第9話「鋼の拘束陣と起死回生の特濃蟹味噌肉炒め」
巨像の右腕が空気を切り裂き、広場の外縁に立つ樹木を根元から薙ぎ払う。
太い幹が裂ける乾いた音が響き渡り、千切れた枝葉が暴風と共に私たちの頭上へと降り注ぐ。
巨像の体躯を覆う岩肌には長い年月を思わせる濃緑の苔が密集し、関節の隙間からは高熱を帯びた赤い光が脈打つように明滅している。
私は両手を大地に突き立て、頭の中に鋼鉄の鎖と巨大な杭の構造を描き出す。
足元から這い出た光の帯が地中を走り、巨像の進行方向にある硬い岩盤へと深く突き刺さる。
光は瞬時に実体化し、大腿部ほどの太さがある黒鋼の鎖となって土煙の中から跳ね上がる。
鎖は巨像の両足に幾重にも巻きつき、表面に備え付けられた鋭い棘が苔むした岩に深く食い込む。
前傾姿勢で突進していた巨像の足が拘束され、巨大な質量が制御を失って前のめりに倒れ込む。
大地が跳ね上がり、肺の空気を強制的に吐き出させるほどの重い衝撃波が私たちの体を打ち据える。
「今だ。関節の赤い光が漏れている部分を狙え」
私の指示に呼応し、ルミナが流れるような動作で弓を構える。
引き絞られた弦が彼女の細い指先から放たれ、矢は空気を切り裂いて巨像の右膝の隙間へと吸い込まれる。
光が漏れていた関節部で矢尻が砕け、内部の魔力圧が暴走して岩の破片が四方へ飛び散る。
巨像が体勢を立て直そうと腕を動かした瞬間、ミアが低い姿勢から地面を蹴る。
彼女は獣特有の瞬発力で巨像の太い腕を駆け上がり、爪の先で関節に絡みつく太い蔦を次々と引き千切っていく。
「邪魔な草は全部刈り取ったよ。ドリス、お願い」
ミアが巨像の肩から後方へ跳躍して離脱するのと同時に、ドリスが鋼のハンマーを頭上で旋回させる。
遠心力を高めた一撃が、蔦が取り払われて露出した肘の関節部に深々と叩き込まれる。
金属と岩が衝突する耳障りな摩擦音が広がり、亀裂が走った肘から巨像の腕が半ば崩れ落ちる。
しかし、倒れ伏した巨像の頭部を走る赤い光の筋が、異常なほどの輝きを放ち始める。
周囲の空気が急速に乾燥し、肌を刺すような熱線が巨像の眼前に収束していく。
私は次の拘束陣を構築しようと魔力を練り上げるが、指先から光の粒子は発生しない。
胃の腑が雑巾のようにきつく絞り上げられ、全身の血液から熱が急激に奪われていく。
視界の端が黒く欠け、膝の力が抜けて冷たい土の上に両手をつく。
先ほどの拠点建築と鋼の鎖の生成によって、私の体内にある魔力は完全に底を突いていた。
「タクト、顔色が死人のようだ。下がって休んでいろ」
ルミナが私を庇うように前に立ち、次々と矢を放って巨像の視線を逸らそうとする。
巨像から放たれた熱線が地面を舐めるように走り、触れた砂や土が一瞬にしてガラス状に溶解していく。
私は震える足で立ち上がり、広場の端に設置したままになっているかまどへと体を向ける。
戦況を覆すための巨大兵器を創造するには、即効性のある高カロリーな食事を胃に流し込むしかない。
かまどの火はまだ赤々と熱を保ち、その上には先ほどの宴で残った食材が置かれている。
私は熱された石板の上に、猪の脂身と薄く削ぎ切りにした赤身肉を放り投げる。
肉が石肌に触れて激しく脂を噴き出し、焦げた獣肉の匂いが周囲の熱気と混ざり合う。
そこに、甲羅に残っていた蟹の濃厚な黄褐色の味噌をためらうことなく全て流し込む。
蟹味噌が熱せられて細かい気泡を立て、猪の脂と乳化してとろみのある濃厚なソースへと変化していく。
私は木の匙で肉とソースを絡め、火から下ろすのももどかしく口の中へと放り込む。
熱湯を飲んだかのような痛みが舌を焼くが、それを無視して何度も顎を動かす。
猪肉の弾力ある繊維から溢れ出す野性味と、蟹味噌の暴力的なまでの海の旨味が噛み合う。
咀嚼するたびに、ソースの濃厚なコクが口の粘膜全体を覆い尽くしていく。
一息に飲み込むと、熱を帯びた肉の塊が食道を通り、空っぽの胃の底に激しく衝突する。
その瞬間、干上がっていた魔力の回路に、発火した油のような凄まじいエネルギーが奔流となって逆流し始める。
失われていた体温が急上昇し、額から噴き出した汗が顎を伝って落ちる。
心臓の鼓動が耳の奥でけたたましく鳴り響き、欠けていた視界が以前よりも鮮明な色彩を取り戻す。
『いける』
私は口の端を手の甲で拭い、再び巨像が暴れる広場の中央へと視線を向ける。
拘束の鎖は限界を迎え、巨像が上半身を完全に起こして熱線を放とうとしている。
「3人とも、射線から離れろ」
私の声には、魔力に裏打ちされた強い覇気が宿っていた。




