29 グッバイ! 天木屋!
和人が目を覚ました時刻は、六時半だった。
昨夜、あれだけ飲んだにも関わらず、二日酔いにもならなかったのは、衝撃が大きかった故、だろうか。
それでも、ちょっと頭が重いのは、睡眠時間が短い為か。
部屋の三人は、まだ眠っている。
「風呂入って、さっぱりしてくるか」
そっと部屋を抜け出し、大浴場へ向かうと、誰も入っていなかった。
「貸切気分といえば、露天風呂だろ」
誰に言うわけでもなく声にだし、露天風呂に入る。
朝日が明るく差し込み、吹く風はやはり心地いい。
温泉に浸かりながら、昨夜の出来事を反芻する。
告白をされたのは、生涯で二度目だ。
考えた事がなかった、といえば嘘になる。
噂にされるくらいなわけだし。
おそらく池公園の時は、まだ覚悟が決まっていなかった、のだろう。
彼女の真っ直ぐさは、よく知っているつもりだ。
あの修羅場を、共に駆け抜けてきたのだから。
でも、それがこういうことになる、なんて、な……。
ほんと、人生は分からないもんだ。
一つ安心材料は、愛さんが事実を知っている事だ。
おそらく、ほどなく司にも伝わるだろう。
彼らが知っていれば、それほど不自然には見えないだろう。
あとは、自分の覚悟一つ、か……。
空を見上げる。
今日も、いい天気になりそうだ。
寝ている連中を叩き起こし、朝食へと向かう。
朝食は和定食だ。
いや、もうこれ、和懐石じゃなかろうか。
朝食で舌鼓を打つとは、思わなかった。
「あー! 昨日ウッチーに暴露させるの忘れたー!」
思い出したような、沙紀の叫び声。
酔いつぶれたアナタが悪いんでしょーが。
でも、今なら話せる気がしなくもない。
昨日のあの一言で、あれは完結した気がするから。
まぁ、機会があったら話してやろう。
たんなる思い出話と、言える日が来たら。
「お世話になりました」
「ありがとうございました。また来てくださいね?」
「はい。いつかまた、お邪魔させていただきます」
至れり尽くせりだった天木屋ともお別れだ。
愛のおばさん、もとい、女将さんに挨拶をして、宿を後にする。
こんな老舗に泊まれるような、大人になれるか分からないけど。
一歩一歩、進んでいくしかないんだろう。
そういえば。
「愛さん。天木屋って、創業どれくらいなの?」
「え? んと……ウン百年かな。藩のお偉いさんが好んで来てたらしいから。お忍びで、将軍様も来たとか来ないとか……」
……マジですか?
もう何回驚いたことやら。
最初から最後まで、スケールについていけなかった気がする。
近場にある道の駅に寄り、それぞれにお土産を買う。
ま、温泉饅頭が定番中の定番、ですかね。
人によって、買う量もチョイスもそれぞれだ。
こういうところに、性格って出るよな。
和人は早々と買い物を済ますと、他の仲間の土産の相談に乗っていた。
いや、さすがにネタを仕込んだりはしてませんよ?
仲間への土産ならいざしらず、その周りは無関係ですからね。
「さ、行きますか」
再び分乗し、道の駅を出発する。
今日もこれから二箇所ほど回ってから帰る予定だ。
大方の流れは、想像つくけどね?
「せっかくだし、楽しまなきゃ、損でしょ?」
隣の席から、恵美がいつもの変わらない笑顔を見せる。
その笑顔に、ほっとする自分が居た。




