1-7-1単独ライブという目標
スレは、まだ伸びていた。
イベントが終わって、夜が明けて、昼を越えて、また夜になっても、まだ誰かが昨日のことを話していた。
ATTACKで後ろまで声が返った瞬間。
TAKE OFFで会場が浮いた瞬間。
次のバンドへ熱を渡したこと。
その後の機材トラブル。
SHOWTIME。
「隠してたわけじゃない。ただ出すべき瞬間まで磨いてただけ」。
白いポロシャツのサングラスの男。
名刺らしき紙。
「DJいないんで!」。
「壊すな」。
「いたら助かる」。
切り抜きは、増え続けていた。
画面の中で、何度も同じ夜が繰り返される。
リバクラが一度ステージを降りる。
次のバンドが始まる。
音が止まる。
会場がざわつく。
リバクラが戻ってくる。
mcRCが「さっきのバンドに、拍手ください」と言う。
拍手が起きる。
SHOWTIMEが鳴る。
客席が、もう一度前を向く。
その一連の流れが、いくつもの角度から切り取られていた。
誰かは、mcRCの顔だけを抜いた。
誰かは、wataの「DJいないんで!」だけを抜いた。
誰かは、EGUIの「準備は大事やな」を抜いた。
誰かは、バンドメンバーに向けて起きた拍手だけを抜いた。
誰かは、白ポロサングラスの男が遠くで腕を組んで見ているところを拡大していた。
wataは、その切り抜きを見ながら、スマホをテーブルに伏せた。
「白ポロサングラス社長、もう完全にキャラ化してる」
mcRCは、ノートパソコンを開いたまま顔を上げる。
「社長って確定してないやろ」
「いや、新川さん代表って言ってたやん」
「そうやけど、スレ民はまだ知らんやろ」
EGUIが水を飲みながら言った。
「勝手に名前出すなって言ってたな」
wataが頷く。
「そこ、えらいよな。スレ民、たまに民度がある」
mcRCがすぐ言う。
「たまに言うな」
wataは笑った。
部屋は、いつもの配信部屋ではなかった。
今日は、三人だけで集まっていた。
小さな貸し会議室。
長机。
ホワイトボード。
蛍光灯。
少し硬い椅子。
自販機で買った水。
コンビニの袋。
ペン。
ノート。
スマホ三台。
そして、机の中央に置かれた一枚の名刺。
新川。
白い紙に印刷されたその名前は、妙に静かだった。
昨日の夜、会場の熱と歓声の中で渡された時より、今の方が重く見える。
ライブのあとに受け取る名刺は、少し現実の匂いがする。
夢みたいな言葉が、紙になる。
紙になると、逃げられなくなる。
wataは名刺をじっと見た。
「これ、ほんまにもらったんやな」
mcRCは頷く。
「もらった」
「で、君は言いましたね」
wataは、少しだけ声色を変えた。
「ありますよぉ」
EGUIが低く笑う。
mcRCは顔をしかめる。
「その言い方やめろ」
wataは両手を広げた。
「いや、あれは歴史に残る“ありますよぉ”やった」
「やめろ」
「新川さんに、“まだ持ち曲ありますか”って言われた瞬間、俺は一瞬、正直に“まあ、そんなには……”って言いそうになったんや」
「言わんでよかった」
EGUIが短く言う。
「言ったら終わってた」
wataはEGUIを見る。
「お前もそこは容赦ないな」
「事実やろ」
mcRCは、名刺から目を離さずに言った。
「でも、あれは嘘や」
部屋が少し静かになった。
wataも笑うのをやめた。
EGUIも、何も言わない。
mcRCは続けた。
「十分な曲数があるかって言われたら、ない」
「単独ライブを最初から最後まで持たせられるだけの構成があるかって言われたら、まだない」
「胸張って“あります”って言える状態では、正直ない」
wataは、椅子の背にもたれて天井を見た。
「まあな」
EGUIも頷く。
「足りん」
短い。
でも、重い。
足りない。
曲も足りない。
時間も足りない。
準備も足りない。
経験も足りない。
客も足りない。
金も足りない。
自信も、たぶん足りない。
昨日あれだけやれた。
ATTACKで撃った。
TAKE OFFで飛んだ。
SHOWTIMEで場を救った。
既存曲で残り時間を持たせた。
それでも、単独ライブとなると話は別だった。
対バンイベントの中で二十分、三十分を任されるのと、自分たちだけで一つの夜を作るのは違う。
最初から最後まで、自分たちの名前で客を呼ぶ。
開場から終演まで、自分たちの場として責任を持つ。
笑わせるのも、泣かせるのも、上げるのも、落とすのも、整えるのも、全部自分たち。
誰かのイベントに乗るのではない。
