3-3-1 数日後、ゲスト配信
数日後。
そのライブハウスは、駅から少し歩いた地下にあった。
大きな箱ではない。
階段を下りると、壁に黒い吸音材が貼られている。
通路は細く、すれ違う時に肩が近い。
受付の横には、小さな物販台。
奥にはフロア。
ステージは低めで、客席との距離が近い。
天井には照明がいくつも吊られている。
スピーカーは左右に一対。
ステージ奥には、いつもの三本のマイク。
そして、その少し後ろに、DJブースがあった。
いつもはなかった場所。
ターンテーブル。
ミキサー。
ノートパソコン。
ヘッドホン。
黒いケーブル。
BEEFは、すでにそこにいた。
黒いパーカー。
黒いキャップ。
黒いパンツ。
数日前に会った時と、ほとんど同じだった。
彼は誰かに挨拶を振りまくでもなく、ブースの前に立って、音を確認していた。
片耳にヘッドホン。
片手はミキサー。
もう片方の手で、ノートパソコンの画面を短く操作する。
音が一瞬だけ鳴る。
止まる。
また別の音が鳴る。
止まる。
その動きだけで、この場所の空気が少し違って見えた。
wataは、ステージ袖からそれを見て、低く言った。
「もういる」
mcRCが答える。
「当たり前やろ」
「いや、分かってるけど。なんか、いるだけで場所変わるな」
EGUIも、BEEFの手元を見ていた。
「音を出す前から、準備してる人の空気やな」
wataは少しだけ頷いた。
「そこは、ちゃんとしてるんよな」
その言い方には、まだ少し引っかかりが残っていた。
BEEFの態度は、正直好きではない。
上からに見える。
短い。
距離を取る。
説明しない。
相手に合わせて柔らかくする気配が薄い。
リバクラがずっと嫌ってきたものに似ている。
けれど、音への態度は雑ではなかった。
それもまた、事実だった。
mcRCはステージを見た。
今日は、正式なライブというより配信企画だった。
客入れは少人数。
関係者、リバクルーの一部、そして抽選で入った数十人。
あとは配信。
大きな歓声のためではない。
一度、BEEFと客前で鳴らしてみるための場。
配信タイトルは、前日に出した。
Reverse Crown Guest Live Session with DJ BEEF
正式加入でも、新体制でもない。
ゲスト回。
一度、鳴らしてみる。
その説明は、何度も告知に入れた。
それでも、反応は大きかった。
スマホには、開始前からコメントが流れている。
待機!
BEEFいるのまだ信じられない
リバクラ×BEEFってどうなるんだ
三人の声ちゃんと残るかな
BEEF知らないけど、なんかすごい人っぽい
本物のBEEF?
あのBEEFなら今日は何か起きる
いやゲスト回だから落ち着け
wataは、コメントを見て小さく息を吐いた。
「落ち着けって言われてるの、こっちもやな」
EGUIが言う。
「落ち着け」
wataはEGUIを見る。
「今、俺に言った?」
「うん」
「即答」
mcRCが笑う。
「必要やったな」
wataは少しだけ肩を回した。
「分かってる。今日は落ち着いてやる」
EGUIは、少しだけwataを見た。
「無理に落ち着こうとしすぎるな。硬くなる」
wataは口を閉じた。
そのあと、小さく笑った。
「それ言われたら、逃げ道なくなるわ」
EGUIは短く頷く。
「逃げなくていい」
mcRCは二人のやり取りを聞きながら、ステージ袖の壁に背中を預けた。
今日の流れは、事前に決めてある。
曲は数曲。
まず三人だけで入る。
途中からBEEFの存在を見せる。
曲間をつないでもらう。
最後は少しだけMCをして締める。
大きく冒険はしない。
BEEFにも、その前提は伝えてある。
BEEFは、その説明に短く「いい」とだけ答えた。
その「いい」が、どこまでの「いい」なのかは、まだ分からない。
新川は、フロア後方に立っていた。
白いポロシャツ。
サングラス。
腕を組み、ステージと配信カメラと客席を順番に見ている。
イベント会社のスタッフが、配信機材を確認している。
