図が変わり始めている!」
王都では、貴族たちが会議室で頭を抱えていた。
ラントベルク領は、周辺諸国と次々に友好条約を結び、
もはや一大経済・文化圏となりつつあったのだ。
技術、文化、食料、交通網――。
すべての中心が、ラントベルク領になりつつある。
(でも、わたしは……べつに、えらくなりたいわけじゃないし~)
エリシアはのんびりと、祭りの射的ゲームでクマのぬいぐるみを狙っていた。
「当たったら~、おやつにしよ~」
そんな調子で、今日も世界を変えていく。
本人は、気づきもしないままに。