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第4話 観覧車


「わーっ! みてみて優真くん、凄い景色だよ! どんどん町が小さくなっていきますね。係員のお兄さんも、あんなに小さくなっちゃって」


 顔をギリギリまでガラスに近づけて、外の景観をあれやこれやと指さす青宮。

 青宮が興奮して身体を動かすたびに、グラグラと不安定に足場が揺れる。


「あっちに学校がありますね。ここからでも人工芝が見えますよ。あっ、こっちには謎の建物が! 面白い形してますね―。こういう奇抜なデザイン嫌いじゃありません」

「楓、一旦落ち着こうか。このままだと、また何も説明しないルートに一直線だ」

「ちょっとだけ! ちょっとだけ待って優真くん! せめててっぺんからの景色を味わってからにして!」


 座って眺めるだけでは飽き足らず、遂には席から立ちあがって全身で外を眺める青宮は、もはや何を言っても聞いてくれないだろう。


 付き合ってるのか付き合っていないのか、彼女なのか彼女じゃないのか。あやふやな今の状況を早急に説明してもらいたいが、今の状況を考えると、四度目の正直を諦めて、五度目の正直に期待する方が良さそうだ。


 そもそも、場所の選択が悪かった。

 長話をするなら、カフェとかベンチとか、それこそフードコートとか。とにかく座ってゆっくりできる場所が適している。

 

 まさか、青宮が観覧車を選択するとは思わなかった。

 ショッピングモールの付属施設として経営している、小さめの遊園地。

 フードコートから出た後、迷い無い足でショッピングモールも出て、辿り着いたのがこの観覧車だ。

 

 一応俺も青宮も座ってはいるが、ゆっくりできるかと言ったらノーだろう。

 観覧車には、一周という制限時間がある。


 愛の告白やイチャイチャ、世間話くらいの短い会話ならぴったりくらいの時間だが、俺の場合はだいぶ厳しい。

 記憶が無い期間の話を一からしようとしているのだ。

 かなりの時間がかかることが予想される。


 既に頂点、つまり折り返し地点が近づいているので、どう考えても時間が足りない。

 ここは素直に、滅多に乗らない観覧車を楽しむことにしよう。


 目の前の全力でこの空間を楽しんでいる女の子のように。


「てっぺんにとーちゃーく! 私たち、ここら辺で1番高い場所にいるってことですね。あっ、凄い! ねえ優真くん、今あのビルよりも高いところにいるよ! もしかしたら、東京タワーよりも高いかも!」

「全長333メートルの観覧車なんて、普通に考えて無いだろ」

「本当に? 日本だけじゃなくて、世界にも?」

「無い……とは断言できないな。それでも、多分おそらくメイビー無いだろう」

「もうっ! 優真くんは夢にも無いこと言うんだから。女の子のトリセツにも書いてありますよ。女の子はロマンチストなので、夢を壊さないようにしてあげましょうって」


 なんだそれ。

 もはやトリセツなんでもありじゃないか。


 でも、東京タワー級の観覧車はちょっと興味あるな。

 単純に考えて、縦だけじゃなく、横も333メートル必要になってくる。

 もしそんな巨大観覧車があったら、一周で何時間かかるか気になる所だ。


 その後も「スポーツカーみたいに上が開いているゴンドラがあれば、観覧車がもっと楽しくなると思います」とか、「縦じゃなくて、横に回る観覧車なんてどうでしょう?」とか、常人では考え付かないような奇抜な発想が青宮から飛び出した。

 

 正直どれも馬鹿みたいな考えだが、青宮は目を輝かせながら真剣に俺に聞いてくる。

 なんていうか、そうやって無邪気にはしゃぐ青宮を眺めてるだけで、楽しくて幸せな気持ちになる。

 

 いつの間にか俺たちを乗せたゴンドラは真下に近づき、行きと同じ係員の顔がはっきりと見えるようになる。

 結局俺は外の景色をほとんど見ず、窓ガラスに釘付けの青宮の横顔をずっと見ていた。


「優真くん、さっきからだんまりだけど、どうかした?」

「いいや、何もないよ。強いて言えば、ゴンドラの中で立ち上がらないで欲しかったかな。揺れると危ないから、さ」

「それはごめんなさい。ついつい興奮しちゃって」


 青宮が照れくさそうに薄く頬を赤らめ、席に座ろうとした時。


「お疲れさまでしたー。次の方どうぞー! 一瞬強く揺れるので気を付けてください」


 ガラス越しに、そんな声が聞こえた。

 おそらく手前のゴンドラに乗っていた客を下ろした係員の人の声だ。

 ということは、次の方って俺たちじゃ……。

 

――ガタン


「きゃっ!」


 ゴンドラが停車するのと同時に、宣言通りの大きな揺れが青宮のバランスを狂わせる。

 後ろに倒れれば、そのままストンと席に座れたのだが。


 幸か不幸か、俺が座っている前方に倒れてきた青宮を咄嗟に全身を使って受け止める。

 その結果、青宮の小さな身体を俺が抱きしめる形になってしまった。


 一瞬の――しかし感覚的には長すぎる沈黙が訪れる。


 半袖の制服を着ているが故に肌と肌が直に密着し、微かに漂うほのかに甘い香水の匂いが俺の鼻を刺激する。

 換気性を重視して薄く作られたシャツは、身体に押し付けられている青宮の大きな胸の感触を余すことなく伝え、健全な思考を保つのが難しくなる。

 

 全力疾走後のように心臓の鼓動が速いが、青宮に伝わっていないだろうか。

 さっきから背中から噴き出る変な汗よ早く止まってくれ。

 そして頑張れ俺の理性。シャツ越しに感じる確かな弾力を意識から外すんだ。

 

 俺も大概だが、青宮も固まったまま全く動かず、うんともすんとも言わない。

 ここは俺が優しく「大丈夫? 怪我はなかった?」みたいに声をかけるのが正解なのか!?


 加えて、青宮を受け止めるために伸ばした両手の居場所にも困っている。

 小さな背中に回して抱きしめるのは論外だし、身体に触れて持ち上げて立たせるのも何かダメな気がする。


 誰か助けてくれ! 俺はこの後どう動くのが正解なんだ!


 

 


第4話を最後まで読んでくださった皆様ありがとうございます!


作者の木本真夜は、三度の飯より感想が好きなので、どんなに些細なことでも書いて貰えると嬉しいです。


また、この作品を少しでも面白いと感じて下さった方は、是非ブクマ、評価をよろしくお願いします。

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