カメラ。
音声。
照明。
回線。
配信画面。
コメント表示。
小さな配信ライブでも、裏側では人が動いている。
mcRCは、ふと単独ライブの時のことを思い出した。
THAT’S LIVE。
トラブル。
裏で動くスタッフ。
客席を不安にさせないための予定外の曲。
あの時は、自分たちが場を持たせた。
今日は違う。
今日は、最初から「予定外を入れられるかもしれない人」が後ろにいる。
そのことが、少しだけ怖かった。
BEEFがブースからこちらを見た。
目が合う。
BEEFは何も言わない。
ただ、右手を軽く上げた。
準備できている、という合図に見えた。
mcRCも、小さく頷いた。
wataがそれを見て言う。
「今の、会話成立してるん?」
mcRCは答えた。
「たぶん」
EGUIが言う。
「成立したことにしておこう」
wataは苦笑した。
「不安な成立やな」
スタッフが袖に来た。
「間もなく本番です」
三人はマイクを持った。
mcRC。
wata。
EGUI。
BEEFはブース。
新川は後方。
リバクルーはフロア。
配信画面の向こうには、まだ見えない人たち。
mcRCは、深く息を吸った。
喉の奥に、少しだけ緊張がある。
単独ライブの時とは違う緊張。
今日は、自分たちのライブでありながら、自分たちだけのライブではない。
新しい音が入る。
それがどう作用するか、まだ誰も知らない。
照明が落ちた。
配信開始のカウントが始まる。
五。
四。
三。
二。
一。
赤いランプがついた。
BEEFが最初の音を出した。
それは、リバクラの曲のイントロではなかった。
短いノイズ。
低く沈むようなベース。
遠くで鳴るクラップ。
そして、ほんの一瞬だけ、リバクラのフックの一部を切り取ったような音。
wataの眉が、わずかに動いた。
聞いていない。
いや、打ち合わせにはなかった。
でも、まだ範囲内だ。
音はすぐに薄くなり、予定していた一曲目のイントロへ入った。
mcRCは、一瞬だけBEEFの方を見た。
BEEFは、こちらを見ていない。
客席を見ている。
いや、客席というより、フロア全体の空気を見ているようだった。
mcRCはマイクを上げた。
「Reverse Crown」
声がフロアに落ちる。
少人数の客席から、拍手と声が返る。
配信コメントが流れる。
来た!
音から違う
BEEFいる
始まった
mcRCは続けた。
「今日は、いつもと少し違う」
wataが横で入る。
「違うけど、俺らは俺ら」
EGUIが最後に言う。
「三人の声は、ここにある」
その言葉で、一曲目に入った。
最初は、悪くなかった。
むしろ、かなり良かった。
BEEFは原曲を崩さない。
三人の声を邪魔しない。
mcRCが景色を作る時、音は少しだけ奥に引く。
wataが詰める時、低音が少し前に出る。
EGUIが意味を置く時、余計な音が減る。
三人とも、内心で思った。
やりやすい。
wataは、フロウに乗りながら、少しだけ悔しい気持ちになった。
やりやすいのが、腹立つ。
あの態度で、音はちゃんとしている。
それが一番めんどくさい。
一曲目が終わる。
拍手。
いつもなら、ここでmcRCが少し話す。
曲の意味を渡して、次へ行く。
そのつもりだった。
mcRCがマイクを上げる。
「ありがとう。今の曲は——」
その瞬間、BEEFが音を残した。
完全には止めない。
低音だけを薄く残す。
mcRCは、一瞬だけ言葉を止めた。
客席の拍手が、その低音に乗る。
コメントが流れる。
つながってる
止まらない感じいい
いつもよりライブ感ある
mcRCは、その音を聞いて、言い方を変えた。
「……止まらず行こうか」
wataが、横で小さく笑った。
「お、行く?」
EGUIが客席を見る。
「今なら行ける」
BEEFは、二曲目のイントロを薄く混ぜた。
まだ自然だった。
予定より少し早い。
でも、悪くない。
三人は、そのまま二曲目へ入った。
フロアの反応が少し前に来る。
配信コメントも増える。
曲間いい
BEEF抑えてる?
