第81録 西を指す黒光
それは、唐突にやってきた。
深夜。
就寝していたエリスは、城内の慌ただしさで目を覚ました。
「事件かしら?」
手元のランプを点けて、身を起こす。
壁に寄りかかっていたベルゼブブがめんどくさそうにに口を開いた。
「こんな夜中に騒がしいヤツラだ」
「もしかしたら、来たのかもしれないわ。
準備しなきゃ」
エリスは両目をこすると、立ち上がった。
髪を軽く梳かした後、白のローブフードを羽織る。
それからベルゼブブに声をかけようとして、小さく声を漏らした。
「あ……」
「なんだよ」
「ローブ、黒く光ってる……」
「あ?」
ベルゼブブは一瞬金色の目を見開くと、ポケットから黒光を放っている物体を取り出す。
それは、アザゼルから渡された知光石だった。
「アイツから呼ぶなんて珍しいな」
「そうね。私も行った方がいい?」
「いや。お前は町を守っとけ。
それに、この石は元々こっちから連絡するための物だろ。
向こうからわざわざ呼び出しがかかるってことは、何かあったってことだ」
「大丈夫よね?」
「フン、オレ様を誰だと思ってやがる」
自信満々に言うベルゼブブに、エリスは不安そうな目で見つめる。
「本当に?」
「疑うなよ!?何がそんなに不安なんだ!?」
「だってあの人に何かあったかもしれないんでしょ?
そこに行ったら危険な目に……」
「そりゃあ悪魔が関わってるんだから危険に決まってんだろ!
平和に解決できると思うな!」
「そうね……」
ピシャリと言われてエリスはスゴスゴと引き下がった。
室内が静寂に包まれ、ベルゼブブは紛らわすように、少し大げさに呟く。
「ってこれ、よく見たら行き先示してるじゃねえか」
ベルゼブブは知光石を手のひらに乗せると、エリスにもわかるように見せる。
細長い黒光は西を指し示していた。
「ジョルジュさんの知光石とは少し違うのね。
これを辿ればあの人の所に……」
「まぁ、どうせ素材取りすぎて運ぶの手伝ってほしいとか、
そんなんだろ。
だからお前は、アレキサンドルに言われた通り町を守っとけ」
「う、うん……」
ベルゼブブは満足そうに鼻を鳴らすと、あっという間に姿を消す。
エリスはしばらくの間、彼が居た場所を眺めていた。
エリスが浮かない表情のままドアを開けると、ちょうど走ってきていたオレールにぶつかった。
ガシャンという鈍い音が響き、エリスは慌てて外に出てドアを閉める。
オレールは尻もちをついていた。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。ぶつかった痛みよりも、鉄仮面に響いている音の方が強く……。耳に反響しておりまして」
「本当にごめんなさい!
……ところで、何の騒ぎですか?」
オレールはスッと立ち上がると、エリスに1歩近づく。
「町の外を巡回していた者達から、モンスターの大群が押し寄せているとの情報が入りまして。
グラド様を先頭に魔法隊と騎士隊が迎撃に向かっております!」
「そうなんですね」
「はい。
それで自分は王に頼まれて、あなたを呼びに来た次第でございます!」
「わかりました。案内をお願いします」
「承知致しました!!」
オレールは元気よく答えると先導を始めた。
2人が王座の間に入ろうとした時、ちょうどジョルジュと鉢合わせした。
「王!テオドールを連れて参りました!」
「ああ、ありがとう。
もう戻っていいよ。君にも仕事があるだろう?」
「よ、よろしいのですか?」
「うん。あとは私がしておくから」
「し、承知致しました」
オレールは戸惑いながらも敬礼すると、慌ただしく持ち場へ戻っていった。
彼の後ろ姿を見送ったジョルジュはエリスに向き直る。
「深夜に起こして悪かったね、テオドール」
「それは構わないのですが……。王座の間に戻らないんですか?」
ジョルジュは頷くと、小声で話を続ける。
「うん。ベリアルも一緒に話したいからね。
ついてきてもらえるかい?」
「は、はい……」
エリスはそう答えながら、内心震えていた。
またジョルジュの自室で話すことになるのだろうが、
仮にも王代理が1個人にここまで気を許していいものだろうかと。
思わずジョルジュの背中を眺めるが、彼は背筋を伸ばしてしっかりとした足取りで進んでいた。
ジョルジュは自室のドアを開けると中に入るように促す。
エリスは慎重に進んで入室した。
「し、失礼します」
「エリエリ〜、いらっしゃ~い!!」
「ひゃっ!?」
入った瞬間ベリアルの抱きつき攻撃を受けて、エリスは素っ頓狂な声を上げた。
ジョルジュがドアを静かに閉めながら諭す。
「ベリアル……。音遮断のバリア張ってくれてるとはいえ、あまり私の前でそういうことはしないでもらえると嬉しいな……」
「だってこれがアタシなりの挨拶なんだもん」
「と、とりあえず離れてくださいっ……。苦しくて……」
「えっ!?ごめんエリエリ!」
ベリアルは慌ててエリスから離れた。
その間にジョルジュは椅子に腰掛けると、真剣な表情で切り出す。
「さて、テオドールも察してるとは思うけど、父達が動いたみたいなんだ」
「そのようですね。オレールさんから伺いました」
「とりあえず今の状況を話すね。
モンスターの群れ――ウォームゴートやポイズンビー等がこの町に向かっている。それでグラドを筆頭に迎撃しているところなんだ。
幸い、この辺りのモンスターはそこまで強くないから、苦戦はしていないと思うけど」
「でも数で押されるのはツライよね〜。
しかもアモンが操ってるなら、正気なんてないだろうし」
ベリアルの話を聞きながら、エリスは操られたウォームゴートを思い出していた。
血走った目、脇目も振らずこちらに突っ込んできた姿。
確かに正気があるようには見えなかった。
ふと、ベリアルが何かに気づいて小さな声を漏らす。
「エリエリ、そういえばボスは?
居ないなんて珍しいジャン」
「ベルゼブブは呼び出しがかかってしまったので、そっちに向かってて。
だから居ないんです」
「呼び出し?こんな時にかい?」
「はい。私も怪しく思ったので止めたんですけど、行ってしまいました」
目を伏せて不安そうに言うエリスをジョルジュは無言で見つめている。
「それ、まさか西に行ってないよね?」
「ど、どうしてですか?」
ベリアルはチラリとドアの方を見てから、顔を引きつらせて話を続けた。
「西の方にさ、高い魔力反応があるの。
たぶんアモンの」




