27 伝えたい事
足湯も、源泉かけ流しとは。
天木屋、恐るべし……。
和人はそっと足を浸け、背もたれに体を預ける。
「はぁーー」
風呂とはまた違う気持ちよさ。
さいこーだね。
そっと目を閉じる。
今日はずっと、誰かが一緒に居たからなぁ。
一人っきりが、新鮮に感じる。
ま、あれはあれで、楽しいんだけどね。
遊んで、食べて、話して、飲んで。
心から、楽しいと思える。
良い仲間に巡りあえて、本当に良かった。
何分ぐらい経った頃だろう。
廊下を歩くパタパタというスリッパの音が聞こえてきた。
俺以外にも、こんな時間に足湯に来る奇特な方でもいるんだろうか?
そっと目を開けると、やってきたのは柳恵美だった。
「ウッチー、起きてる?」
「ん? ちょっとうとうとしてたかも」
「ここで寝ちゃダメよ?」
恵美はそう言いながら和人の隣に腰を下ろした。
「温かーい。気持ちいいー」
恵美は足をお湯に浸け、大きく伸びをする。
彼女の艶のある黒髪が、はらりと揺れる。
「どしたん?」
「ん? 別に?」
「部屋は?」
「谷島君もついに轟沈。愛と司君だけじゃ、お邪魔でしょ?」
なるほど、ね。
「ちょっとは時間、作ってあげないと、か」
「ふふ。そうね?」
お似合いのお二人さんの、邪魔をするのは野暮ってもんだ。
「今日の七海ちゃん、君にべったりだったね?」
え?
そういえば、ちょいちょい隣に居た気がするけど。
「そうか?」
「うん。ポジション取りに四苦八苦してた感じ」
へぇ。
「てか、よく見てんな?」
「たまたまよ?」
恵美はそう言うとクスっと笑った。
「相変わらず、思い出せない?」
「ん? ……断片的に出てくるものは、無くは無いけど。はっきりとこういう事、ていうのは、無いね」
今日の、あの一言も。
あの日の約束、か。
何なんだろう。
一ヶ月以上経っても、一向に状況に変化が無い。
もう半分、諦め気味なんだけど、ね……。
「そっか……」
「ごめんな。気を使わせて」
「ううん? 別に、何かしてるワケじゃないし」
言葉が途切れる。
ゆっくりと時間が流れる。そんな感覚。
恵美とは、そういう時間の使い方をすることが稀にある。
和人が車を走らせて、ただ車内に音楽だけが流れる、とか。
それが、居心地良くもあった。
今はただ、足元を流れる水の音だけが聞こえる。
ふと、この前の池公園の事を思い出す。
あの時、柳は何を思っていたのだろう?
いや、俺の中の何を測りたかったのだろう?
七海への気持ち?
いや、ストレートな質問をするタイプでは無いはずだ、と思う。
んじゃ、何を……。
「ねぇ」
「え? あ、何?」
不意に声を掛けられて、ちょっと焦る。
「君に伝えたい事が、二つあるの」
「二つ……ね」
いつか聞いたような、神妙なトーン。
「一つは……白石先輩からの伝言」
「え?」
瑞穂からの?
「何故、私から? って思ってるでしょ?」
「ああ」
もう終わったものだと、思っていた。
ここでもう一度、あの人の事を聞くとは思わなかった。
「伝言はシンプルよ。『ありがとう』って。それだけ」
ありがとう、か……。
あの人なりの、ケリの付け方、なんだろう。
本当は、逆なのに。
俺の方が、はっきりと答えられなかっただけなのに。
全ては、お見通しだった、ワケか。
強い人、だな。
でも、傍に居たい、と思ったことは事実。
その思いだけは、確かだったから。
「そっか……。何で柳がそれを聞いたのかは、聞かないよ」
「私も、言うつもりは無いよ」
さらっと流すのな。
ま、彼女らしい、か。
「それでも、ありがとう、と言わせてくれ」
「うん」
でも何で、このタイミングなんだろう。
まぁシチュエーション的に、印象に残るのは間違いないけれど。
脳裏にあの人の横顔を思い出す。
瑞穂……ありがとう。
いつか、言わないといけないな……。
「で、二つ目、だけど……」
「ん?」
前を向いていた恵美が、和人の方を振り向く。
真っ直ぐ、正面から目が合った。
怯みの無い、真っ直ぐな眼差し。
少し赤みの差した頬。
凛とした眉。
見慣れた顔が、違って見えた。
吸い込まれるようなその視線を、外す事が出来ず、じっと受け止める。
そしてゆっくりと、彼女の唇が言葉を紡ぎ出す。
「私……あなたのことが、好き……」




