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受け入れられない現実。

 目の前が暗い。起き上がる力が出ない。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、思考もうまくまとまらない。


 心がどこかにいってしまったのか、まったくなにも感じられない。

 なのに目からは勝手に涙が溢れて、止まって流れてを繰り返す。


 あれからもう何日経ったのだろう。

 気が付くと寝て、気が付くと起きて、一日の流れも分からない。


 アシェルの死。

 私にはそれが受け入れられなかった。


 他にも何人かが亡くなったらしい。名前は知らない人たちだったが。

 ゲームではそんな事なかったのに。いや、なかったわけじゃない。そんな描写がなかっただけだ。


 きっとゲームの中でも誰かが亡くなっていたのだろう。

 それでも、攻略対象であるメインキャラが死ぬなんて思ってなかった。


 私は今でも、どこかでここはゲームの世界という意識を持っていたのだ。

 この世界に生きる人たちは、現実に命をかけて戦っているのに。


 私はなにも成長していなかった。私だけがなにも……。

 私は今も、憧れのゲームの世界に来て浮かれていただけの馬鹿者だ。


 もう学園でアシェルの姿を見ることはない。ヴァンとのやりとりを見ることも出来ない。私に話しかけてくれることもない。


「ヴァンとはいいライバルになれるかもしれないな」


 そう言った彼は、もうこの世界にはいないのだ。


「おーい。聖女さんが来てるぞ」


 扉の向こうで、ベジタボの声がする。

 あれから何度か人が訪ねて来たが、私は誰とも会う気になれなかった。


 だってもう……、起き上がれない。

 返事をしないでいると、彼の足音は遠ざかって行った。


 私が始めから全力で戦っていれば……。向こうの部隊に入っていれば……。片方の部隊は自分一人で行っていたら……。

 私はどうすればよかったのだろう。答えは、正解は、コンテニューの方法はないだろうか。


 部屋の扉がゆっくりと開いた。


 薄く柔らかい金色の髪。瞬間、部屋の淀んだ空気が浄化されていく。

 目の前にはアリスが立っていた。


 帰ったのではなかったのか。

 寝たきりの私。彼女にこんな姿を見られたくはなかった。


「ラグナさん……」


 アリスの心配が伝わってくる。伝わってくるのだが……。

 彼女はこんな私に幻滅しただろうか。


「ラグナさんは、なぜそこまで落ち込んでいるのですか? もちろん学園の……、身近な人たちが亡くなったのは悲しいですが。ラグナさんは、特に誰よりも悲しんでいるようで。いったい、なぜそこまで……」


 答えられなかった。

 色々……、そう、色々あるのだ。


 前世の記憶。この世界の設定。憧れていた創作の人たちと、現実での出会い。

 そんなもの説明できなかった。


 そうだ。説明したらどうなるのだろう。

 ストーリーの展開を実は昔から知っていて、それを知りながら黙っていたと説明したら。


 なぜ早く言わなかったのか。私のせいでみんなが死んだ。そんなことを言われるのだろうか。

 だって、死ぬなんて知らなかった。そんな所まで描写されていなかった。だから私は……。

 こんな状況でも、私は自分のことばかり。本当に嫌になる。


 私はゲームの知識を使って、自分だけ強くなった。誰にも負けない力だが、それは私だけだ。

 そんな自分だけ安全な状況で、好きだったゲームの世界を満喫していた。


 この世界の人たちは、確かに生きているのに……。


「ラグナさん。少し外に出ませんか?」


 そんな私に、アリスはいつもと変わらない笑顔を向ける。

 逃げ出したい。消えてしまいたい。でも……。




 結局私は、アリスに連れ出された。

 久しぶりの外の空気。周りの景色が少しだけ目に痛かった。


 彼女はどこへ行くつもりなのだろう。亡くなった人たちの墓参りにでも行くのだろうか?

 足が重い。うまく前に進まない。まるで沼の中を歩いているかのようだ。


 やり直したい。もう一度最初から。時間を戻す魔法はないのか。

 そうだ。人を生き返らせる魔法は――。


 無い。そんなものは無い。

 時間魔法も、蘇生魔法も、この世界には存在しない。


 これじゃあ私も、雷の国の老婆と同じだ。

 人は生き返らないと当たり前のようにあの人に言っておきながら、いざ自分に同じようなことが起こったらそれを願わずにはいられない。


 なんて都合のいい頭だ。きっと私はなにも分かっていなかったのだろう。

 身近な人を亡くした悲しみや、後悔や、祈りを……。


「ここ、憶えてますか?」


 立ち止まってアリスが言う。

 ここは……。


 街の景色を一望できる静かな広場。

 丘に沿って、小さなベンチがいくつか並んでいるだけのその場所。


 憶えている。もちろん憶えている。

 だってここは……。


 ウェンディの妹、サンディを探して訪れた場所。

 そしてここで、私はアリスに見惚れたのだ。


 あの時の絵画のような光景は、今も私の記憶に残っている。

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