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エルティティスとミハイルの場合 5

キリのいいところで切ったので短いです。そして次は長いですorz

「サリホ・ラトゥールさん、エルティティス・エルヴィエントさん。

 ――あなた方がどうして、ここへ呼び出されたのかおわかりですね」

「はい……」

 翌日、職員室に呼び出されたエルティティスとサリホは、教育指導の初老の教諭の言葉に身を縮こめる。

 淑女として――魔力の使い方はより慎重に――

 甲高い声でお決まりの苦言を聞かされる。サリホはしょんぼりとうつむき、ひたすらぺこぺこと頭を下げていた。

「技師候補生のアヴグストさんに護身術を教わっていたとは聞きましたが、それにしてもあのような一般の方々も来るような場所で稽古を始めるなんて――しかも制服。スカートのまま大立ち回りを披露したそうですね。言語道断の行いです。

 いくらアヴグストさんが総合成績二位という優秀な方で、ラトゥールさんの同級だったといえ、もっと時と場所と自身の立場を考えて行動すべきでした」

 教育指導の初老の教諭の言葉にエルティティスとサリホがぽかんとする。

「えっ」

「えっ」

「――なにか?」

 その様子に教諭が眉をひそめたので、エルティティスは慌てて取り繕った。

「あ、いえ……その、私たちの思慮が欠けておりました、申し訳ありません」

「本当に。アヴグストさんの担当教官から説明のご連絡を学園に頂いたのでそういうわけにはいきませんが、本来であれば帰省を除き、学園と寮の往復以外の外出を禁止するところです」

 サリホは女史の言葉にはじかれたように顔をあげる。

「その、わたしが勝手な行動を起こしてしまったことがすべての原因です。昔から彼と手合わせをすることはよくありましたので、その感覚のまま行動をしてしまって……

 ですから、エル――エルヴィエント嬢に否はありません。どうか――」

「いいえ。私がすぐにお二人をお止めしなかったことに問題があります。

 ラトゥール嬢があんなに護身術に長けた方だと初めて知って驚いて――それに、アヴグスト様の指導の上手さについ見とれてしまったのです」

「……昨日のあなた方お二人が、とても軽率であったことは、よぉぉく、わかりました。

 いいですか! あなた方はもう子供ではないのです、強い魔力を持ち、それを社会の不利益にならぬよう思慮しなければならない立派な――」

 一時間ほど指導を受け、エルティティスはぐったりとなりながら退室した。

「お疲れさま、サリー」

「……エル、巻き込んでしまってごめんなさい」

「なに言ってるの」


(むしろ、私たちがサリホを巻き込んでしまった気がする……)


 昨日アヴグストが気まずそうにしていたのはそのせいだろう。エルティティスとヤルンの『会話』にあたって、アヴグストが妨害するのに不自然でない環境を作るために、おそらく彼はわざとサリホを挑発したのだ。


(たぶん、あんな乱闘騒ぎになるとは予想していなかったのね……)


 ちょっとした口論でもおきれば、それによって感情が高ぶって魔力制御が甘くなり、周囲に拡散したと言い訳できる。

 だから今回のことは、おそらく彼の罪滅ぼしだろうとエルティティスは思う。

 女史はアヴグストからではなく、学園側から連絡が来たと言っていた。アヴグストが自分の学園でどんな報告をしたかは不明だが、成績優秀者とはいえまだ一学年の彼にとって、サリホに重い処分が下されないように学園側から手を回してもらうなど簡単にはできないだろう。

「……アヴグストさんにご挨拶に行かないとね」

「ええ……」

 サリホもそれに気づいているだろう、悄然とうなずいた。





□■□■






 さらに翌日、お姫様方のでたらめな噂話の火消しのためにエルティティスは忙しく立ち回っていた。

 契約を解消して一週間。体に収まりきらない魔力がぐるぐると周りを渦巻いている。今のところ制御できているが、もともとエルティティスの処理能力を超えている魔力だ。少しずつ負担に感じ始めている。

