「一目惚れってあるんだな」
社会人同士の、ゆっくりとした関係を書きたくて始めました。
BL作品となりますので、苦手な方はご注意ください。
# 第一話
## 「一目惚れってあるんだな」
団体職員として働く僕――かなとは、毎日、行政や取引先とのやり取りに追われていた。
朝、出勤してメールを返しているうちに電話が鳴る。
問い合わせ。
提出書類の確認。
工事日程の調整。
窓口対応。
気づけば昼になっていて、
昼休みが終われば、また電話。
「かなとさん、この件なんですけど」
「今日中に確認お願いできますか?」
「すみません、急ぎで……」
そんな言葉ばかりが、
一日中飛び交っていた。
仕事が嫌いなわけじゃない。
むしろ、
頼られるのは嫌いじゃなかった。
でも、
時々ふと思う。
癒しが欲しいな、と。
誰かと他愛もない話をして、
何も考えずに笑えたらいいのに。
けれど、
職場と家を往復するだけの毎日で、
新しい出会いなんてなかった。
恋愛なんて、
もうずっとしていない。
というより、
好きな人ができる余裕なんて、
自分にはないと思っていた。
その日も、
いつも通り忙しかった。
午後二時過ぎ。
「三階の○○会社さん、異動の挨拶で来られてます」
声をかけられ、
僕は慌てて机の資料を端へ寄せた。
付き合いの深い取引先で、
建物の三階に事務所を構えている会社だ。
この時期は人事異動が多い。
正直、
名前と顔を覚えるだけで精一杯だった。
応接室の扉を軽くノックして、
「失礼します」と中へ入る。
その瞬間だった。
ソファから立ち上がった相手を見て、
僕は一瞬だけ息を止めた。
色白で、
くっきりした二重。
黒髪は短く整えられていて、
紺色のスーツがよく似合っている。
整った顔立ちなのに、
どこか柔らかい。
威圧感がない。
むしろ、
優しそう、という言葉が先に浮かんだ。
「はじめまして。なぎと申します」
少し高めの声だった。
柔らかくて、
耳に残る声。
その瞬間、
胸の奥が妙にざわついた。
――あ、やばい。
そう思った。
たぶん、
かなり好みだ。
自分でも驚くくらい、
わかりやすかった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
慌てて頭を下げながら、
内心では全然落ち着いていなかった。
名刺交換のために差し出された手は、
男の人にしては白くて綺麗だった。
爪も整っていて、
清潔感がある。
近づいた瞬間、
柔軟剤みたいな香りがふわっとした。
「今日から担当させていただきます。まだ慣れないことも多いので、ご迷惑おかけするかもしれません」
そう言って、
なぎは少し困ったように笑った。
その笑い方が、
ずるいくらい自然だった。
愛想笑いじゃない。
ちゃんと相手を見て笑う人なんだと思った。
「いえいえ、こちらこそです」
答えながら、
自分が何を話しているのか、
よくわからなかった。
たぶん、
変な顔をしていたと思う。
でも、
なぎは気づいていないみたいだった。
上司同士の話が始まり、
僕は隣で資料をめくりながら、
ちらちらとなぎを見てしまう。
スーツ越しでもわかるくらい細身で、
座る姿勢が綺麗だった。
相槌の打ち方も丁寧で、
話している人の目をちゃんと見る。
たぶん、
仕事ができる人なんだろうなと思った。
なのに、
どこか近寄りやすい空気がある。
不思議な人だった。
「かなとさんは、普段こちらの業務を担当されてるんですか?」
急に名前を呼ばれて、
心臓が跳ねた。
「あ、はい。基本的には」
「そうなんですね。これからお世話になること多いと思うので、よろしくお願いします」
また笑う。
だめだ。
この人、
たぶんかなりモテる。
しかも、
たぶん無自覚だ。
そんなことを考えている自分が、
少し気持ち悪くて、
でも止められなかった。
打ち合わせが終わり、
なぎたちが帰る時間になる。
エレベーター前まで見送る途中、
なぎが軽く振り返った。
「ありがとうございました。また伺いますね」
その“また”に、
ほんの少しだけ期待してしまった。
エレベーターの扉が閉まる。
姿が見えなくなってからも、
僕はしばらく、その場を動けなかった。
「かなとくん、どうしたの?」
後ろから声をかけられて、
慌てて我に返る。
「いえ、なんでもないです」
そう答えながら、
自分でも笑ってしまいそうになった。
――一目惚れって、本当にあるんだな。
その日から。
三階へ続くエレベーターが開くたび、
僕は少しだけ、
期待するようになった。




