第10遭遇
トントン、と小さく何かを叩く音が聞こえた気がしました。
ゆらゆらした意識。
薄く目を開ければそこは見慣れた私の部屋。
けれどカーテンを引いていたせいか、時間のせいか、すべては薄暗闇の中。
カチャリと部屋の扉が開きました。
廊下の明りが入ってきてそれが少し眩しいです。
逆光の中に見えるのは、見覚えのある少し背の低い男の人のシルエット。
「おとう、さん?」
「目が覚めましたか?」
優しい、優しいお父さんの声。
いつもより熱い身体と寝起きだからだけじゃないぼんやりとした意識に違和感がありましたが、お父さんの声を聞いて少しホッとしました。
お父さんがベッドの傍にまできて膝をつきます。
そっと額に触れる掌はひんやりと冷たくて、気持ちいいです。
「まだ少し、熱があるようですね」
そっか、私学校で熱を出して早退してきたんでしたっけ。
「今何時ですか?」
「7時半を回ったぐらいですよ」
3時前に帰ってきていたので、4時間ほど寝たことになるんでしょうか。
「ご飯出来ましたが部屋で食べますか?」
「モモ缶はありますか?」
私の質問に笑いながらお父さんは頷いてくれました。
そんなお父さんの柔らかい微笑みに、小さい頃に熱を出して寝込んでいた時のことを思い出します。
私が熱を出すと看ていてくれたのはいつもお父さんでした。
そしてお父さんが小さい頃そうだったように、熱を出すと必ず冷やしたモモ缶を用意してくれました。
生の果物でなく、缶詰っていうのがポイントでしょうか?
ゼリーでもなく、アイスクリームでもなく、モモ缶なんです。
そしてどうしていつも熱を出した私を看ていてくれるのがお父さんなのか?
それは私の家ではお母さんが働いていて、お父さんが主夫をしているからなんです。
周りのお友達や、クラスメイトに聞くと「珍しい」と言われます。
でも珍しいと言われても、それが私の家であり、家族です。
それに、お母さんは私とは違って背が高くて、とってもキレイなんです!!
仕事もバリバリとこなして、残業とや出張とか多くて一緒にいれる時間は少ないんですが、それでも一緒にいれる時は”ぎゅーー”って抱きしめてくれるんです。
傍にいるととっても良い香りがして、大人になったらお母さんみたいになりたいって思います。
そしてお父さんは、背はあまり高くなく・・・・・・私はお父さん似だと言えばわかりやすいのではないでしょうか?
垂れ目に眼鏡、それに口調は一緒にいる時間が長かったせいかお父さんと私の口調は似ているみたいです。
地味で柔らかい雰囲気のお父さん、でも、実はお母さんと結婚するまでは刑事さんをしていたそうです。
キャリア組でエリートだったそうです(この辺はお母さんが惚気ながら言ってました)
そんなふたりの馴れ初めは昔からずっと聞いていて、いつか私にもそんな恋が出来ればいいなと思っていました。
『俺の子供を産んで欲しいんだ』
「ひゃっ」
多分、『恋』というキーワードから引き出されたと思われる、王子様の言葉。
それが頭の中に蘇り声が出てしまいました。
急に驚いた声をあげた私に、お父さんもびっくりしています。
「彩音さん、どうしましたか?」
眼鏡の奥の瞳が心配そうにしています。
けれど思い出した内容が内容だったので、少し口にしづらいです。
だからそれを誤魔化すように
「ご飯、部屋で食べていいですか?」
「・・・・・・じゃあ持ってきますね」
きっと私の様子が変なことには気づいているんだと思います。
けれどお父さんは何も聞かずに私の頭をひと撫でして、部屋を出て行きました。
熱と、お父さんの優しさに。
ポロリと目から雫がひとつ。
「なんで泣いてるんや?」
けれど突然聞こえた声に、ふたつ目の雫は引っ込んでしまいました。