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34 涙の告白

 テーブルの上には、マグカップが二つ置かれていた。

 七海は定位置という座椅子に座り、和人はその下手にクッションを座布団代わりのようにして座る。

 タイミングを窺いながら、他愛の無い話が続いていく。

 別にそれが嫌なワケじゃないけれど、今はやるべきことが、聞くべきことがある。

 冷静に、きっかけを探していた。

 


 ふと、会話が途切れる。

 二人同時に、カップを口に運んでいた。

 カップの中身は、半分ほどになっている。

 頃合、かな。

 カップを置き、七海の目を見据えて口を開けようとした瞬間だった。


「和くん。本当に、子供の頃の事、覚えてる?」


 機先の制したのは、七海だった。

 その目は、じっと和人の目を見つめてくる。

 やはり、気にしていたのだろう。

 彼女なりに思うことがあった、ということか。

 でも結果は同じ、だよな。

 和人は覚悟を決め、ゆっくりと口を開く。

「七海。言いにくいけど、思い……出せないんだ。再会してから、ずっと思い出そうとしてきた。でも、思い出せないんだ」

 耐え切れず、目を逸らす。

「幼馴染み失格だよな、俺。本当にごめん! 許してくれ、なんて言えないけど……何を言われてもいい覚悟はしてる。本当に、ごめん!」

 向き直り、頭を深く下げる。

 ほとんど土下座と言ってもいい。

 このまま罵倒されても、出てけと言われても、それに応える覚悟はしてきた。

 頭を下げたまま、七海の言葉を待つ。

 それが、ひどく長い時間に感じた。



「……やっぱりね」

 ため息と共に漏れる声が聞こえた。

 あぁ、これで終わりだな……。

 楽しかった時間も、全部。

 ひと時の夢だった、て事か……。

「和くん……顔……上げてよ?」

 ゆっくりと顔を上げた和人の目に映ったのは、涙を浮かべた七海の顔だった。

 泣かせちゃった、か。

 本当に、これで終わり、だな……。

 涙目の七海の顔を、直視することは出来なかった。

 常に笑顔を向けてくれていた。

 それが本当に嬉しかった。

 でも、負い目からか、逃げていた。

 その結果が、この涙、か……。

 今ほど、自分を情けなく思ったことは無い。

「ごめん……」

 それしか、口に出来なかった。

 七海が何かを言おうと、口を動かそうとしている。

 それをただ、待つしかなかった。



「勝手に……あやま……ら、ないで、よ……」

 七海の口から、途切れ途切れに言葉が吐き出される。

 その言葉に、思わず七海の顔を見る。

 その顔は、涙で濡れていた。

 体も震えている。それがはっきりと分かった。

 でも今の俺には、そんな彼女の触れる資格は無い。

 和人はただ、俯くしかなかった。


 ゆっくりと、七海の体が動いた。

 何されても、文句は言えない。

 和人は、ぎゅっと体に力を入れる。

 だが、何の衝撃も、感触も無い。

 どうしたんだろう?

 和人が、少し頭を上げる。

 その時だった。

 ふわりと、彼女の黒髪が舞った。

「七海?」

 七海が、和人に抱きついてきたのだ。

 そして和人の首にしがみ付き、声を上げて泣き始めた。

「え……なな……み?」

「うぁ……ごめ……ぐっ」

 七海は嗚咽しながら、言葉を紡ぎ出そうとしている。

「七海? 落ち着いて? ね?」

 和人はそっと七海の背中を、髪を撫でる。

「ひっぐ……ごめ、んなさ、い……」

 それは、謝罪の言葉だった。

「……え? 何で七海が謝るの?」

 手は彼女を撫でたまま、ゆっくりと問いかける。

「えぐ……だって……だ、って……」

 嗚咽が続き、言葉にならない。

「七海、落ち着いて、ね? 俺はここに居るから、ね?」

「ひっぐ……うん……」

 出来るだけ優しく、声をかける。

 嗚咽し、震える七海を慈しむ様に。

 そっと、髪を撫で続ける。


「落ち着いた?」

「……うん……」

 何分そうしていたか、分からない。

 でも、七海の震えは止まったみたいだ。

 それでも、彼女の髪を撫で続ける。

「七海、辛かったら、そのままでいいから」

「うん。ごめんね……」

「謝る事、無いよ。悪いのは、俺の方だし……」

「違うの! ……違うの……」

 七海が、必死に呼吸を整えている。

「ゆっくりで、いいから」

 彼女の主張、最後まで聞かないと。

 七海の口から、搾り出すような声が聞こえる。


「だって……だって、和くんに……忘れるように……言ったの……私、だもん……」


 どういう……事?


 余りにも予想外の言葉に、和人の手も止まってしまった。

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