自分たちがイベントになる。
wataは、小さく息を吐いた。
「怖いな」
mcRCは頷いた。
「怖い」
EGUIも言った。
「怖いな」
wataが、少しだけ驚いたように見る。
「お前も怖いって言うんや」
EGUIは普通に返した。
「怖いやろ」
「なんか、お前は“やるだけ”とか言うかと思った」
「やるだけや」
「ほら」
「でも怖いもんは怖い」
wataは、少し笑った。
「人間だった」
EGUIが睨む。
「人間や」
mcRCは、そのやり取りを見て少しだけ肩の力を抜いた。
怖い。
でも、三人とも怖い。
それが少し救いだった。
一人だけが怖がっているわけじゃない。
一人だけが先走っているわけでもない。
三人とも、名刺の重さを感じている。
wataが、名刺を指で軽く叩いた。
「新川さん、何見てたんやろな」
mcRCはすぐには答えなかった。
昨日の新川の言葉を思い出す。
助かった。
ありがとう。
一曲で盛り上げるだけなら、勢いでできる人もいる。
でも、そこから曲間で整えて、残りの時間を成立させた。
トラブルを笑いにしなかった。
相手も潰さなかった。
客も帰さなかった。
あれは、対応力です。
mcRCは、低く言った。
「熱だけじゃないところ」
wataが頷く。
「場を見てたってこと?」
「たぶん」
EGUIが言う。
「イベントを成立させたところやろ」
「うん」
mcRCは、机の上のペンを取り、ホワイトボードの前に立った。
「新川さんは、俺らが“盛り上がるグループ”かどうかだけを見てたんじゃない」
「たぶん、“場を預けられるか”を見てた」
wataが真顔になる。
「スレでも言われてたな」
EGUIが頷く。
「場を預けられるグループ」
mcRCは、ホワイトボードに書いた。
場を預けられるか
その文字を見て、三人とも少し黙った。
これは、かなり重い。
人気があるか。
曲がいいか。
声が出るか。
客が盛り上がるか。
それだけではない。
場を預けられるか。
トラブルが起きた時、逃げないか。
客が荒れた時、整えられるか。
他の出演者を雑に扱わないか。
自分たちだけの熱に溺れないか。
時間を守れるか。
人を見られるか。
場の全体を守れるか。
それは、mcRCがずっと気にしてきたことでもあった。
勝ちたい。
でも壊したくない。
上げたい。
でも怖がらせたくない。
目立ちたい。
でも雑に奪いたくない。
その迷いを、弱さだと思うこともあった。
でも昨日、新川はそこを見た。
対応力と言った。
wataが、腕を組んだ。
「RCの気にしすぎ、武器になってるやん」
mcRCは振り向く。
「気にしすぎって言うな」
「いや、褒めてる」
EGUIが言う。
「場を見る力」
wataが頷く。
「そう。それ」
「俺やったら、昨日SHOWTIMEのあと、たぶん勢いで全部持っていきたくなる」
「もちろん、バンド側を悪者にはしないけど、もっと“俺らやったぞ!”ってなってた可能性ある」
mcRCは少し笑った。
「それはありそう」
「否定しろ」
EGUIが短く言う。
「ある」
「お前も否定しろ」
三人の間に笑いが落ちた。
でも、wataの言葉は冗談ではなかった。
wataは、熱を出せる。
言葉を走らせられる。
場を軽くできる。
笑いを作れる。
でも、その熱が出過ぎる時がある。
EGUIは、芯を通せる。
言葉を締められる。
意味を逃がさない。
でも、強く言い過ぎる時がある。
mcRCは、場を見られる。
人を見られる。
空気を整えられる。
でも、見すぎて縮む時がある。
三人は、いつもそうだった。
一人なら偏る。
三人だから、なんとか真ん中に戻れる。
wataがホワイトボードを見ながら言った。
「単独ライブってさ」
「うん」
「これを、最初から最後までやるってことやんな」
mcRCは頷いた。
「そう」
EGUIが言う。
「他の出演者に渡す相手もいない」
その一言で、また部屋が静かになる。
そう。
単独ライブでは、渡す相手がいない。
自分たちで始めて、自分たちで上げて、自分たちで落として、自分たちで戻して、自分たちで終わらせる。
熱を外へ逃がせない。
全部、自分たちの中で設計しなければならない。
wataが少しだけ顔をしかめた。
「怖っ」
EGUIが頷く。
「怖い」
mcRCも言った。
「でも、できたら強い」
その言葉は、思ったより自然に出た。
怖い。
でも、やりたい。
怖いからやめたい、ではなかった。
怖いから、準備したい。