これは相性いいかも
三人も乗れてる
wataは、コメントを見られない。
でも、客席の体が少し動き始めているのは分かった。
悪くない。
いや、かなりいい。
二曲目の途中、BEEFが一度だけ、フック前の音を短く切った。
ほんの一瞬。
一拍にも満たない。
でも、その一瞬で、客席の耳が前に出た。
wataは、反射で言葉を少し詰めた。
予定より、半拍だけ強く入る。
決まった。
客席から、小さく声が上がる。
wataの内心が揺れる。
今のは、聞いてない。
でも、決まった。
嬉しい。
ムカつく。
その二つが同時に来る。
EGUIが、その横でBEEFを見た。
表情は変えない。
けれど、目は少しだけ細くなっている。
BEEFは、何もなかったように音を戻していた。
二曲目が終わる。
拍手。
今度はBEEFが、すぐに音を落とした。
完全な沈黙。
さっきと逆だった。
mcRCは、その沈黙を受け取る。
「……今の一拍、聞こえた?」
客席が少し笑う。
wataが横から言う。
「俺は聞こえすぎた」
フロアに笑いが起きる。
EGUIが、静かに言った。
「でも、前に来た」
客席が頷くように揺れる。
mcRCは、BEEFの方を見た。
BEEFは、表情を変えずにミキサーを見ている。
まだ、問題はない。
まだ、衝突ではない。
でも、予定通りではなくなり始めている。
三曲目。
ここから、少しずつBEEFの手が増えた。
大きく壊すわけではない。
ただ、曲間の残し方。
入りの一拍。
フック前の短い沈黙。
音量の押し引き。
そのどれもが、微妙に三人の呼吸を変える。
mcRCは、言葉を置く位置を少し変える。
wataは、詰め方を少し変える。
EGUIは、意味を置く前の間を少し測る。
配信中だから、表には出さない。
でも、三人の内側には、じわじわと緊張が上がっていた。
BEEFは、こちらの予定を壊しているわけではない。
しかし、こちらの予定だけで進ませてもいない。
それが分かる。
wataの胸の中に、少し苛立ちが生まれた。
何をどこまで触るか、一言ぐらい言えよ。
でも、曲は崩れていない。
客席は、むしろ前に来ている。
それがさらに腹立たしい。
mcRCも同じようなことを感じていた。
この人は、偉そうに見える。
そして実際、こちらに説明しない。
けれど、客席を見ている。
少なくとも音は、雑ではない。
そこが、ややこしい。
EGUIは、三人の中で一番静かだった。
ただ、彼も感じていた。
BEEFの一拍で、曲の意味が変わりかける瞬間がある。
変わる、ではない。
変わりかける。
そこを、三人が自分たちの声で戻している。
それは、まだ配信の画面には出ていない。
客席には、むしろ良い緊張に見えているかもしれない。
曲が進む。
コメントは増えている。
BEEFかなり抑えてるけど効いてる
曲間かっこいい
三人ついていってる
wata今の入りすごかった
EGUIの間、良い
mcRCがいつもより現場見てる感じする
これライブだわ
三人はコメントを見られない。
でも、フロアの空気が温まっているのは分かる。
それが、配信後の判断を難しくすることも、まだ知らない。
ラスト前の曲。
BEEFが、イントロへ入る前に短く音を止めた。
今度は、少し長い。
客席が一瞬、息を止める。
mcRCは、本来ならそこで一言入れる予定だった。
でも、BEEFの沈黙が先に来た。
言葉を入れると、重なる。
mcRCは、瞬時に判断した。
言わない。
沈黙を使う。
そのまま、EGUIへ目を送る。
EGUIが受ける。
「ここからは、聞いてくれ」
短い。
でも、沈黙の後だから通った。
BEEFが音を入れる。
曲が始まる。
客席が静かになる。
さっきまで少し動いていたフロアが、聴く姿勢に変わった。
mcRCは、内心で思った。
今のは、良かった。
でも、やっぱり聞いてない。
wataも思っていた。
良かった。
でも、腹立つ。
曲が終わる。
最後のフック。
三人の声が重なる。
BEEFは、最後だけ余計なことをしなかった。
音を支える。
押さえる。
引く。
残す。
終わり。
拍手が来た。
フロアから声が上がる。
配信コメントも流れている。
よかった
BEEF入ると全然違う
でもリバクラの声ちゃんと残ってた
これ続けてほしい
鳥肌
やばい、これはライブ
mcRCは、息を整えながらマイクを握った。
「ありがとう」
wataも、笑顔を作る。
「いや、今日ちょっと、こっちも楽しかったな」
その笑顔は嘘ではない。
でも、全部本音でもない。
EGUIが、最後に言った。
「見てくれてありがとう。今日は、ここまで」
BEEFは、最後に短く音を落とした。
余韻を残す。
配信終了の合図。
赤いランプが消える。
配信が終わった。
その瞬間、三人の顔から、少しだけ表情が落ちた。