 周囲も常にない大きな魔力が気になるらしく平素よりも空気がぴりぴりとしてきていて、エルティティスは申し訳ないような、いたたまれない気持ちでいる。

 さらに彼女が不快を感じればそれにあわせて不穏な動きをする魔力を見て、さすがのお姫様方も身の危険を感じたらしい。さきほどイヤミな言葉と共に近づいてきたのを目線で蹴散らして以来近づいてこない――だが今余計なちょっかいを出されると、無傷で帰す自信がないため助かっている。


(発散できればいいんだけど……アレは目立つし、どうしよう……)


 アレとは文字通り、たまった魔力を放出するだけだ。

 エルティティスの場合、周囲に損害を与えてはいけないので真上――空に向かって放出する。だがこれが上手くやらないと爆発騒ぎ――あるいは晴天に巨大な雷が生じたのかと勘違いされるような事態に陥る。文字通り、青天の霹靂となる。そのうえ力加減を誤ると突発的な異常気象を起こしてしまうので、慎重にならざるを得ない。

 ミハイルは魔力を害なく放出することも上手いのだが、エルティティスの制御速度では魔力を害のないように放出するよりも魔力がたまる方が早いので焼け石に水だ――今後の(浪費の)やりくりのことを考えながら、エルティティスは学園から寮への帰途につく。

 周囲にはできるだけ秘密にしているが、彼女の周囲に五つのクリスタル型をした遠隔装置がある。不可視、自由浮遊、魔力放出――そのほかにも趣味と実益と護身のために複数の回路を保存してある。この装置は動力としてかなりの魔力を使うので、それでこの身に有り余った魔力を消費できればいいのだが――最終的にあと何個これを作成すれば魔力が生成される速度と消費速度が均衡するか現時点では想像がつかない。エルティティスは肩を落とした。


(本当は、私って技師向きなのよね……捜査で回路を使って魔力の発散ができれば、それが一番魔力の暴走の心配もないし)


 もちろん、自分の将来選択を後悔するつもりはないが……だが、魔力の暴走を防止する手立ては早急に考えなければいけない。

 エルティティスはサリホの教室へ行き、彼女と連れ立って学園を出る。

 理由は――もちろん、アヴグストへの謝罪と礼である。

 肩を落とすサリホをなだめつつ、途中で手土産を買う。サリホいわく、彼は甘い物がそんなに得意ではないそうなので、学園側への挨拶のための菓子折のほかにタオルをプレゼント用に包んでもらう。タオルなら訓練の際にでも気軽に使ってもらえるだろう。

「……うーん………」

「エル、どうかしましたの?」

「うん、ちょっと」


(つけられてる……よね)


「歩きながら鏡を見ないの。前も見ずにそんなことをしては危ないわよ。そこのベンチに――」

「ううん、いいの。ごめんね」

 エルティティスは鞄に手鏡を戻しながら首を振った。そしてエルティティスの通う学園の隣の敷地にある、一見は普通の高等学校――実際のところは技師専攻の学生が通う――学園の門をくぐる。隣とはいえお互いの学校はどちらもそれなりに大きな敷地だから、校門まで徒歩で五分ほどの距離だ。受付で用件を告げながらさりげなく周囲を見回すふりで、今し方入ってきた門の方を見やれば、大きな真っ黒い陰が門の影にするりと消えた。




「よう、昨日ぶりじゃねえか。

 ……っていうか、こっちから行くつもりだったんだが」

 応接室へ通されたエルティティスとサリホのところに、さほど待つことなくアヴグストがやってきた。長身で金髪の同世代の少年と三十代くらいの男を伴っている。

 アヴグストがサリホを見かけて首をかしげたので、エルティティスが説明する。

「お邪魔しております。

 昨日の件ですが、学園側に連絡をしてくださったそうなので、そのお礼に……」

「あー……その件か」

 アヴグストが気まずそうな表情をする。どうやら彼はエルティティスがヤルンとの会話の件で詳細を聞きに来たと思っていたらしい。

「……とりあえず、その前に。

 俺たちの隊のリーダー、ヤルンちゃん」

「ヤルン・ティテーリンだ。よろしく」

「エルティティス・エルヴィエントです」

「サリホ・ラトゥールと申します。よろしくお願いいたします」

 エルティティスはすでに昨日の『会話』でヤルンとある程度話をしたにも関わらず、顔を見るのも声を聞くのもこれが初めてだ。『会話』のときは音声ではなかったが、音声が聞こえたような気にはなっていた。だがそのとき聞き取った気になっていた声と実際の声が違う。そのことに今更ながら驚きつつ、きっと次からは脳が無意識に処理してこの音声で聞こえたような気になるのだろうなと不思議な気分になりながらエルティティスは頭を下げる。

