27 見覚えのある不審者
ドルメーユ家の話がようやく一区切りついた、その二日後だった。母上の実家筋へ、軽い見舞いも兼ねた昼の訪問をすることになったのは。
大げさな夜会ではない。近しい親族だけが顔を合わせる、小さな昼食と庭歩き。
姉上も「そのくらいなら」と出る気になってくれたし、母上もそれならちょうどよいとおっしゃった。ずっと屋敷の中で息を詰めているより、少し外の空気を吸ったほうがいい――たしかにその通りだった。
季節はもうすっかり春で、空は高く、風は軽い。
母上のご実家の別邸は、王都の南寄りにあって、庭のつくりがいかにも古い家らしく伸びやかだった。
低い石垣に沿って白い花が咲き、芝生の向こうには小さな東屋がある。貴族の庭というより、少しだけ昔の郊外屋敷めいた、肩の力の抜けた景色だ。
私はそういう場所が好きだった。
……好きだったのに、その日は途中から少しも好きでいられなくなった。
「アンバー」
姉上が、白い花の咲く小径を歩きながら言った。
「今日は、だいぶ機嫌がいいのね」
「そう見えます?」
「見えるわ」
「たぶん、ドルメーユが片づいたからです」
「片づいた、でいいのかしら」
「少なくとも、もうあちらのことで姉上が泣く必要はないでしょう」
「ええ」
姉上は少し笑った。
「それはそうね」
午前の光はやわらかくて、姉上の横顔を明るく見せていた。
やっぱりこの人は綺麗だな、と私は思う。でもその綺麗さは、以前よりずっと静かだった。誰かに望まれるための綺麗さではなく、自分の輪郭を取り戻した人の顔になりつつある。
そこへ横から、母上の声が飛んできた。
「二人とも、あまり遠くへ行かないように」
「はあい」
「返事が軽いです、アンバー」
「歩きたい気分なのですもの」
「気分で迷子になられては困ります」
「なりませんわ」
姉上が隣で笑う。その笑い方が、今日は本当にやわらかかった。
父上と兄上は屋敷の主人たちと話し込んでいて、母上もその輪に戻っていった。私は姉上と、ゆるやかな弧を描く小径をそのまま歩く。
東屋の方角は静かで、芝の上に午後前の陽がきれいに落ちていた。
そこで、私は気づくべきだったのだ。静かすぎたのだと。
「姉上」
「何?」
「少し歩いたら戻りましょうか」
「そうね」
姉上が頷いた、その時だった。
「パール嬢」
呼ばれた瞬間、私は顔をしかめた。姉上も止まる。
東屋の影から現れたのは、見間違えようもなくコレリオだった。
どうしてここにいるのか。最初に思ったのはそれだ。
ラヴェルディ家の長男は、領地へ下がったのではなかったか。少なくとも王都で表立って動けないよう、家として抑え込まれているはずだった。なのに今、こうして母上の実家筋の庭にいる。
招かれていないはずだ。招かれているなら、父上か母上が知らないはずがない。
つまり、こっそり紛れ込んだのだ。この男は。
「……まあ」
私は先に口を開いた。
「見覚えのある不審者だと思いましたら」
「アンバー、そんな言い方を」
「姉上、これ以上やわらかく言う必要はありません」
私は言った。
「どうやってここへ?」
「少しだけ、伝手があって」
コレリオは言いにくそうな顔をした。
「君たちに、どうしても話しておきたいことが」
「ありません」
「アンバー」
「ありませんわ」
私はぴしゃりと言い切った。でもコレリオは、姉上ばかり見ていた。そこがもう、気持ち悪い。
姉上が戻ってからのこいつは、ずっとこうだ。
私との婚約を“姉の代わり”くらいにしか思っていなかったくせに、姉上が傷ついて戻った途端、それを自分の入り込む隙だと思った。その浅ましさが大嫌いだった。
「パール嬢」
コレリオは、一歩だけ前へ出る。
「僕は、ずっとあなたに話したかった」
「おやめくださいませ」
姉上が静かに言った。
「その“ずっと”という言い方も、聞きたくありません」
「でも」
「でも、ではありません」
私はすぐに続けた。
「あなた、まだご自分が何か言える立場だと?」
「アンバー、君はいつも感情的すぎる」
「そうでしょうね。あなたが姉上の不幸に乗じた時から、とくに」
コレリオの顔がわずかに歪む。でも私は止めない。
「領地へ下がるはずではありませんでした?」
「その前に」
「その前に、最後に一花咲かせようと?」
「違う!」
珍しく強い声が出た。庭の白い花の上を、風がひと筋通る。
姉上はその風のなかで、少しも下がらずに立っていた。
「僕は」
コレリオが言う。
「僕は本気なんだ」
「何がですの」
「パール嬢を思う気持ちが」
私はそこで、本当に笑いそうになった。笑いそうになって、でも怒りが勝った。
「まあ」
私は目を細める。
「その“本気”とやらは、妹と婚約したまま抱えていても平気だったのですね」
「それは」
「姉上が幸せな結婚をしていた時は、黙っていたのでしょう?」
「それは……状況が」
「ええ、状況ですわね。姉上が傷ついて戻ってきたから、ご自分にも機会があると思った。見事な本気ですこと」
姉上が隣で、ほんの少し息を吸った。
私は横目で見る。青ざめてはいない。むしろ、呆れていた。




