15 回想 スカウト
文化祭当日。
当日の管理部は、これといった忙しさは無い。
二日目最後に、後夜祭の設営があるけど、これは完全に裏方作業だ。
通常は、時折来る依頼に応えるだけなので、部屋に詰める者をローテーションで回すことになっている。
幸い、恵美が他の同期と詰めている時は依頼が無かった。
まぁ呼ばれたら、行かなくちゃならないんだけどね。
各クラスの出し物を眺めながら、校内を歩く。
実行委員として、自分もこれを支えてると思うと、何か不思議だなぁ。
そういや、白石先輩とウッチー、どこだろう?
司君は、さっき自分達の教室に居たけど。
何となく生徒会室へ足を向けると、見慣れた顔が揃っていた。
「やぁ、柳君」
目敏く恵美を見つけたのは、阿部先輩だった。
「柳君からも、頼んでくれないか? 内田君が生徒会に入ってくれるように」
え?
ウッチーが生徒会?
「私は入ろうと思ってる。ウッチーにスタッフとして支えて欲しいと思ってる」
白石先輩が熱を帯びた視線を送っている。
「だから、今はこの文化祭を、無事終わらせる事しか考えられません」
和人は首を横に振る。
ウッチー、表立ってはやりたくない、って言ってたよね。
「本人、乗り気じゃないようですし、無理強いするのもどうか、と思いますよ? まだ今年の仕事は終わっていませんし」
恵美は笑顔を絶やさず言い切った。
「柳君もそう言うのか。仕方ない。仕切り直しとしよう」
阿部先輩が話題を引き取った。
「さぁ、残りも気を抜かずに、な?」
「はい!」
まだ、やるべきことは残ってるからね。
「じゃ、私は部屋に行くね?」
白石先輩は、手を振って階段を下りていく。
「さって、どうしようか?」
恵美は隣の和人の顔を見る。
「ちょっと見て回ろうぜ? 次のローテまでは時間あるし」
「そうだね。行こうか?」
「あぁ。……柳、さっきはありがとな?」
「え?」
「生徒会の話、止めてくれて」
ほっとした声だ。
「ううん? だって前に言ってたじゃない。表立ってやるのは苦手だって」
和人がちょっと考える表情になった。
「最初、実行委員やれ、言われて、職員室から出た時に言ってたよ?」
「そうだっけ? まぁいいや。とにかくありがと」
「生徒会、入る気は無いんだ?」
「ああ。何となく、だけどね」
和人の顔は笑顔に戻っていた。
「んじゃ、体育館の方、行ってみるか!」
恵美は歩き出した和人の後に続いた。
文化祭はこれといったトラブルも無く、後夜祭へとなだれ込んでいく。
管理部はグラウンドで行われる後夜祭ステージの裏方で多少の準備をしたものの、大した仕事ではなかった。
毎年恒例の、業績ランキングの発表。
煽りまくったマイクパフォーマンスをしているのは、運営部の誰だろう?
飲食店トップは、ニ―Cの和風喫茶、という発表にグラウンドが揺れましたが。
どうでもいいくらいに、煽りすぎなんじゃないの?
なんか、どこからツッコんでいいのやら。
ま、お祭りだし、いいのかもね。
生徒会長の挨拶で後夜祭が締めくくられると、そこからまた仕事が始まる。
残り時間では、大して片付けは出来ないけど、早いクラスは完璧に片付けて、備品を返却に来るところもある。
今日終われば、休みが一日増えるから、なんだけど。
もちろん、実行委員は明日も仕事ですけどね。
白石先輩の指示で、後夜祭設備の撤去組と、備品の管理組に別れ、仕事へ向かう。
どこまでだって、やってやろうじゃない!
気分は当に、ランナーズハイだ。
予想以上の速度で片付けが進んでいく。
皆も、似たようなものかも、ね。
翌日、疲れた体を引き摺るようにお昼から学校へ行き、残された仕事へと掛かる。
昨日、想像以上に片付けは進んでいたらしく、備品の回収も思ったより進んでいた。
「貸し出す時と同じように、チェックをお願いします。大物の収納には、くれぐれも注意して下さいね」
和人の声が飛ぶ。
皆疲れてるからね。気を付けないと、ね。
チェックする書類は二種類ある。
総個数チェックと、貸し出し先チェックだ。
両方が貸し出し前と一致すれば、問題無いわけで。
ま、細かい物はいくつか差異が出るだろうけど。
手間と実益のバランスを取った結果、だとウッチーは言う。
ほんと、頭の中身見せて欲しいね。
そんな事を思いながら、恵美は淡々と仕事を回していく。
午後四時をもって、今日の作業は打ち止めとなる。
幸いにも、管理部では書類整理以外の仕事はまとまっていた。
四時十分から、実行委員の打ち上げが行われる。
打ち上げと言っても、ジュースとお菓子の盛り合わせだけどね。
そこまでいって、やっとほっと出来る、かな。
「今年も無事、終わりました。例年以上の盛り上がりを見せたのは、皆さんの力があってこそだと思います。本当にありがとうございました! では……乾杯!」
「乾杯!」
生徒会長の挨拶で、打ち上げは始まった。
立ったままの飲み食いスタイルだけど、端の方にはちゃんと席も用意してあるようだ。
学年、役職入り混じっての談笑タイム。
話題は当然、文化祭の話になる。
恵美も他のセクションのメンバーや、先輩たちとの話に興じていた。
やっぱ、それぞれのセクションで、色々あるんだなぁ。
さすがに、やってみたい、とまでは思わないんだけど。
経験者だから、とかいって、来年も推されなきゃいいけど。
これは、一年生委員の総意と言ってもいいかもしれない。
いや、中には来年もやる! という、奇特な方も居るかもしれないけどね?