 アヴグストは続いて三十代前後の男を親指で示す。

「そっちは俺たちの担当教官。やんごとないオジョーサマ方を俺たち猛獣たちと密室に閉じ込めたらマズいんじゃねーの? って配慮なだけだから、紹介は割愛すっぞ」

「グスタ、もう少し言葉使いを考えろ」

「へーへー」

 諫めたヤルンへ、アヴグストは肩をすくめてやる気のなさそうに返事をした。エルティティスたちのいるソファの向かいに腰掛ける。息を吐いてヤルンも続いた。

「それにしても、作法やらにうっせえお前がずっと無言って珍しいなァ。ってか、初めてじゃねえの?

 なんだ、季節外れの雪でも降るか?」

 アヴグストがいたずらっぽく笑ってサリホに言う。いつもこうやってアヴグストが不作法をしたらサリホが諫めてという応酬があって、おそらく彼はそれを楽しんでいた節があるのだろうとエルティティスは思った。

 が、サリホは無言で顔を上げる。その目に涙がたまっていたのでアヴグストがびくりと揺れて、ソファからずり落ちそうになった。そんなアヴグストを見たヤルンが無表情のまま眉をぴくりと動いたので、エルティティスはあれ、と思った。

「……わたし……エルにもアヴグスト様にも、そちらの先生方にも、ご迷惑を……っ」

「め、め迷惑なんてううう受けてねーし! てかなんで!? なんで泣いてんのォ!?」

「アヴグスト様が学園側に……連絡してくださったって……」

「いやあれは、俺たちの大立ちま……訓練のことを聞いた担当教官が勝手に気を回してやっただけだしィ!」

「俺は昨日、アヴグストが教官に土下座してなにかを頼み込んでいるのを見たな」

「ヤルンちゃんは黙ってェ!!!」

 無表情でアヴグストの言葉を否定するヤルンに、アヴグストは悲鳴をあげた。

 涙をこらえるサリホと、それをなだめようと必死のアヴグストが面白いのか、教官は笑いをこらえて震えている――ヤルンは無表情だが、これはたぶん相当面白がっている――これ以上アヴグストを困らせるのはかわいそうだろうとエルティティスは立ち上がった。

「お口添えを頂いたおかげで、私たちの方はどうにかお咎めなしで済みました。このたびは大変お世話になりました。ありがとうございます」

「こちらの学園の皆様方にもご迷惑をおかけしてしまい、なんとお詫びをしたらいいか……」

 エルティティスは扉の前に立つ教官とアヴグストに交互に頭を下げる。続いて立ち上がったサリホも同様に頭を下げると、教官は笑って首を振った。

「私は特に何も。お嬢さんがたがアヴグストの馬鹿にいじめていたと聞いてお詫びしただけですから。あ、公園にあった防犯カメラの映像も手を回して消してもらっていますのでご心配なく。

 今後はアヴグストにもきちんと教育をして、こんなことが起きないようしっかりしつけますので、今回はご勘弁ください」

「いいえ……わたしが考えなしなばかりにアヴグスト様だけでなく、皆様にもご迷惑をおかけしてしまったのです。きちんとお詫びを――」

「やめろって! 詫びとかいいからもうこのことは忘れろ! てか許してほしいなら『様』やめろ! むしろ俺を許してくださいやめてください!」

「アヴグストさまっ」

「アヴグスト様!」

「――やめろっつってんだよこの野郎共がァ! 部屋からたたき出すぞオラァ!!」

 すかさず口火を切った教官とヤルンに対して、アヴグストが驚異的な声量で怒鳴りつけた。

 サリホが口をぱくぱくとさせて呆然としていた。

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