昨日の夜、SHOWTIMEを出せたのは、準備していたからだった。
だったら、単独ライブも同じだ。
突然やるのではない。
準備する。
曲を作る。
流れを組む。
客を育てる。
応援の形を作る。
場を作る。
そして、出すべき瞬間に出す。
mcRCは、ホワイトボードに次の文字を書いた。
単独ライブに必要なもの
wataがすぐに言う。
「曲」
EGUIが言う。
「客」
mcRCが書く。
曲。
客。
wataが続ける。
「構成」
EGUI。
「会場」
mcRC。
構成。
会場。
wata。
「金」
EGUI。
「飯」
wataが振り向く。
「飯は必要やけど、ここで書く?」
EGUIは真顔で返す。
「必要やろ」
mcRCは笑いながらも書いた。
金。
飯。
wataが手を叩く。
「書いた!」
「いや、飯は広い意味で活動体力や」
mcRCが言うと、EGUIが頷いた。
「そう」
wataは笑った。
「急に概念化した」
mcRCはさらに書く。
体力。
スタッフ。
告知。
物販。
配信。
リバクルーの協力。
マナー。
曲間MC。
リバ点呼。
オーダー文化。
切り抜き。
安全。
ホワイトボードが、どんどん埋まっていく。
wataがそれを見て、少しだけ顔を引きつらせた。
「単独ライブ、やること多すぎん?」
EGUIが言う。
「だから準備」
「今日のテーマそればっかりやな」
mcRCは頷いた。
「でも、ほんまにそこやと思う」
準備。
昨日、三人はそれを思い知らされた。
準備していたから、SHOWTIMEを出せた。
準備していたから、曲間で既存曲を置けた。
準備していたから、客を戻せた。
準備していたから、トラブルをチャンスに変えられた。
なら、次も同じ。
準備しなければ、チャンスが来ても決められない。
wataが、ホワイトボードの「曲」を指差した。
「曲数、今どう数える?」
mcRCは、少し考えた。
「公開・披露済みとしては、ORDER、NO FAKE、ATTACK、決めろ!、RUN IT、SAY IT TO ME、TAKE OFF、SHOWTIME、ORIGIN未完成版」
EGUIが言う。
「ORIGINは未完成」
「うん」
wataが腕を組む。
「九曲あるように見えて、単独で使える完成曲としては、まだ少し怪しいな」
mcRCは頷いた。
「それぞれ役割が違う」
ホワイトボードに曲名を書く。
ORDER。
決めろ!。
NO FAKE。
RUN IT。
SAY IT TO ME。
ATTACK。
TAKE OFF。
SHOWTIME。
ORIGIN。
mcRCは、その横に役割を書き足す。
ORDER:入口
決めろ!:準備
NO FAKE:本音
RUN IT:走る
SAY IT TO ME:聞く
ATTACK:撃つ
TAKE OFF:飛ぶ
SHOWTIME:出す
ORIGIN:互いの価値
wataは、椅子から少し身を乗り出した。
「こう見ると、物語あるな」
EGUIが頷く。
「ある」
mcRCは、ホワイトボードを見たまま言った。
「単独ライブなら、これをただ並べるんじゃなくて、流れとして見せられる」
「ORDERで客を呼ぶ」
「決めろ!で準備を刺す」
「NO FAKEで本音を見る」
「RUN ITで走らせる」
「SAY IT TO MEで相手の声を聞く」
「ATTACKで止まった空気を撃つ」
「TAKE OFFで飛ばす」
「SHOWTIMEで隠してたものを出す」
「ORIGINで、俺ら自身の話に戻す」
wataは、しばらく黙って聞いていた。
それから、小さく言った。
「それ、見たいな」
mcRCは振り向く。
「うん」
wataは、少し照れくさそうに笑った。
「自分たちのライブなのに、客として見たい」
EGUIが言う。
「意味わからんけど分かる」
mcRCも笑った。
分かる。
自分たちが作っているのに、それが一つの夜として見えた瞬間、少し自分たちの手を離れる。
単独ライブは、ただ曲を消化する場所ではない。
曲と曲の間に、意味を作れる。
ここまでの出来事を、順番に置ける。
リバクラというグループが何を見てきたか、何を拾ってきたか、どこへ行こうとしているか。
それを、一つの場として作れる。
mcRCは、それを想像した。
開演前。
リバクラ朝礼。
リバ点呼。
起立。
礼。
名前を呼ぶ。
客席が返す。
ORDERで始まる。
「何が欲しい?」
客席が返す。
その後、決めろ!で、準備してきた人たちを前に出す。
NO FAKEで、一度静かになる。
