13 回想 横顔
あの日以来、一日一日が早く過ぎていく気がする。
家に帰っても、予習復習も出来ず寝ちゃう事もしばしばで。
それでも、充足感でいっぱいだった。
昼休みでも、時間を惜しんで資料をまとめる日々が続いた。
友達から慰められることもあるけれど。
内田君や白石先輩と作業するのは、楽しいし。
何より、クラスメイトの彼の仕事捌きが素晴らしかった。
白石先輩は、後から聞けば、二年生で五本の指に入る成績の持ち主みたいで、単純な資料の処理は早く、やり取りの記録は完璧だった。
それらの資料を基に、内田君が仕事を割り振っていく。
それは当に、的確の一言だった。
おかげで、思ったより早く、生徒会に資料を上げる事が出来た。
「さすが白石君。君を選んで正解だった」
生徒会室で応じてくれたのは、阿部先輩だった。
「いえいえ。内田君たちが頑張ってくれたおかげです」
「そうかもしれんな。しかし、かなりの誤差があるな」
そう、私達が思う以上に、備品の数に誤差があったのだ。
単純に数字を修正するだけじゃ済まないと判断し、新しく作り直し、誤差だけをまとめた一覧表まで作って置いた。
「さっそく生徒会から上げるが、おそらく数は戻せないだろう。新しい表の方で行こう。生徒会で使用する備品については近日中に上げるから、よろしく頼む」
うん。やっぱこの先輩も切れ者だ。
「阿部先輩。今年新たに購入する備品については、どうなってます?」
「まだ各出し物の企画書が出揃ってない。あれが揃わないと判断出来ないんでな」
「そうですか。では既存の備品だけで構いません。今回から、管理部の誰かが立会いの下で貸し出す形にしたいのですが?」
出し入れ部分を管理するだけでも、数の誤差は減るだろう。
合間に三人で話し合って出した結論だった。
「いいだろう。やり方は任せるよ。新規備品に関しては、数と使用先はまとめておく。文化祭が終了したあとは、管理部の元へ収納となるから、それもよろしく頼む」
「分かりました」
これで、前哨戦は終わりとなる。
後は、準備期間から当日までの、道具を実際に使う期間が本番でもある。
「ね、ちょっとお茶でも飲んでかない?」
帰り際、言い出したのは白石先輩だった。
「いいですよ? 内田君は?」
「そうですね。お供しますよ?」
二人が応じると、白石先輩は嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ。行きましょうか?」
「二人とも、本当にありがとう。私だけじゃ、こんなに上手く回らなかったと思うわ」
「いえいえ。そんな事無いですよ」
さすがに先輩に面と向かって言われると、照れるなぁ。
「ううん? そんなことないよ。でも、本当に助かった。特に、内田君にはフォローされっぱなしよ」
「柳さんが数字まとめてくれてたんで。他考える時間が出来たんですよ」
うわぁ、穴があったら入りたい、とは当にこの事!
「ふふ。そういえば、内田君、皆から何て呼ばれてるの?」
「俺ですか? 友達は、ウッチー、とか呼びますけど?」
「んじゃ、これからそう呼ぶことにするわ」
「はは、好きに呼んでください」
和人も満更でもなさそうだった。
「じゃ、私もそう呼ぼ。代わりに、私は呼び捨てでいいよ?」
「ん? その方が気楽でいいか、な」
ちょっとはにかんだ笑顔。
結構いいかも。
ここからは雑談タイムとなる。
白石先輩の話は、為になる経験談が多かったなぁ。
小一時間ほど談笑したところで、お開きになる。
白石先輩は自転車で帰り、恵美は和人と共に駅へと向かう。
「ウッチー、聞いてもいい?」
「ん? 何?」
「私と組むの、嫌だった?」
恵美の言葉に、和人は驚いたように目を見開いた。
「え? あ、いや、そんな事は全く無いんだが……俺、柳に何かした?」
逆に聞かれる。
「いやさ、最初先生に、自分たちを選んだ理由、問いただしてたじゃない?」
「あー……。それね?」
仕事をしてる間も、ちょっとだけ気になっていた。
本当に、ちょっとだけだよ?
「別段、深い意味はないんだけど……自分の都合で、歯切れ悪い言葉で誤魔化して、都合のいい解釈を押し付けて、理不尽なものを受け入れろ、と強いる。そんな大人が、嫌いなだけだよ」
それは、感情の無い、淡々とした言葉だった。
そしてそんな言葉を吐いた彼の横顔が、とても怖かった事を、はっきりと覚えている。
奥歯にずっと、何かを噛み締めてる様な。
その目は、何かをずっと睨んでる様な。
その横顔を見ているだけで、背筋が凍るような感覚に襲われた。
その背後の夕焼けが綺麗だったから、余計にそう見えたのかもしれないけど。
簡単には触れていけないような部分に、軽率に触れてしまったような後悔。
それが率直な感想だった。
「ま、思ったよりも、楽しめてるからいいけど?」
ふっと、表情が和らぐのが分かった。
いつもの彼の、横顔だった。
「う、うん。そうだね?」
ちょっと動揺した声になってしまい、ハッとする。
「ん? どした?」
彼がこちらを振り返る。
「な、何でもない! でも、ウッチーの頭の中って、どうなってんの? 成績そこそこなのに」
「ひでーな。成績は余計だろ? ま、シンプルな話、優先順位、だよ?」
努めて冷静に。何を成し得るのかを考える。
必要な結果を導くには、何が必要なのか。
順位を決め、必要なピースを嵌めてくだけ、と。
「簡単に言ってくれるね? 普通、出来ないよ?」
「あはは。まぁいいんじゃない? 俺は先輩や柳ほど、事務作業は得意じゃないし。適材適所って、そういう事だろ?」
「そうかもね。あ、人手どうする?」
最初に先輩が一人抜けてしまったけど、結局そのままやりきっていた。
だが、本番では各所に立会いもいるし、生徒会とのやり取りも増えるかもしれない。
もともと最低限の人数で割り振られているから、他からの増援なんて望めない。
「仕方ない。司に声、かけるよ」
「司君? 動いてくれるかなぁ?」
「動いてくれる、じゃなくて、動いてもらう、さ。必要なピースだからな」
和人がニヤリと笑う。
うーん。中身は聞かない方が良さそうだね。
「んじゃ、任せるよ。また来週ね?」
「あぁ。またな?」
駅で和人と別れる。
あの一瞬の表情、何だったんだろう……。
そして、大人びたとも言える、冷静な物事の処理。
普段から落ち着いた人、だと思ってたけども。
どんな過去を過ごしてきたんだろう。
ふと、そんな事が気になった。




