4.僕たち、私たちの邪神降臨の儀
カーテンで光を遮り、夜の底のように暗くなった放課後の理科室。数本の蝋燭で明りを灯したその室内の中心には、赤色の蛍光ペンで描かれたと思しき五芒星の魔法陣。
その魔法陣に沿うように、揃いの黒いマントと魔女の帽子で仮装した男女四人が、等間隔でゆったりと、阿波踊りのような奇妙なダンスを踊っている。
そんな彼らの中心には、一体の邪神像。
誰がどう見ても邪神。目をピカピカと光らせる邪神、邪神、邪神。
生き生きとして邪悪。
生き生きとして不気味。
地獄の蓋を開けてしまったかのような、混沌が溢れた光景。
ん? 一体そいつらは何してるかって?
おいおい、見りゃ分かるだろ? ハロウィンパーティーの真っ最中なのさ!
………………………。
そんな風に俺たちは今、教師に見つかりでもしたら、叱責ではなく精神病院に連れ込まれるレベルのことを平然と校内で行っていた。
はっきり言えば、これはもはや軽い事件だ。
ちなみにBGMは、件のバンドの「ハロウィンパーティー」という曲。
放課後の理科室に響く謎のデスメタル。細かい歌詞は殆ど聞き取れないが、
「邪神! 邪神! 邪神! 今日はハロウィン! 邪神! 邪神! 邪神!
すうはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい! いえぇぇぇぇぇ!」
というボーカルの狂った叫びだけは聞き取ることが出来た。
「オッラァ! そんなんで邪神様が降臨すると思ってるのか? もっと邪神様に敬意を表してだなぁ!」
そして花祭の、謎の叱咤激励。当初は花祭の慌てっぷりを楽しんでいた俺と横川も、流石にこの状況にうんざりし始めてきた。
謎の踊りを舞いながら、俺と横川は視線で言葉を交わす。
『早く止めさせなさいよ』
『いや、お前が止めさせろよ』
ちなみに清水さんは、魔女のコスプレに「わ~い」と無邪気に声を上げ、嬉々として邪神降臨の舞を踊っている。
踊る度に、たわわに実った果実が物理的な見地からして当然のように……いかん、何考えてんだ俺は?
そこで頭を左右に振って現実的な思考を呼び覚ました俺は、踊りを止め、意を決して花祭に声を掛けた。
「な、なぁ花祭」
「ん? なによ? ちょっと今、盛り上がってきたところなんだから邪魔しないでくれる? こうなったら……マジで邪神様をこの地に降臨させるしかないわ。ふ、ふふふ、あははははは! ハロウィン最高~~!」
興奮に叫ぶ花祭を前に、顔を引き攣らせながら、
「お前さ、本当はハロウィンパーティーのことよく知らないんだろ?」
「は? ……ま、まだそんなこと言ってるの!? だからこれが花祭家流のハロウィンパーティーで――」
俺は携帯スピーカーから流れる音楽を止め、カーテンを開き、理科室に明りを呼び込む。気づけば外は、黄昏時になっていた。
……自分の青春が、じゃっかん不安になった。
ハロウィンパーティーと称して、邪神降臨の儀式をしている間にも、時間は情け容赦なく過ぎて行ったようだ。グラウンドで青春の汗を流すサッカー部の面々が、やけに目に眩しい。
「ちょ! なによ樋口! もう少しで邪神様が降臨しそうだってのに!」
邪神降臨の儀を中断された花祭は、口を尖らせて俺を糾弾し始める。
「いいか花祭、ハロウィンパーティーってのは、少なくとも邪神を降臨させる儀式とは関係ない」
「はぁ? じゃぁどんなパーティーだっていうのよ? 言ってみろよテメェ!」
そればかりか俺の言葉にえらくご立腹し、人相を悪くして顔を近づけてきた。赤らみそうな顔を慌てて逸らし、花祭から距離を取ると、
「それは、だな……例えば『Trick or Treat?』とか言って、お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞって――」
俺が言い終わらない内に花祭は携帯を取り出し、躊躇いなくボタンを押した
プルルル、プルルル。
理科室に響くダイヤル音。呆気に取られる俺たち。
「え? ちょ、香奈、今、マジで……」
『はい警察です。事故ですか、事件ですか?』
そして通話口から漏れる、職務に忠実な無機質な警官の……。
「あっ、警察ですか? 事件です。不審な男から『デュフフ、お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ、ぐへへ』って言われたんですけど、どうすれば――」
「おまっ! 冗談でもそれ、マジで冗談になってないからなっ!」
花祭から携帯を奪い、俺は半端なく焦って背中に汗をかきながら、警官の方に平謝りをした。
「容赦なく通報。香奈……あんた鬼ね」
「あはは、良い子はマネしちゃダメだよぉ」
「すんません! すんません! ……って、ん?」
いくら電話口に声をぶつけても反応がない。俺は訝しんで携帯から手を離し、目にした文字列を呆然と読み上げた。
「は……? 痴漢撃退用アプリ?」
言うと花祭が引っ手繰るようにして携帯を俺の手から奪い取った。
「いくらなんでも、本気で通報する訳ないでしょ。アプリよ、アプリ。警官が応答するデッカイ声が入ってるから、夜道で怪しい奴が近くにいる時とか、結構役立つのよ」
どっと疲労を背負った俺は思わずその場で膝を折り、力なく手を床につく。
「で? 樋口ぃ? ハロウィンパーティーではどんなことをするんだって?」
「くっ……」
そんな俺に鬼畜丸出しで追い込みをかける花祭。恨めし気に花祭を見上げるが大したアイディアも浮かばず、結局、清水さんに助けを求めることにした。
ちなみに半裸の邪神様は、さっきからペカペカと不気味に俺たちを眺め続けている。
「ん~~でも特にこれといって、こうでなくちゃいけないってのはないと思うよ。仮装して、ハロウィンっぽい飾り付けをして、みんなで楽しめればそれでいいんじゃないかなぁ? だから私は、香奈ちゃんのハロウィンパーティーも素敵だと思うよ」
そこで清水さんは、全世界の悪を一瞬で黙らせる笑顔を俺たちに向ける。眩しい、眩しすぎる……散々、訳の分からんことをやらされた挙句に、この笑顔。
まさか、これが菩薩の光とでもいうのか?
