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姉を狙う婚約者も、姉を追い出した元夫も、まとめて返り討ちです!  作者: さんけい


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1 「気持ち悪いですわ」

「本当は君の姉上と結婚したかったんだ」


 その言葉が落ちた瞬間、窓の外で鳴いていた小鳥の声だけが、やけに澄んで聞こえた。

 午後の日差しは明るく、客間の硝子窓には春の庭が柔らかく映っている。白い砂利道の向こうで、手入れの行き届いた低木が風に揺れていた。

 そんな穏やかな景色のただ中で、私の婚約者――コレリオ様は、とんでもないことを口にした。

 私はまばたきをひとつした。念のため、もうひとつ。

 けれど目の前の男は消えなかった。


「……はい?」


 ようやく出た声は、それだけだった。

 コレリオ様はなぜか苦悩めいた顔をしていた。自分が残酷なことを言っていると知りながら、それでも真実を告げる誠実な男、くらいには思っていそうな。


「誤解しないでほしい。君を蔑ろにしていたわけじゃない。ただ、最初に縁談があったのはパール嬢だっただろう?」

「姉は既に他家へ嫁いでおりましたので、その話はなくなりましたわね」

「ああ。だから代わりに君との縁談を受けた。侯爵家同士の繋がりは大切だから」


 代わりに。

 いや、そこは別に、今さら驚かない。

 家同士の思惑が先にあって、そこへ当人同士の折り合いをつけることは貴族の婚姻では珍しくない。私だって夢見がちな娘ではないから、その程度は承知していた。

 ただ、承知していることと、面と向かって言われて平気でいられることは別だ。

 私は膝の上で指を組んだ。爪が食い込むくらいには力が入っているのに、声は不思議と静かだった。


「それで、今になってそのお話をなさるのは、どういうご用件でしょう」

「君の姉上が戻ってきただろう」


 その瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちた。やっぱり、と思ったのかもしれない。

 姉が実家へ戻ってからこの数日、コレリオ様は妙に機嫌がよかった。見舞いを口実に何度も訪れ、私より姉の具合を気にするような言い回しをしたことも一度や二度ではない。

 けれど、まさか本当に、そのままの意味だとは思いたくなかった。思いたくなかったのに。


「……姉が戻ってきたから?」

「ああ。今ならまだ間に合うだろう。君との婚約を解消し、改めて姉上との縁を――」

「お断りします」

「アンバー、最後まで聞きたまえ」


 名前を呼ぶ声だけは甘く取り繕っているのが、ぞっとした。


「君だって姉上の幸せを願っているだろう。離縁は気の毒だったが、見方を変えれば新しい縁に恵まれる好機でもある。私はもともと姉上を高く評価していたし、君の口から取りなしてくれれば」


 そこで私は、すっと息を吸う。姉の顔が浮かんだ。

 つい先日、この屋敷の玄関に立った姉は、春の薄曇りみたいに色をなくしていた。評判の儚げな美貌がさらに儚く見えるほどやつれていて、それでも私を見るなり、泣くより先に「ただいま」と笑おうとしたのだ。

 婚家で大事にされなかったことくらい、その笑顔ひとつでわかった。

 それなのに。それなのにこの男は、姉の傷を見てもなお、己の欲の形しか見ていなかった。


「……失礼ですが」

「何だい」

「気持ち悪いですわ」


 言ってから、胸がすっとした。

 コレリオ様の顔が固まる。たぶん、私が傷ついて涙ぐむか、せいぜい言葉を失うくらいの反応を期待していたのだろう。まさか真正面から気持ち悪いと言われるとは思わなかったに違いない。


「な……」

「姉がどのような思いで戻ってきたか、ご存じでしょうに。その上で、ご自分の望みが叶う好機だとおっしゃるのですね」

「私は現実的な話をしているんだ」

「ええ、私も現実的なお話をしております。婚約者として、そして姉の妹として、あなたは気持ちが悪い」


 春の陽は明るいのに、客間の空気だけが妙に冷えた気がする。

 コレリオ様は頬を引きつらせたあと、低く言った。


「……君は少し感情的になっているようだ」

「よく言われますの。とくに、身内が侮辱された時には」

「侮辱などしていない。私は真剣だ」

「でしたら余計に性質が悪いですわね」


 ぴしゃりと言うと、とうとう彼は立ち上がった。椅子の脚が床を擦り、耳障りな音を立てる。


「君がそのような態度では、こちらも考え直さざるを得ないな」

「どうぞご自由に。私はむしろ、今すぐ考え直していただきたいくらいです」


 私も立ち上がった。スカートの裾がさらりと揺れる。


「本日のお話は、よくわかりました。父と母にも、兄にも、姉にも、ひとことも違えず伝えます」

「待て、それは……家同士の話になる前に――」

「もうなっておりますわ」


 にっこり微笑んで、私は扉のほうへ手を向けた。


「お帰りはこちらです、コレリオ様」


 客間を出たあと、さすがに少し足がふらついた。

 廊下の窓から流れ込む風は、山の冷たさを少し含んでいる。うちの領地は鉱山を抱えているせいか、春になっても空気の底に硬いものが残る。石の匂い、と幼い頃に兄が言った。私はその言い方が妙に好きだった。

 今は、その硬さがありがたかった。柔らかいものばかりでは、腹の立つことに足元をすくわれそうだから。

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