11 陰影
大学の空きゼミ室で、柳恵美は一人、レポートと格闘していた。
あの教授、課題多すぎじゃない?
授業の選択、間違ったかなぁ……。
まぁ、いまさら言っても仕方ないんだけどさ。
なんだかんだ言いつつも、キッチリやってしまう自分の性格が、時々イヤになるわね。
そう思いながら資料を纏めていると、後ろから何やら話し声と共に近づいてくる足音が二つ、廊下から聞こえてくる。
思ったよりも、早いじゃない。
「メグ。お疲れ様」
「オッス」
やってきたのはいつものいいコンビ、ウッチーいわくツンデレ姫こと小野愛と、その相方の鈴木司。
司の手にはコンビニの袋があった。
「差し入れだよ」
「ありがと。愛」
「俺じゃないのかよ……」
「冗談じゃない。本気にしないの」
イジられっぷりも変わらないね。
「ちょっと早かった?」
「ううん? 大丈夫。資料のまとめは大体終わってるから」
恵美は袋から紅茶のペットボトルを取ると、一口飲んだ。
「そっか。沙紀は?」
「バイトだって。後で話通してくれればいい、ってさ」
「ウッチーは、めんどくさいって。丸投げされたわ」
彼らしいね。
「ま、彼が今日出掛けたがらないのは、分かるけど、ね」
「愛? 何それ?」
「何でもないよ? さって、どうするかってとこだけど……」
恵美の質問を無視して、愛は話を始めてしまう。
話の中身は、旅行の計画だ。
何か引っかかるけど、まぁいいか。
ちょいちょいと司をイジりながら、話を進めていく。
友達と旅行なんて、いつ以来かな?
行く前のこれも、楽しみの一つ、なんだけどね。
「ま、とりあえずこんな感じで。皆に回してみようか?」
「その前に、ウッチーと沙紀にだけ、先に話しとく?」
「そうだな。それがいいかも」
恵美は概要をメモしたルーズリーフをしまう。
「ね、内田君どうしたかな?」
「どうしたって、記憶の事?」
そういえば、愛と沙紀には話した、って言ってたっけ。
「そう。実は昨日、一緒にいるの見たんだよね」
愛が楽しそうに話す。
「知ってるよ。昨日図書館で七海ちゃんに会ったし」
「なーんだ。知ってたの」
残念でした。
「昨日、モールで見たんだけど、仲良さそうだったよ? 妬けるぐらい」
「それ、彼氏の隣で言う?」
隣の司は複雑な表情を浮かべている。
「いいの。でも、本当に自然体、って感じでさ」
いいの、って。
隣で司君、凹んでるじゃないの。
まぁ、いつものことだけど。
自然体、ね。
ふと、前の車内での会話を思い出す。
居心地いい、か。
それとは違う、のかな……。
「と、それは置いといて、気になる事、聞いていい?」
「何?」
恵美は、ちょっと雰囲気を戻した友人の言葉に首を傾げる。
「普段の内田君の表情に、たまーにだけど、重い何か……影、みたいのを感じる事があるんだけど?」
「影、ね……」
どきん、とした。
まさか愛から、そんな言葉が出るとは思っていなかった。
「メグ、何か心当たり無い? 司は分からない一辺倒で」
「分からなくて、悪かったな……」
いじけちゃってますけど、彼氏。
まぁ、分からない、はずだよね。
彼は、周到にそれを隠している。
いや、無意識の内に、かも知れないけれど。
私もそれを感じたのは、数えるほどしかないけれど。
愛は、なかなか鋭いね。
繊細なんだよね。
司君は、確かにお似合いだわ。
「メグ?」
「ごめん。まさか愛からそんな事言われるとは、思ってなかったからさ」
紅茶を一口飲んで続ける。
「私も、気付いてるよ。ただ、滅多に彼はそれを見せない。愛が気付いてる事に、びっくりだよ」
「メグ、心当たり、あるの?」
愛の言葉に、恵美はゆっくりと頷く。
「初めてそれに気付いたときが、一番濃く出てた、と覚えてる」
「柳……それ、いつの話だ?」
司も表情がマジメになっている。
さっきまで凹んでたのに。
「そうだね。ちょっと昔話になるけど、聞いてもらおうかな?」
こんな話をした、なんて言ったら、彼は怒るかもしれないけど。
私も、気になってた事でもあるし。
今の彼しか知らない愛なら、別な見方をするかもしれない。
時刻は、午後三時半過ぎだった。
「もちろん、高校時代の話よ? 司君、どっか気になったら言ってね?」
「オッケー」
「それじゃ……。あれは、一年の二学期が始まった頃だね……」




