28 覚悟
「私……あなたのことが、好き……」
真っ直ぐな言葉が、和人の胸を撃ち抜いた。
「柳……?」
「気がついたのは、ほんの少し前、よ?」
和人の左手の甲の上に、恵美の右手の手のひらが重なる。
その手が、熱を帯びているように感じる。
「正直、自分でも戸惑った。気が付かなければ、って何回も思った。でも……ダメね? 私は、七海ちゃんに嫉妬してた」
和人はただ、恵美の顔を見つめていた。
「私が、先輩に憧れてたのは知ってるでしょう? あの先輩の影には、ずっとあなたが居た。そんな先輩みたいになりたい、って思ってたけど、そうじゃない。君に……あなたに、傍に居て欲しいんだって。気が付いて、しまったの」
一言一言が、胸に刻まれていく。
「柳……俺は……」
口を開きかけた和人の唇に、恵美の人差し指がそっと触れる。
そして、小さく首を横に振る。
「今は、答えてくれなくてもいいの」
「……え?」
「私は、今すぐに七海ちゃんから、あなたを奪おうなんて、思ってない。あなたが、ちゃんと思い出して、その感情が何なのか、はっきりした時……その時に、答えてくれればいいの」
ふっと、彼女が笑う。
「あなたが、色々と抱えてきた事、私は知ってる。そのくせに、人に優しくて、自分はいつも二の次で。そんなあなたを、今度は私が支えたい、そう、思ってる……」
「そう……」
言葉が続かなかった。
いや、全てを、封じられている。
彼女は、待ってくれる、と言っている。
今はただ、自分の気持ちだけを受け取って欲しい、と。
そういう彼女の意思が、和人にははっきりと分かった。
そして、待つ時間と、結果を受け入れるという覚悟、も……。
「……分かった。ありがとう。言ってくれて」
「こっちこそ、聞いてくれてありがとう」
「うん。必ず……必ず、答えは出すから」
「うん。待ってる……あ、でも」
「ん?」
「待つ代わりに、一つだけ、ワガママ聞いてもらうね?」
そう言うと、すぅっと恵美の体が寄せられる。
「え?」
そっと、恵美の手が和人の顔に、頬に触れる。
柔らかい指だ。
すっすっと、その親指が和人の唇を撫でる。
何? と聞く暇も無かった。
近づく恵美の顔。
ふわり、と黒髪が揺れる。
微かに香る、シャンプーの香り。
気付いた時には、唇が重なっていた。
柔らかい、感触。
それは少しだけお酒の味がして、そしてとても、優しかった。
唇が離れ、ちょっとだけ、銀の糸が滴る。
離れた恵美の目は、やはり優しく、だがどこか悲しげに見えた。
「んじゃ、私は寝るね?」
「……あぁ。おやすみ」
「おやすみ。また明日、ね?」
恵美は、足湯から上がり備え付けのタオルで足を拭くと、来た時と同じように、パタパタと音を立てて戻っていく。
和人はその後姿を見送りながら、拳で唇を拭う。
けれど、感触は記憶にしっかりと刻み付けられた。
柳……。
突然の友人の告白に、戸惑わないと言えば嘘になる。
でも、そこまで友人を想わせたのも、自分なのだろう。
自分が答えを出さなきゃならない。
あの時と同じ轍は、踏みたくないから……。
和人はもう一度唇を拭うと、足を拭いて部屋に戻った。
「お帰り」
部屋に戻ると、愛が微笑んで迎えてくれた。
「あれ、寝てなかったんだ?」
和人は極力平静を装い、残りの布団の上に座る。
「うん。司も、今さっき寝たところよ?」
部屋では、すでに三人が夢の中だった。
気を利かせたのだろう。照明も一段暗くしてある。
「どうだった?」
「え?」
思わず、愛の顔を見る。
愛は優しく微笑んでる。
「ふぅ……お見通し、てワケかな?」
ため息をつきながら、答えを返す。
「本人から聞いてる、からね。知ってるのは私だけ、よ?」
「あれは姫の策、ですか?」
あ、しまった。
「もう。ま、姫でもいいけど。あまり人前で呼ばないでよ?」
「司に怒られるわ、多分」
「ふふ。そうかもね? あと、私は何も提案してないわよ? あくまで、気持ちと決意を聞いただけ」
「そっか……」
そんな和人の返事に、何かを感じたんだろう。
愛は何も言わず立ち上がると、和人の頭をぽん、と叩いた。
「それじゃ、おやすみ」
「あぁ。おやすみ」
愛はもう一度微笑むと、部屋から出て行った。
時計は、午前一時になろうとしていた。
和人は歯を磨くと、電気を消して布団に潜り込んだ。
寝れる気、あまりしないけどな……。
そう思いながら目を閉じると、お酒のせいか、早々に眠りに落ちた。




