14 回想 気になるところ
「そんな事、あったのね」
「俺が呼ばれる前、か」
愛と司が、しみじみと言う。
今でもたまに思い出すよ?
彼のあの表情。
付き合い五年目になっても、何なのかわからなかったけど。
もしかしたら……。
「ねぇ、メグ? その後、どうなったの?」
「その後はなぁ、俺が大活や……」
「アンタには聞いてないし。ねぇ、メグ?」
司君、時々不憫に思うよ。
ほら、のの字書き始めちゃったし。
「んじゃせっかくだし、その先も話そうか?」
「うん。お願い」
なんか、自分の武勇伝を語るみたい。
たまには、いいか、な。
文化祭準備期間となり、通常授業が無くなると仕事が一気に加速しはじめた。
貸し出す備品の交渉が次々と舞い込んでくる。
物によっては収蔵箇所まで行き、貸し出しチェックをする。
一日中、学校内を駆け回ってた気がする。
「だぁー、疲れたぁ……」
夕方になり、与えられた部屋に戻ってきて机に突っ伏す。
「お疲れ様。ま、初日が一番キツイからね。なんせ、全部の備品を放出する勢いだからねぇ」
貸し出しチェックのリストをまとめながら、恵美に優しく微笑みかける白石先輩。
ただ、机の上の書類がハンパじゃないんですけど……。
和人が大きく分類しておいた、貸し出し備品のチェック表だ。
今度は、返却の時に突き合せなきゃいけないんだよね?
うわぁ……何センチあるんだろ。
「チッス。使ってないファイル、借りてきたぜ?」
「司、サンキュ。皆もお疲れ様」
司と共に外に出ていたメンバーが戻ってきた。
「さって、あとはコレをファイルにまとめるだけだから、今日はここまで。皆、お疲れ様!」
白石先輩が解散を宣し、疲れた表情の同期が部屋から出て行く。
残っているのは、いつものメンバーに加えて司が増えている。
「司、無理せず帰ってもいいぞ?」
「そうだよー。司君、途中からなのにすごく動いてくれたし」
事務を抱えてる恵美よりも、校内を駆け回っていたのは司だ。
このイケメン長身は、上級生のお姉さま方から人気がある。
そして、本人はバスケ部で先輩方とのパイプも持っている。
下級生だから、と圧力かけてくる先輩との交渉には、最適な人選だった。
必要なピースって、こういう意味だったのね。
ただ、本人はちょっとアバウトなところがあるので、必ず誰かパートナーを連れて動き回っていた。
もっとも、皆必ずバディをつけて動け、という指示は出してあるんだけど。
一人で判断し、トラブルを抱えないように、との保険だった。
それも、白石先輩とウッチーが話し合って決めた、とか。
どれだけ気が回るんだ、この人たちは……。
「お前ら残ってるのに、俺が帰れるかよ? そういう処理は苦手でも、単純作業は出来るよ。分類終わったのから、出してくれ」
恵美たちが分類、チェックしたものを、司がファイルに綴じていく。
そんな単純作業の時間が続いた。
順調に動いていた仕事に、小さな波乱が起きたのは、文化祭の二日前だった。
「D組でパーテーション、壊したみたいですよ?」
部屋に戻ってきたメンバーから、報告が入る。
「は? ……今になってかよ。パーテーションの予備って?」
「無いわね。生徒会で使う分しか残ってないわ」
「そうですか。なんか、実行委員に都合してもらえ、って言っているみたいなんですよね?」
「はぁ? 自分らで壊したんだから、クラス費から弁償するのが普通なんじゃないのか?」
司があからさまに不満を口にする。
わずか数日とはいえ、仕事を手伝ってくれて、その大変さを理解してくれたらしい。
「あそこは、最初のやり取りでも、結構強硬でしたからね。担任もなかなか折れませんでしたから、覚悟しておいた方がいいかもしれません」
「そうなんだ? 分かった。言われたらこっちに回して? 皆はいつも通り、お願いね?」
「分かりました」
白石先輩が話を引き取り、それぞれが指定の部署へと動く。
恵美も生徒会室へと向かった。
数十分後。
恵美が生徒会室から戻ると、案の定というか、揉めていた。
「ですから、破損の原因はそちらなんですから、そちらのクラス費で出すのが、当然じゃないんですか?」
白石先輩と和人が、前面でD組担任の体育教師とやりあっている。
この頃には、論戦なんて慣れた物になっていた二人は、一歩たりとも引かなかった。
「でしたら、直接生徒会の方と交渉していただけませんか?」
正論に正論を重ねるが、一向に話は進まない。
「生徒会は、無いなら無いでなんとかするだろ?」
こちらの苦労も知らないで。
聞いてるこっちまでイライラするわ。
その時、少し口を閉じていた和人が口を開いた。
「先生。失礼ですが、生徒を指導する立場として、その物言いはどうかと思います。道理を曲げて無理を通そうとしているのは、明白じゃないですか。それとも、自分のクラス以外は関係無いとおっしゃいますか?」
「何だと!」
和人の言葉に、怒ったのだろう。
なかなか話が付かないことに、苛立っていたのかもしれない。
体育教師は和人の体を押し、和人は背中を壁に打ち付ける形となった。
う、と和人が顔をしかめるのが分かった。
壁にぶつかった音に、残っていたメンバーが一斉に振り返る。
その視線に、体育教師は一瞬怯んだ表情を見せた。
「ち……分かった。生徒会に言ってくる。担任にはその態度、報告しておくからな」
「ちょっと、待って……」
言い募ろうとした恵美を止めたのは、和人の手だった。
「ウッチー?」
和人はゆっくり首を横に振る。
その瞳の中に、重い何かを見たような気がした。
「さ、仕事に戻りましょう。時間は待ってくれないからね?」
白石先輩の言葉に、なんとなくほっとした空気が流れた。
「ずいぶん、揉めたみたいだね?」
一時間後、再び生徒会室に戻った恵美に、会計の阿部先輩が話しかけてきた。
「そうですね。私も正直、イライラしてました」
「はは。白石君と内田君に論破されて、意気消沈気味だったよ。もちろん、生徒会側も正論で突っぱねといた」
「そうですか。ありがとうございます」
恵美は深く頭を下げる。
阿部先輩は、一つの資料を恵美に渡す。
「それは新規備品のリストだ。収納、よろしく頼む。あと……」
阿部先輩が笑顔で続ける。
「今年ほど、円滑に備品が回ってる年は無い、と先生方の評判は良いんだ。自信持ってやるよう、伝えてくれ」
「はい。……ひとつ聞いていいですか?」
「何かな?」
「内田君て、中学の時からあんな感じだったんですか?」
「あんな感じ、と言うと?」
「こう、正義感が強いっていうか……」
「言い募るタイプか? てこと?」
阿部先輩の言葉に、恵美は頷く。
本当は、ちょっと違うんだけど。
「特別、正義感が強い、というワケじゃないと思う。僕は面識がある程度で、特別親しかったわけでもない。でも、そんな単純じゃないと思う」
「と言いますと?」
「彼の仕事ぶり、見ただろう? あそこまで使える後輩なんて見たこと無い」
確かに。まったくそんなすごい人とは思わなかった。
「過去に、何か大きな出来事があったんだろうね? 中一の時ですら、大人びた印象があった。同時に、儚げでもあった。今は、その部分は無くなったかな。僕が気付いたのはそれくらいだ」
「そう、ですか。ありがとうございました」
「ま、力量は確かだ。何かあったら、支えてやって欲しい」
その後、阿部先輩は生徒会長に呼ばれてしまった。
恵美は一礼し、資料を手に生徒会室を後にした。




