十七話 彼女に纏わりつく悪意
迷宮七階層。
コツ、コツ…と迷宮に住まう魔物には似合わない、軽い足音が歪な洞窟内に響く。
冒険者と思わしき人物が薄暗い迷宮をたった一人で闊歩する。
迷宮内を堂々と歩く冒険者を凶暴で残虐な魔物達が息を顰めて襲撃の機会を伺っている。
しかし、魔物達はその場から動く事が出来ない。
その冒険者は、大した知能のない魔物でも分かるほどに強く恐ろしい魔力に覆われている。
安易に姿を現せば、きっと自分達はたった一瞬でその命を落としてしまうだろう。
故に、魔物の呻き声と足音で騒がしくなる迷宮は静寂が訪れていた。
そんな静寂を破るようにして、無謀にもその冒険者の前に立つ魔物が現れた。
3〜4メートル程の巨体。
暗闇に耀く鋭い眼光。
鋭利な2本の牙、額に生えた触覚。
それは、中型の竜。
七階層の実質的な主として君臨する竜牙鬼の群れが冒険者を取り囲む。
「あるがァァァァァァァァァァァァア!!」
怒りと殺意の困った雄叫びが迷宮内に響き渡る。
彼等は憤怒していた。
彼等は殺意に燃えていた。
誉高き竜牙鬼たる我等に目もくれずこの階層を歩く矮小な人間風情に憤りを覚える。
竜牙鬼の群れの長が手に持った大剣を地に叩きつける。
それを見た他の竜牙鬼達もまた各々の獲物を地に叩きつけて咆哮を上げる。
「フッ。」
こんな絶体絶命な状況の中で、冒険者は笑って見せた。
恐れる事も逃げ出す事もしない。
未だ腰に帯びた剣を抜く様子もなく。
ただ余裕の表情で、竜牙鬼1匹1匹を品定めする。
「来ないのか?」
たった一言。
竜牙鬼達を取るに足らない雑魚だ。と言わんばかりに挑発する。
その言葉は彼等を刺激するのには充分過ぎた。
「フルがァァァァァァァァァァァァア(殺せ!!)!!!」
竜牙鬼の長の合図と共に、20匹の竜牙鬼の精兵達が一斉に冒険者目掛けて襲い掛かる。
彼等の連携は冒険者達が取る連携には少し劣るが、それでも洗練され熟練の冒険者でもその攻撃を掻い潜るには至難の業だろう。
地面を破壊する程の腕力から放たれる一撃をその冒険者は軽々と躱す。
四方八方から迫り来る攻撃の応酬を物ともせずに、避ける。
微かに連携が乱れた竜牙鬼の顔面を蹴り飛ばす。
グシャ、と竜牙鬼の顔面が潰れて絶命する。
それを皮切りに、冒険者は回避行動を辞め一気に反撃を開始する。
降り注ぐ攻撃の嵐を軽々と流して、次々と部下達の命を刈り取る冒険者。
同胞を殺して回るその冒険者の顔は、恐ろしかった。
竜牙鬼の長は決して怯む様子を見せず、無惨に殺されてゆく部下達を守る為に武器を握り締めて疾走する。
「君…合格だ。」
意味の分からない言葉を発しながら、長へと肉薄する。
竜牙鬼の長が大剣を振り下ろす。
冒険者はその大剣を素手で受け流す。
力そのままに振り下ろされた大剣は地面を叩き割り、瓦礫が嵐のように吹き飛ぶ。
魔物でありながら、部下を守らんと自分よりも強大な敵に挑むその勇気と気概を冒険者は気に入った。
抜くつもりの無かった剣を抜き、構える。
「ウルァァァァァア!!」
竜牙鬼の渾身の一撃は空を切る。
体制を低くしその一撃を躱した冒険者は、竜牙鬼の太い腕を軽々と斬り落とした。
「うるギャァあー!?」
ドスン。と地に膝を着く。
斬り落とされた腕を抑え、悲鳴を上げる。
冒険者は、苦悶の表情を浮かべる長の目の前に立つ。
「立つんだ、死にたくなければ抗ってみせろ。」
「ぬガァぁ!」
人間如きが!、そんな風にも聞こえる怒号を上げて立ち上がる。
失った腕の傷口を器用に塞ぐと、武器を左手に持ち替えて構える。
その瞳にはまだ、揺るぎない信念があった。
冒険者は、その美しい顔を歪めて嗤う。
「最高だね、君!」
クイっと手招きをする。
竜牙鬼は、大きく地を蹴って再び冒険者へと挑む。
その激しい打ち合いはまるで、人間が魔物に訓練しているようにも感じられた。
その中で、冒険者は不思議な提案を彼にする。
「君に相応しい相手を僕は知っている。このまま無駄死にするか…それとも僕に服従し、君が求める最高の戦場で誉高き死を迎えるか…さぁ、選べ。」
「ぐる、がぁ…」
竜牙鬼は思考を巡らせる。
確かに、自分はこの冒険者に何度も挑んだ所で敵わないだろう。
このまま行けば我は、部下の仇すら取れずに無駄死だ。
死ぬならばこのような死に方ではなく、誇り高い竜牙鬼として死ぬ方がマジだ。
竜牙鬼は、地に跪く。
片手で握っていた大剣を地面に突き刺し、忠誠を誓ったのだった。
ーー
「只今、戻りました。」
冒険者は、今日の成果を主たる女神に報告する。
玉座に腰を掛ける、その女神はほくそ笑む。
「よくやったわぁ…なら、後は貴女に任せても良いのかしら?」
「…はい。」
女神の視線が彼女に突き刺さる。
その瞳には決して逆らえない…と、彼女は悟る。
自分にはこれから起こる悲劇と悪意に逆らう事は出来ない。
逆らえば、私の命運は此処で尽きるだろう。
そんな自分がどうしようもなく嫌いだ。
なんて哀れなんだ。
なんて愚かなのだ。
自分を罵倒した所で、これから行う悪行を止める事は出来ないというのに。
「頼んだぜペネロペ…」
私達のリーダーであるスミュルが、そう言った。
その表情は笑っているが、心意は異なる。
彼はミスを許さない。
かつて、仕事に失敗した一人の同胞が激昂したスミュルの手によって殺された。
彼はネメシス様に異常なまでの信仰心を抱えている。
そんな女神の仕事を台無しにした者を許す事はないだろう。
ミスは許されない。
いつも通りだ…大丈夫。
これは生きる為に仕方なくやる事だ…だから、大丈夫。
私は悪くない、悪くない、悪くない。
決行日は、明日。
迷宮のとある地点まで目標を誘導する事が私の仕事だ。
明日から少年とは別に新しいメンバーが探索に加わる。
が、この問題はスミュル達がどうにかすると言っていたので気にしなくていいだろう。
彼だけなら、仕事は容易い。
彼は完全に私を信用している。
最初こそ警戒されていたが、何度も潜っている内にその警戒は薄れた。
警戒は信頼に代わり、彼は私を仲間だと認識している。
ここまではいつもと変わらない。
いつもと違うのは、心の問題だ。
私は彼との時間をとても心地良いと感じていた。
ありのままの自分で居られる空間に、幸せを感じていた。
だからこそ、辛い。
それでも私は、ただ自分が死にたくないから…酷い目に遭いたくないから。
なんてくだらない理由で、彼を陥れる。
私はきっと、これからもずっと弱いままだ。
私はそんな自分がーー嫌いだ。
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