客席にはまだ笑顔で手を振る。
関係者に頭を下げる。
新川が後方から近づいてくる。
BEEFはブースで、ヘッドホンを外していた。
フロアには、まだ良い空気が残っている。
成功した。
少なくとも、表面上は。
新川が、三人に言った。
「お疲れさまでした。かなり良かったです」
mcRCは頷いた。
「ありがとうございます」
wataも笑う。
「ありがとうございます」
EGUIも頭を下げる。
けれど、三人の胸の中には、もう別の熱があった。
BEEFが近づいてくる。
紙コップは持っていない。
手ぶら。
mcRCが口を開く前に、BEEFが言った。
「ついてきたな」
それだけ。
wataの眉が、ぴくりと動いた。
mcRCも、BEEFを見た。
EGUIは、少しだけ目を細める。
BEEFは続けた。
「悪くねえ」
褒めているのだろう。
たぶん。
でも、その言い方は、やっぱり少し上からに聞こえた。
wataが、笑顔のまま言った。
「そりゃどうも」
声は明るい。
でも、少しだけ硬い。
BEEFは、それに気づいたのか、気づいていないのか分からない顔で、ブースへ戻ろうとした。
その背中を見て、wataが小さく言った。
「ちょっと待って」
空気が止まった。
mcRCは、wataを見る。
EGUIも見る。
新川も、少しだけ視線を動かした。
BEEFは振り返った。
「何」
wataは、マイクを置いた。
「今のプレイ、よかったです」
BEEFは何も言わない。
wataは続けた。
「でも、聞いてないこと多すぎました」
空気が少し硬くなった。
スタッフが片づける手を少しだけ遅くする。
新川は、フロア後方で腕を組んだまま、その場を見ていた。
止めない。
今は止めるところではない、と判断している顔だった。
BEEFが、wataを見る。
「ライブだろ」
短い。
それだけ。
wataの眉が動いた。
「ライブなら、何してもいいんですか」
BEEFはすぐには答えなかった。
mcRCが一歩前へ出た。
「BEEFさん」
BEEFの視線がmcRCへ移る。
mcRCは、言葉を選びながら言った。
「今日、配信は良かったと思います。コメントもたぶん盛り上がってる。音も、正直やりやすいところがありました」
BEEFは黙っている。
「でも、俺たちが何を大事にしてるか、そこを何も言わずに触られると、正直きついです」
wataが続けた。
「音が良かったから余計に腹立つんですよ」
EGUIが、静かに言った。
「結果が良ければ、過程を全部飲めるわけではない」
その一言で、BEEFの視線がEGUIへ向いた。
EGUIは続けた。
「ただ、結果が良かったことも無視できない」
wataは少しだけ口を閉じた。
mcRCも、息を吐く。
BEEFは三人を順番に見た。
そして、低く言った。
「ただ歌いたいだけなら」
一拍。
「音源を再生しろ」
その言葉は、マイクを通していないのに、部屋の奥まで通った。
スタッフの誰かが、ケーブルを巻く手を止める。
wataは、何か言い返そうとした。
でも、すぐには言葉が出なかった。
BEEFは続けた。
「俺たちがやってんのは、ライブだ」
mcRCは黙っていた。
その言葉は、雑に聞こえる。
上からに聞こえる。
自分たちが嫌ってきた匂いもする。
でも、完全に間違っているとも言えなかった。
BEEFは、三人をもう一度見た。
「お前ら、ついてきたじゃねえか」
それだけ言って、ブースの方へ戻ろうとした。
wataが、小さく呟いた。
「……なんやねん」
怒っている。
でも、否定しきれない。
それが一番、腹立たしかった。
その時、新川がゆっくり歩いてきた。
白いポロシャツ。
サングラス。
いつもの、表情を読みづらい顔。
けれど、声は少し柔らかかった。
「一度、整理しましょう」
wataが振り返る。
「整理?」
新川は頷いた。
「はい。今のままだと、感情だけが先に立ちます」
wataは少しだけ言葉に詰まった。
図星だった。
新川は、BEEFの方も見た。
「BEEFさん」
BEEFは振り返らない。
「何だ」
「説明が足りません」
BEEFは、少しだけ顔をこちらへ向けた。
「音で出した」
新川は即答した。
「彼らはまだ、あなたの音だけで全部を読める関係ではありません」
その言葉に、BEEFは黙った。
wataが思わず小さく言った。
「自分で言わんかい……」
mcRCも、心の中で同じことを思った。
EGUIだけが、少しだけ目を伏せた。
新川は三人へ向き直った。
「まず、今日のBEEFさんは、本領発揮ではありません」
wataが顔を上げる。
「え?」
新川は、静かに続ける。
「今日は無観客配信です。一般の観客は入れていません。配信の向こうにリバクルーはいますが、BEEFさんが直接見る客席はありませんでした」