その瞬間、先程の一件で疲労困憊してしまった俺の脳内に、謎の妄想が駆け巡った――。
――ブッダマスターキョウカ!――
ナレーション「女子高生、清水京香は悪と戦う御仏の使徒である」
清水「私は御仏の声を聞いたのです!」
悪役「なにぃぃ!?」
清水「そして悟りました! 私こそ、現世に極楽浄土を実現する為に御仏が遣わした、使徒であることを!」
SE:シャララララ。
SE:被せてオープニングテーマ『絶対・断食宣言! あなたが悟るまで、苦行をやめないぞ♪』
清水。制服が弾け、腕、足、胴、頭の順に袈裟を装着。最後に右手に数珠。
清水「私こそが御仏の心を体現できる、唯一の者! ブッダマスターキョウカです!」
悪役「なっ!? これこそ正に悟り! 無我の境地の光だとでもいうのか!?」
清水「御仏の救いの手を、受け入れるのです!」
ナレーション「負けるなブッダマスターキョウカ! 日本の未来は君の手にかかっている」
――完――
妄想が終わり、気付くと俺はその場で清水さんに向けて五体を投げ出していた。頭を上げて視線を後方に向けると、花祭と横川も両手を合わせ「ありがたや、ありがたや」と老人のような言葉を……。
…………何やってんだ俺たち?
我に返った俺は、無言でそっと立ち上がり制服をはたく。二人も「ハッ!」と弾かれたように現実に立ち返り、それぞれ気まずげに目を合わせる。
そして、邪神の前で後光が差すような笑みを浮かべている清水さんに向き直り……。
「えっと……ほ~ら見なさい! 仮装に飾り付け。ハロウィンパーティーの条件は満たしてるじゃない! ねぇ清水さん?」
と、無理やり先ほどのやり取りに戻った。すると清水さんは朗らかに笑い、薄靄のかかったようなのんびりした声で、
「あはは、そうだよぉ。それに、さっき樋口くんが言ったみたいに『Trick or Treat? お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ』って言って、お菓子を貰ったりするのも――」
その瞬間、花祭の目が俄かに光を帯びた。
「お菓子をくれなきゃ、悪戯。待てよ……悪戯、悪戯ぁ?」
俺と横川の中で、「げっ!」と嫌な予感が積乱雲のように膨れ上がる。
「おい花祭、悪戯ってのは、そのだな――」
「ふ、ふへ、ふへっへっへ。考えてみれば、ハロウィンって合法的に女の子に悪戯できる最高のイベントじゃない! いよぉぉし! こうなったら校内を駆け巡って、悪戯しまくるわよぉ!?」
言うが早いか、花祭は邪神像を片手に抱え(推定10kg程度)、「ふんっ!」と理科室の扉を開け放った。その際、物悲しくも邪神様の臓器の一つがおこぼれになった。
「ちょ! 香奈ぁ!? あんた何を!?」
「おい花祭! なんで邪神を?」
そして俺と横川の疑問を背に、そのまま廊下を走り出す。邪神様の臓器を校内にまき散らし、あたかも世紀末に荒れ狂う、モヒカン暴徒のように。
「ひゃっは~! オゥラァ! お菓子だ、お菓子を差し出せぇ! さもなくば私がトンデモナイ悪戯を、ふへ、ふへへへ、ハロウィン最高だぜぇぇ!」
ちなみに運悪く花祭の餌食にされたのは、
「Trick or Treatォォォォォ!?」
「えぇっ!? えぇっ!?」
たまたま何かの用事で教室に遅くまで残っていた、鈴木さんだったりする。
「げっへっへ。さぁ鈴木さん、お菓子なんて興味ないわ。それよりも大人しく私の言うことを……」
「何? 何なんですかぁ? ひ、ひぇぇぇぇぇ!」
俺が叫び声に気づいて教室に飛び込んだ時には、鈴木さんはあられもない姿にされていた。
「す、鈴木さん!? って、花祭っ! お前、何してんだよ!?」
「樋口君? あ、あああ、み、みみみ、見ないでえぇぇ!」
「げっへっへ、ウブなネンネじゃあるめぇし、大人しく言うことを」
性犯罪の場面を目撃した俺は、恐怖のあまり足が竦み……。
とはならず、普通に花祭に歩み寄って頭を叩いた。
「止めろっての!」
「いたっ!? おまっ! 軽々しく頭叩くんじゃないわよ! お前の頭はTrick or Treatかよ!?」




