第84録 静かな援護
「どこで待機していればいいのかしら……」
エリスは作成したポーション箱を抱えたまま、宿泊部屋の前で立ち尽くしていた。
ジョルジュから具体的なことは何も言われていなかったからだ。
「でもこのまま動かないわけには……。どうしよう」
エリスが追われていた頃は、不安から何でもベルゼブブに確認を取っていた。しかし、そのベルゼブブも今は不在。
エリスは顔を上げると、自分に言い聞かせるように呟く。
「とりあえず城の外に出よう」
大きく息を吐くと1階の城門を目指して歩き出した。
城内は先ほどまでの賑やかさが嘘のように静まり返っている。
結局、エリスは誰とも会わずに城門に辿り着いた。
付近を見回してから小さくため息をつく。
「誰もいないのね……」
陽気なオレールですら不在だった。
そのかわり、城下町の方で点々と灯りが灯っていて、ザワザワと声が飛び交っている。
「町の人達に知らせてるのかしら?」
エリスが首を傾げていると、背後から声がかかる。
「テオドールさん!?こんな所にいたのですか!?」
振り返ると、若い魔法使いの男が立っていた。
「はい。何をすればいいのかわからないので、とりあえず外に出たところだったんです。
迷惑でしたか?」
「いいえ!とんでもないです!」
「それで、私は何をしたらいいのでしょうか?町の守護、とは言われましたが、今はまだ大丈夫みたいですし」
エリスが空を見ながら言う。
視線の先には、町全体を覆っている薄い水色のバリアが張られていた。
魔法使いの男は唸りながら答える。
「そう言われますと、少し困りますね。
モンスターはすでに迎撃部隊が対処していますし、実際我々も何割かは手持ち無沙汰でして……」
「すみません、1つお尋ねしても?」
「はい!何なりと」
「町では何が行われているのですか?深夜なのに賑やかだと思ってしまって」
男は横目で町の方をチラリと見てから話を続ける。
「ああ。町の方では国民達の避難活動が行われています。
万が一、モンスターの侵入を許すことがあれば命を脅かしますので」
「そうなんですね。ありがとうございます」
それからエリスは再び空を見上げた。
バリアの少し下に城の小塔が迫っている。
エリスは少し考えたあと、男に向き直った。
「あのバリアは内側からの魔法には耐えられますか?」
「え?ええ。迎撃部隊では処理が追いつかない時に、グラド様やジョルジュ様が後援をしてくださるので、ある程度は。
いったい何をお考えで?」
「城の小塔から周囲を見渡して、モンスターの軍勢のみに攻撃しようかと。
そうしたら、少しは国民の不安も取り除かれるのではないかと思って」
エリスの言葉に男がたじろぎながら言う。
「よ、よろしいのですか?テオドールさんに支援していただけるなんて……」
「はい。先に相手を倒しておくのも守ることに繋がると思いますので」
「で、では、よろしくお願いします。
それと……手に持たれている物は?」
男が不安そうに木箱を指さした。
エリスは一瞬それに視線を向けてから、すこしはにかんだ。
「昨日、調合室をお借りして作成したポーションです。
今まで渡す人が見つからなくて……。あなたに預けてもいいですか?」
「もちろんです!有効に活用させていただきます!」
男は笑顔で言うと木箱を受け取る。
エリスは安心したように口元を緩めてから、すぐに真剣な表情になった。
「では、私はモンスターの軍勢を攻撃してきます。
1回だけですから、すぐに終わると思います」
「よろしくお願いします。
俺は念のためここで待機していますので」
エリスは頷いて返事をすると、魔法で宙を上り始めた。
『空中散歩』。
難易度は低いものの、空中でバランスを取るのが難しいため個人差の出る魔法だった。
エリスは城の小塔だけをまっすぐ見つめながら、フラつきもせずグングン上ってゆく。
やがて、エリスは小塔の頂点に足をつけた。
それからゆっくりと周囲を見回し、小競り合いが起きている位置を確認する。
「北と南西に1つ、西に3つ。
アモンが西にいるからか、そっちからの軍が多い。
わかってはいたことだけど、ここからだと高すぎて、どっちが敵でどっちが味方なのか判別できないわね」
エリスは1度両目を閉じると、短く呟いた。
『《梟の目》!!』
開かれたエリスの右目は、通常よりも瞳が大きくなっている。
小競り合いの位置に目を移して、敵味方の判別をした。
「北と南西ははっきり分かれているけど、西の3つは混ざっている。
なら、今のうちに分かれている方角を片付けないと……」
エリスはそれらの方向に手のひらを向けると、意識を集中させる。
「《雷針》!!」
虚空から現れた2本の雷を帯びた針は、それぞれのモンスターの軍勢に落下した。
砂煙が上がり、オレンジ色の電気がバチバチと走る。
視界が晴れると、モンスター達は跡形もなく消滅していた。
「とりあえずは大丈夫みたいね」
エリスは強化されたままの右目で状況を確かめる。
味方と思われる集団は何が起こったのかわからず、棒立ちになっていた。
「被害も出てないみたい。
あとは……」
エリスは西に目を向ける。
3つの小競り合い場所よりもさらに先。
「本当に大丈夫よね……?」