mcRCは、少しだけ息を止めた。
新川は言った。
「BEEFさんは、本来、相手の顔、立ち方、温度、ざわつき、声の返り、拍手の質、そういうものを見ながら細かく調整するタイプです」
wataの表情が変わる。
「……今日、それできてない?」
「できていません」
新川ははっきり言った。
「今日はどちらかと言えば、テクニックの一部を見せたに近いです。あなたたちの曲にどう入れるか。どの程度触れるか。三人がどう反応するか。それを確認した」
EGUIが静かに聞いた。
「つまり、今日はまだ客席を相手にしていない」
「はい」
新川は頷いた。
「今日見ていたのは、配信画面の向こうの反応ではなく、主にあなたたち三人です」
BEEFは何も言わなかった。
否定もしない。
wataはBEEFを見る。
「それ、自分で言ってくださいよ」
BEEFは短く返した。
「面倒だ」
wataの眉が上がる。
「そこが問題なんですよ」
BEEFは少しだけ目を細めた。
「だろうな」
「分かってるなら言えよ」
wataの声が少し強くなる。
mcRCが横から軽く止める。
「wata」
wataは一度、息を吐いた。
「すみません。でも、今のはちょっと」
BEEFは、怒ってはいなかった。
ただ、いつものように短く言った。
「客の前なら、もっと変わる」
その一言で、また空気が少し揺れた。
もっと変わる。
それは期待にも聞こえる。
危険にも聞こえる。
mcRCは、新川を見た。
「新川さん」
「はい」
「なぜ、俺たちにあの人を紹介したのでしょうか」
BEEFが、少しだけこちらを見た。
新川は、すぐには答えなかった。
照明の落ちたフロア。
片づけの音。
巻かれていくケーブル。
まだ熱を持ったスピーカー。
その中で、新川は、静かに言った。
「きっと、あなたたちに必要だと思ったからです」
それだけだった。
深くは言わない。
説明しすぎない。
けれど、その一言には、新川なりの判断が入っていた。
mcRCは、少しだけ目を伏せた。
wataは、まだ納得しきっていない顔をしている。
EGUIは、新川の言葉を受け取ってから、BEEFを見た。
「必要かどうかは、まだ分かりません」
BEEFは、EGUIを見る。
EGUIは続けた。
「でも、今日の配信で、必要かもしれない理由は少し見えました」
BEEFは何も返さない。
wataが、少しだけ悔しそうに言った。
「俺はまだ、普通に腹立ってますけどね」
新川が頷く。
「それも自然だと思います」
mcRCも言った。
「俺も、全部飲めたわけじゃないです」
新川は三人を見た。
「それでいいと思います。今日、答えを出す必要はありません」
少し離れたところで、スタッフが最後の照明を落とした。
フロアが、さらに少し暗くなる。
BEEFは、機材ケースを閉じた。
「帰る」
それだけ言って、肩にケースをかけた。
wataが思わず言う。
「自由すぎるでしょ」
BEEFは出口へ向かいながら、振り返らずに言った。
「見ろ」
「何を」
「コメント」
そのまま、BEEFは出ていった。
ドアが閉まる。
階段の方へ足音が遠ざかっていく。
wataは、しばらくその扉を見ていた。
「……なんなん、あの人」
EGUIが静かに言った。
「面倒な人やな」
mcRCも頷いた。
「かなり」
wataは二人を見る。
「そこは否定してほしかった」
mcRCは少しだけ笑った。
「でも、見ろって言ってたな」
EGUIがスマホを取り出した。
「コメント」
新川も、タブレットを開いた。
「配信の反応は、かなり来ているはずです」
wataは、まだ少し苛立った顔のままスマホを開いた。
画面には、通知が並んでいた。
コメント。
引用。
切り抜き。
リバクルーの感想。
知らないアカウントの反応。
その量を見た瞬間、三人の顔が少し変わった。
新川は言った。
「今日は、一度ここで終わりましょう」
mcRCが頷く。
「はい」
新川は三人を見た。
「このまま話し続けると、感情で判断しすぎると思います。まず、反応を見てください」
wataは、スマホの画面を見たまま言った。
「それ、BEEFさんにも言われたの腹立つんですけど」
新川は少しだけ口元を動かした。
「同じことを言う人間が二人いるなら、たぶん見た方がいいです」
wataは何も言えなかった。
EGUIが、低く言った。
「見よう」
mcRCも頷いた。
「うん」
その夜は、そこで終わった。
成功したのか。
腹立ったのか。
必要なのか。
危ないのか。
まだ、どれとも言い切れなかった。
ただ、配信は終わり、BEEFは帰り、新川は「必要だと思った」とだけ言った。
ライブハウスの外に出ると、夜風が少し冷たかった。
駅へ向かう道で、三人はほとんど喋らなかった。
スマホの通知だけが、何度も震えていた。