RUN ITで、また走る。
SAY IT TO MEで、誰かの胸の奥を聞く。
ATTACKで、止まった空気を撃つ。
TAKE OFFで、全員を上げる。
SHOWTIMEで、夜の本性を出す。
ORIGINで、三人が互いを認めた場所へ戻る。
それは、ただのライブではない。
リバクラのここまでの旅だ。
wataが、ホワイトボードを見ながら言った。
「でも、まだ足りないな」
mcRCは頷いた。
「足りない」
EGUIも言う。
「曲も、間も」
wataが続ける。
「あと、重い曲と上がる曲の間に、もう少し抜けるやつ欲しい」
「家族系とか、生活系とか、客の声から来る曲も欲しい」
「俺らの思いだけじゃなく、みんなのオーダーから生まれる曲もいる」
mcRCは、その言葉に強く頷いた。
「そこ」
「単独ライブをやるなら、俺らだけの歌じゃ足りない」
「リバクルーの声から生まれた曲がいる」
「昨日みたいに、場から生まれた曲がいる」
「みんなの生活に届く曲がいる」
EGUIが短く言う。
「じゃあ作れ」
wataが笑う。
「簡単に言う」
「でも、それしかないやろ」
「それはそう」
mcRCは、ホワイトボードの端に大きく書いた。
俺らの思いの曲
みんなの声から生まれる曲
二つの柱。
これが必要だった。
リバクラは、自分たちの内側だけで大きくなるグループではない。
コメント欄。
現地。
スレ。
オーダー。
小さな相談。
一人の「言えなかった」。
一人の「モテたいんす!」。
一人の「家族で聴いてます」。
一人の「ギフトってどう考えたらいい?」。
そこから曲が生まれる。
だから単独ライブも、自分たちだけで作る場ではあるけれど、自分たちだけのものではない。
mcRCは、名刺をもう一度見た。
「新川さんに連絡するのは、まだ早い」
wataが頷く。
「早いな」
EGUIも言う。
「まだ」
mcRCは続ける。
「でも、目標にはする」
「単独ライブを目指す」
「そのために曲を作る」
「流れを作る」
「応援の形も、ちゃんと話す」
wataが少しだけ表情を変えた。
「応援の形」
「うん」
mcRCは、少し言いにくそうにした。
「そこ、避けて通れんと思う」
部屋が、少し静かになる。
お金の話。
活動費の話。
ギフトの話。
コメントやシェアや現地の拍手とは違う、もっと直接的な応援の話。
言いにくい。
かなり言いにくい。
でも、単独ライブを目指すなら、避けられない。
会場を借りる。
音響を整える。
告知をする。
機材を用意する。
移動する。
曲を作る。
時間を使う。
体力を使う。
場合によっては人に頼む。
全部、無料ではない。
wataが、少し真面目な声で言った。
「金くれって言いたいわけじゃないんやけどな」
mcRCは頷く。
「そう」
EGUIが言う。
「でも金はいる」
wataが頭を抱える。
「お前はほんまに直球で行くな」
「事実やろ」
「事実やけど、言い方」
mcRCは苦笑した。
でも、EGUIの言葉は正しい。
金はいる。
それを汚い話みたいに隠すと、活動している人間の時間や労力が透明になる。
「好きでやってるんでしょ」
その言葉で、いろんなものが無料扱いされる。
でも、好きだけでは続かない。
続けるには、現実がいる。
mcRCは、ゆっくり言った。
「応援って、何かをちゃんと話したい」
wataが頷く。
「コメントも応援」
EGUI。
「現地も応援」
mcRC。
「シェアも、切り抜きも、拍手も応援」
wata。
「ギフトも応援」
EGUI。
「活動費」
wataがまた苦笑する。
「ほんまに言い方」
mcRCは、ホワイトボードの新しい欄に書いた。
応援って何だろう
三人は、その文字を見た。
次の配信のテーマが、そこに立っていた。
単独ライブを目指すなら、リバクルーと共有しなければならない話。
気持ちの話だけではない。
経済の話。
対価の話。
価値の話。
続けるための話。
mcRCは、少しだけ不安そうに言った。
「炎上するかな」
wataが即答した。
「する可能性はある」
EGUIも言う。
「ある」
「そこは慰めろよ」
wataは笑った。
「でも、言い方次第やろ」
「金を投げろ、じゃなくて」
「俺らは価値を渡したい」
「その価値を続けるには、応援の形が必要」
「無理はしなくていい」
「でも、ギフトが活動費になるのは事実」
「そこをちゃんと話す」
EGUIが頷く。
「逃げる話じゃない」
mcRCは、少しだけ息を吐いた。
「うん」