高揚感と達成感は、クセになるし、ね……。
「ウッチー、お疲れー」
いつの間にやら、隅っこで椅子に座っている和人を見つけ、その隣に腰を下ろす。
「柳、お疲れ」
「先輩は?」
「他のセクションの人達と話してたよ。色々あるんでしょ」
「そっか」
一連で一番印象に残ったのは、この同級生かもしれない。
仕事に向かう態度。その所作。回転の速さ。
近くにこんな人がいるなんて思わなかった。
なかなか面白い人と、友達になれた、かな。
一瞬見せた、あの表情が気になる、けど。
いつか、あれについて聞けるかな……?
ちょっと考える恵美の前に、一人の人影が立ち止まった。
「やぁ。柳君に内田君、お疲れ様」
「阿部先輩。お疲れ様でした」
メタルフレーム越しの視線も、今日は柔らかい。
先輩の出現に、恵美と和人は立ち上がる。
「そう硬くならないで、って言っても無理かな?」
さすがに、それは。
「今回の管理部の働き、完璧だったよ。先生方もそう言ってる。喜んでいいぞ?」
「あ、ありがとうございます」
恵美は思わず頭を下げる。
「それも、白石先輩が先頭に立ってくれたからです。俺らだけじゃ、こうは出来ませんでしたよ」
それもそうだ。
恵美は和人の言葉に頷き、同意を示す。
「うん。白石君も頑張ってた。だが、その彼女が君達の事を褒めていたんだ。先輩の評価は素直に受け止めないと、な?」
白石先輩……。
「それはそうと、内田君。考えてくれたかな?」
阿部先輩の言葉を、恵美は一瞬理解出来なかった、が。
生徒会?
先輩、諦めてなかったんだ。
「……スイマセン。先輩。俺は無理です」
「やはりか。理由だけでも、教えてくれないか?」
「特に無いです。強いて言えば、自信が無い、ですかね。俺は上に立って引っ張る人間じゃないと、しみじみ思いましたよ」
ゆっくりと。
だけどはっきりと、和人は答えた。
「そうか。僕の様に事務方もあると思うけど?」
「事務処理では、白石先輩に敵いませんし。せいぜい効率良く仕事を割り振るくらいしか、出来ません」
「そうか。残念だが仕方ない。僕は諦めるけど、彼女が諦めるかな?」
阿部先輩の視線の先には、一緒に戦った白石先輩の姿がある。
「諦めていただきますよ? 俺には、分不相応です」
「分かった。最終役員会には、白石君が出るんだね?」
「その筈です。それまでには、全ての資料を仕上げますよ」
「期待してるよ? それじゃまた」
去っていく阿部先輩の後ろ姿に、軽く会釈をする。
「いいの? 生徒会?」
「いいんだよ。理不尽な物言いに正論で返すの、思った以上に疲れるし。生徒の代表なんて、俺の柄じゃないよ」
先輩の推薦があっても、いちおう選挙がある。
色々めんどくさい手間もかかるし、先生とのやり取りも……。
あ……。
ウッチーは、先生と前面で斬りあってたっけ。
最初は担任と。次は体育教師と。
仲間の間では、特に後者とのやり取りが、ある意味評判だけど、先生からの評価はどうだろうか?
「ウッチー。もしかして、先生とやり合ったの、気に……」
問いかけた柳の言葉を遮る様に、和人の人差し指が口の前に差し出される。
そしてそのまま、ゆっくり首を横に振った。
やっぱり……。
仕事の評判は伝わってても、心は穏やかじゃないよね。
それが変な風に軋轢となれば、皆に迷惑がかかる。
彼はそう考えてるんだろう。
再評価の期待なんて、してないんだろうな。
それでいい、と諦めて……。
諦め?
今思えば、諦念、かもしれない。
あの時、彼の瞳の奥に見えたものは。
そうだとしたなら、彼は何を諦めたんだろう?
それは私が彼を知るよりも、阿部先輩が知るよりもずっと前。
聞けないよね。こんなこと……。
「さ、名残惜しいですが、ここまでにしましょう」
生徒会長の合図で、三本締めで締める。
さ、これでまた、日常の生活に戻れるんだ。
新しい、興味深い友達も出来たし。
さ、これからどうなって行くのかな?
楽しみと不安、半々かな。
校舎を出て、空を見上げる。
夕暮れは、すっかり秋めいていた。