怖い話ばかりだった。
単独ライブ。
曲数。
集客。
活動費。
応援。
ギフト。
場を預けられる責任。
でも、不思議と逃げたいとは思わなかった。
昨日、新川の名刺を受け取った時から、何かが変わっている。
もう、ただ配信で盛り上がっているだけではない。
ただイベントに呼ばれて嬉しいだけでもない。
リバクラは、自分たちの場所を作るところへ進み始めている。
それは怖い。
でも、同時に、今まで作ってきた曲がそこへ向かっていたような気もする。
ORDERで、欲しいものを言った。
決めろ!で、準備して出すことを歌った。
RUN ITで、走ることを歌った。
TAKE OFFで、飛ぶことを歌った。
SHOWTIMEで、出すべき瞬間に出すことを歌った。
なら次は。
準備するために、何が必要かを話す番だった。
wataが、急に手を上げた。
「はい」
mcRCが見る。
「何」
「単独ライブ、タイトルだけ先に考えていい?」
EGUIが呆れた顔をする。
「早い」
「いや、こういうの大事やん」
mcRCも少し笑った。
「まだ新川さんに連絡もしてない」
「でも目標にはするんやろ?」
「する」
「なら仮タイトルくらいあってもいい」
EGUIが言う。
「準備中でええやろ」
wataが固まった。
「……それ、いいな」
mcRCも少し反応する。
「準備中」
EGUIは、水を飲みながら言った。
「俺たち準備中やろ」
wataがスマホを取る。
「READY?」
mcRCが顔を上げる。
「READY」
wataは、すぐにメモを開いた。
「Ready, ready」
「まだ途中でも ready」
「One step, one mic」
「ここから作る our stage」
EGUIが言う。
「もう作るな」
wataは止まらない。
「いや、今出た」
mcRCは笑った。
「これは残す」
EGUIが少しだけため息をつく。
「また夜が長くなる」
wataが言う。
「夢は夜に作るんやろ?」
EGUIは、しばらく黙ってから言った。
「俺が言ったやつ使うな」
mcRCは、笑いながらホワイトボードに書いた。
READY
その文字を見た瞬間、三人とも少しだけ黙った。
まだ準備中。
でも、逃げているわけではない。
まだ足りない。
でも、止まっているわけではない。
まだ言えない。
でも、もう始めている。
単独ライブは、まだ遠い。
でも、その遠さを見たから、準備が始まる。
wataが、名刺を見て言った。
「新川さんに連絡する時、“READYできました”って言いたいな」
mcRCが笑う。
「英語の使い方おかしい」
EGUIが言う。
「でも意味は分かる」
wataが少し得意げに頷く。
「ほら」
mcRCは、名刺を丁寧に名刺入れへ戻した。
「まだ連絡はしない」
「でも、なくさない」
wataが茶化す。
「なくしたら終わる」
EGUI。
「写真撮っとけ」
mcRC。
「撮った」
wata。
「さすが現場監督」
「言うと思った」
三人は笑った。
その笑いは、昨日のライブ後の疲れた笑いとは少し違った。
まだ疲れている。
まだ不安もある。
まだやることは多い。
でも、目標が見えた後の笑いだった。
ホワイトボードには、雑多な文字が並んでいる。
単独ライブに必要なもの。
曲名。
役割。
応援。
活動費。
READY。
その全部が、まだ未完成だった。
でも、未完成だからこそ、これから作れる。
mcRCは、最後にホワイトボードの一番上に、ゆっくり書いた。
俺たちの場所を作る
書いた瞬間、部屋の空気が少し変わった。
wataは、もう茶化さなかった。
EGUIも、何も言わなかった。
三人はただ、その文字を見た。
配信から始まった。
ストリートへ出た。
外部イベントに呼ばれた。
トラブルを越えた。
名刺を受け取った。
そして今、初めて。
自分たちの場所を作る、という言葉が立った。
wataが小さく言った。
「やるか」
EGUIが頷く。
「やる」
mcRCも頷いた。
「やろう」
その返事は、派手ではなかった。
叫びもしない。
拳も上げない。
音も鳴っていない。
でも、たぶん、こういうところから始まる。
大きい場所へ行くための最初の一歩は、意外と小さい。
蛍光灯の下。
安い椅子。
水のペットボトル。
消えかけのホワイトボードマーカー。
そして、一枚の名刺。
その前で、三人は決めた。
まだ発表しない。
まだ約束もしない。
でも、準備は始める。
俺たちの場所を作るために。




